小湊凪は悩む


 ファミレスからの帰り道。

 駅から家までの夜道を俺は一人、歩きながら考える。


 千秋さんが俺のことを好き。

 それでジンクスを信じてペアに喜んでくれた。


 俺からしたら、こんなに嬉しいことはない。

 心臓の鼓動はずっと早いし、甘い気持ちは抜けない。

 全身がそわそわする感覚がずっとある。

 千秋さんみたいな可愛い子に好いて貰えて、その先の未来を歩める可能性がある。

 それだけで転生した意味があるし、青春を感じている。


 千秋さんと付き合えたらどれほど幸せだろうか。

 甘い恋人生活を送ることを想像するだけで胸が高鳴る。


 ダンスのペアをお願いしよう。

 悩んでいたダンスのペアには最適の相手だし、最高の青春を送れる。


 そう思う。

 でも……きっとそれじゃ駄目だ


『だ、だからね。凪くん、その伝えずにパートナーになるのは騙すみたいで嫌だったから……』


 千秋さんの言葉は痛いくらいに誠実だった。


 嬉しいことに千秋さんは好意を向けてくれている。

 だけど俺はただ普通に過ごしただけ。

 振り返ってみても、格好いいことしたりとか、惚れてもらえるようなことは何一つしていない。

 それでも好意を持ってもらったのは、この世界だからでしかない。


 男が少ないからフィルターが掛かっているだけで、実際の俺は魅力的ではない。

 そこを隠して好意を受け入れるのは騙しているようで嫌だ。

 誠実な千秋さんに対して、あまりにも誠実さがかける。


『ごめんなさい。やっぱりペアの話、軽く決めないで欲しい』


 あの時の千秋さんの真剣な顔。

 可愛い女の子と付き合えて嬉しいから付き合う、なんて軽い気持ちで応えてはいけないとも思う。


「どうしたらいいんだろう……」


 何をどうしていいか全くわからない。


 それに、これからも普通に過ごして良いのだろうか?


 俺は普通の男という自負がある。だから女性に惚れられないように気をつけるなんて絶対にしたくない。この世界の男性みたいに傲慢に生きていくなんて尚更だ。


 だけど普通に過ごすということは、この世界において普通ではない生活を送るということ。

 俺はただ普通に過ごしただけだが、千秋さんに好きになってもらえるくらい、この世界において普通ではなかった。


『あるものはある。あるから見える。見て見ぬふりには限界が来る。それだけは知っておいて欲しい』


 不意に小鳥遊さんの言葉が蘇る。


 怜、舞亜ちゃんも見て見ぬふりをしていたのかもしれない。

 違ったとしても俺が俺として生きることで辛い思いをする人が出てくるのかもしれない。


 郷に入っては郷に従え、か……。


 その日。夜も眠らずにどうすべか考えたが、結局答えは出なかった。

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