第25話 覆水盆に返らず

「文、愛してる」

「あ……んぅ……んっ……」


 愛する幼馴染のぷっくりとした唇に、私の粗末な唇を、八つ当たりするように押し付けた。わざと大きく音を立てながら、ちゅっちゅっと想いを伝えていく。

 これがあなたの望んだことだよ。素直になってもいいんでしょ?

 琴音の顔を一切見ずに、文とのキスに溺れていく。

 驚いて丸くなっていた瞳が幸せそうに細められ、文のほうから私を求めてきた。


「コト……んっ……えへへ……あたしも、愛してる……んぅ……れぇ……」


 あははっ……幸せだ。私は文を愛していて、文も私を愛してくれる。

 いつの間にかお互いに膝立ちの状態で、体をピッタリと密着させ、離れないように腕を背中に回し、ギュッと抱き締め合っていた。

 真横からだからよく見えるでしょ? 特等席で、私達のキスを見せてあげる。

 文の熱い舌がにゅるりと口の中へ入ってくると、歯列、歯茎、舌と順になぞられていく。気持ちいい……弱い快感が絶え間なく続き、段々と熱に浮かされて頭がぼーっとしていく。


「文……んぅ……好き、好き……んっ……」

「んぅ……コト……しゅきぃ……れぇ……」


 口の周りを唾液でベトベトにしながら、文を貪った。

 息が苦しくなり呼吸が荒くなっても、酸素よりも一層激しく文を求める。

 舌の裏から先へチロチロと舐めるいつものおねだりをされ、薄目で様子を伺うと、トロトロに溶けた瞳であたしを見つめていた。

 はやく、はやく、と待ち切れないみたいに一生懸命舌を絡ませようとしては、だらりと私の舌が垂れ、その度に切ない顔を浮かべている。

 凄くえっちで可愛い……私だけの文。もっとメチャクチャにしたい。


「こ、言乃葉……そろそろ……終わっていい……」


 あと少しだけ焦らして、ご褒美をあげようかな? なんて考えていたけど、横から聞こえてきた声に、暗い嗜虐心が顔を覗かせた。

 愛する恋人に向かって、ニッコリと微笑む。

 すると琴音は安心したのか、強張らせていた表情を僅かに緩ませた。琴音がしてっていったのに……ふふっ……変なの。

 私が文とキスするのを見たいんじゃなかったっけ? 言葉の裏なんか知らないよ。キスしてほしいって言われたからしてるだけなのに。


 文に視線を戻すと、不安気に、上目遣いでチラチラと視線を彷徨わせていた。

 琴音の許しがあるからキスできていて、その琴音が終わりと言ったらそれまでって思ってるんだろうな。可愛いなぁ……でも、違うよ? これからは好きなだけキスできるんだから。

 私が大きく口を開いて舌を突き出すと、文は、ぱぁっと嬉しそうな顔をして、舌に飛びついてきた。

 美味しそうに舌を味わっている文の後頭部に手を添えて、恋人同士の熱いキスを、恋人に見せつける。


「……文、もっと……んぅ……れぇ……ふふっ……」


 ぐちゃぐちゃに舌を絡ませ合いながら、流し目で琴音を見ると……いつも凛々しいあの琴音が、泣きそうな顔をしていた。縋るような瞳をみた瞬間、ゾクゾクッといけない快感が体を震わせて、頭がおかしくなりそうなほどに琴音を愛しく感じた。

 ツーっと細い糸を引きながら、長い長いキスを終えて、文に言い聞かせる。


「文は、私のものだからね。私以外とキスしちゃ駄目。わかった?」

「うん……わかった……あのね? コトは……その……あたしの……」


 歯切れが悪く、不安の色が見えた文の手を取り、私の頬に当てた。

 琴音にもしっかりと見えるように、すりすりと顔を擦り付け、口角を上げる。

 

「ふふっ……そうだよ。私は、文のもの。嬉しい?」

「うんっ! えへへ……コト……好きぃ……んぅ……」

 

 今まで見た中でも一番の、太陽みたいなとびきり満面の笑顔で私に抱きつくと、もう一度だけ、深く唇を重ねてきた。

 幸せに浸っている文からそっと離れて、立ち上がる。

 恋人の正面に立ち、顔を見上げるといきなり、


「言乃葉っ! 君はわたしが一番好きなんだろう!? なのに……あんな……」


 そう言いながら私の肩を掴んで、揺すってきた。

 自分から言い出したクセに焦って取り乱して……愛おしい。可愛い私の琴音。

 

「終わっていいと言ったのに……わたしのときより――んっ!?」

「んぅ……ふふっ……愛してるよ、琴音……」


 強引に唇を奪い、黙らせて、視線を絡ませる。

 琴音はたったそれだけで目を蕩けさせて、にがさないと言うようにキツく私の体を抱き締めながら、艶めいた唇を押し付けてきた。


「言乃葉……言乃葉ぁ……んぅ……やっぱり……だめだ、君はわたしの……」

「……え? コト? あれ? なんで……?」


 独占欲を丸出しにして、情けなく前言撤回する琴音。

 突然の出来事に、状況を上手く飲み込めていない文。

 私は強欲にも、二人を愛している。

 序列なんてつけられない。つけられるわけがない。等しく愛しているのだから。

 

「駄目だよ? 二言はないんじゃなかったの? それとね……琴音が許してくれなくても、関係ないよ」


 するりと琴音の腕から逃れて、文を抱き締める。

 

「い、いかないでくれ、言乃葉……」

「あっ……えへへ……コト……んぅ……」


 同じ女の子なのに、全然違う。

 抱き締めたときの感触も、唇の柔らかさも。

 文は女の子らしいというか、全部が柔らかくて、ふわふわしてる。

 琴音はすらっとしてて格好良くて、ハリがあってすべすべしてる。


「んっ……ぷは……ねぇ、文は私が琴音も愛してるって言ったら嫌?」


 悲しそうな顔をして尋ねた。

 昔から文は、私がこういう顔をしたらなんでも許してくれるもんね?


「うぅ……コトは……あたしだけじゃいやなの?」


 あれ? 珍しい。そんなに私を独り占めしたいんだ。

 嬉しいな……でも、いやだよ。


「私、欲張りなんだ。二人とも大好きなの。愛してるの。でも、文がいやならやめるね」

「コト! 嬉しい……あたし、頑張るから! 一人でも――」

「ばいばい、文」

「えっあっ……なんで……待って!」


 去ろうとした私の手首をガシッと掴んで、何か言いたそうに口をモゴモゴさせている。

 あたふたして……可愛いなぁ。私が文を捨てるわけないのに。

 文も同じこと私にしたよね? ちょっとしたお仕置きだよ。


「どうしたの文? 嫌なんでしょ? じゃあ、しょうがないよね?」

「……川崎さんより、好き?」


 ふふっ……子犬みたいな瞳。

 捨てられないように、愛情を確かめようとしてる。一番じゃないと不安なのかな?


「口、あけて?」

「……えへへ」

「もうやめてくれ……分かったから……」


 順番なんて関係ないと思い知らせるために、私の愛を文に注ぐ。

 口の中いっぱいに溜めた唾液を、零れないように舌を伝わせて、文を満たす。

 コクコクと何度も喉を鳴らしながら、恍惚の表情を浮かべていた。

 これで分かってくれたよね。文は私のものだから、文の意思は関係ないの。


「……えっちは、だめだからね? 初めては、あたしと……」

「文はこう言ってるけど、琴音はどう思う?」


 文を抱き締めながら、首を傾げて問いかけた。

 ……琴音が悪いんだよ。私を信じてくれなかったから。


「……抜け駆けは禁止だ。わたしのほうが立場は上だということを分かっているんだろうね? 本来なら君は言乃葉とキスはおろか、付き合うことすら許される立場じゃないんだ。彼女のわたしが譲歩してやっているのに、君が条件をつけるのはちゃんちゃらおかしい話だとは思わないか? 言乃葉はわたしを一番に愛しているからこそ、火遊びがしたくなったに過ぎないんだよ? わたしを嫉妬させたいから幼馴染の元想い人の君を利用して――」

「琴音」


 優しく恋人の名前を呼んで話を遮ると、琴音はぽろぽろと涙を零し始めた。

 

「うぁぁ……言乃葉……わたしは……ぐすっ……君の為に……でも……でもぉ……」

「分かってる、分かってるから……愛してる。ほら、おいで?」


 右手で文を抱きながら、左手を広げて笑いかける。

 まるでカサノヴァだ、なんて自嘲した。女だけど。


「言乃葉、言乃葉……んぅ……もっとちゅーして……わたしにも……もっと……」


 身体を預けてきた琴音を包み込んで、濡れ羽色の美しく長い髪を、慈しみながら撫でる。

 リクエスト通りにちゅーしてあげると、すぐに泣き止み、『んー!』と子供のように無邪気に笑った。

 年上ぶっている普段とのギャップにやられてしまい、暴走してしまった。

 無理矢理犯すように舌をねじり込み、口内を蹂躙しつくし、文に止められるまで、琴音に私を刻みつけていた。

 気付けば琴音は腰を私にすりつけて、切なそうに口の端からよだれを垂らしている。

 ……琴音が可愛すぎるのが悪い! と心のなかで責任をなすりつけて開き直り、顔を引き締めてから、口を開く。


「二股とか、浮気じゃないよ。二人を愛してる。私は二人とも欲しいの。どっちかなんて選べない。文がいない人生なんて考えられない。琴音がいてくれないと生きていけない。二人は、こんな私じゃ……嫌……?」

 

 おずおずと切り出すと、二人は互いに顔を見合わせた。

 文は琴音を挑発したし、琴音も負けじと応戦したから思うところはあるだろう。

 まぁ……仮に断られたとしても、にがさないんだけど。

 文も琴音も私のものなんだから。死んでも離してあげないよ。


「わたしは別に構わないよ。もともとそのつもりだったからね」


 最初に口を開いたのは琴音だった。

 ふふっ……嘘つき。あんなに取り乱して必死で縋ってきたのに。

 乱れて、私に腰をすりつけてたのによくそんな澄まし顔できるね? 指摘したら顔を真っ赤にさせて泣き出すんだろうなぁ……見てみたいけど、今はやめておこう。

 文も真面目な顔してるしね。

 

「あたしも……いいよ。その代わり、もう絶対に嘘ついちゃだめだよ? さっきも胸がズキズキして、すごい痛くて苦しかった……」

「ごめんね……分かった。約束、ね?」

「うん……あの、痛かったから、その……んぅ……えへへ……んっ……」


 分かりやすいおねだりに応えると、にへーっと顔を綻ばせる文。

 ホントにちょろすぎて心配になる可愛さしてるなぁ……。


「ぐっ……軽率だったか……いやしかしあのままでは言乃葉が……」


 ボソボソとひとりごつ琴音の耳に顔を寄せ、そっと囁く。


「琴音のおかげで、私幸せだよ。ありがとう琴音。愛してる、ずっと一緒にいてね」

「うぁ……うん……わたしも、愛してる……これで……あれ? んぅ……えへへ……言乃葉、もっとしよ……? んぅ……」


 難しい顔はどこへやら、琴音は耳まで真っ赤にさせると、しどろもどろになりながら、なんとか言葉を紡いでいた。

 余計なことを考えさせないようにキスをすると、すぐに蕩けて私に夢中になり、瞳を閉じた。

 とっくに手遅れだよ。琴音が選んだんだからね? 後悔してたら、壊れちゃうよ。

 私を信じてくれていれば、独り占めできてたかもしれないのにね。

 ふふっ……これからよろしくね、二人とも。

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