第7話 姦しい
「大丈夫!? 何もされてない!?」
文は琴音を無視して私に駆け寄ってくると、身体検査でもするかのように体をまさぐってきた。
心配してくれるのは嬉しいんだけど、私は琴音に虐められてるわけじゃないんだけどな……まぁこの組み合わせが異色なのはわかるけどさ……。
そんなにおかしい? ……おかしいか。
「大丈夫だから、その、ちょっと……くすぐったい……」
いい匂いするしペタペタ触ってくるしスメハラだしセクハラだ! ハラスメントじゃなくて私にはご褒美だけど。
「葉山さんは失礼な人だね……まるでわたしが言乃葉を泣かせたかのような言い方をしてくれるじゃないか」
琴音は呆れたような顔で文を見ると深い溜息をついていた。
そのままハァーっと息を吐ききって顔を上げると、そこには眉にシワを寄せ、瞳に明確な敵意を滲ませている琴音の顔があった。
「……違うの?」
「誰のせいだと……! ……はぁ……いや……まあいいさ。葉山さんも言乃葉が心配だったんだよね。その失礼な態度は水に流してあげるよ」
琴音、目元がピクピクしてない? 発言とは裏腹に顔から怒気が消え去ってるようには見えないんだけど?
フォローしとかないと荒れそう!
「文、琴音は私を助けてくれたの。虐められてるとか、そういうのじゃないから」
「コト……。そう、だったんだ……。ごめんなさい、川崎さん」
「水に流すと言っただろう? 気にしなくていい。そんなことよりいつまでわたしの言乃葉にくっついているつもりなんだい?」
怒ってるのそこか! いやそこもか!
……っていうかわたしのってなに!?
「……わたしの?」
そりゃ引っ掛かるよね! もう!
「琴音! 私しか友達がいないから! 取られちゃったって思ってるんだよね!? 私も友達少ないからわかるなー! 友達が他の友達と仲良くしてるとなんか疎外感あるよね!?」
「言われてみれば……川崎さんが誰かと一緒にいるところ、見たことなかったかも……。そっか、二人は友達だったんだね」
よかった! 納得してもらえたっぽい!
「ふふっ……本当はこい――」
「お昼休みに一緒にご飯食べてる友達がいるって言ったでしょ!? その人が琴音なの!」
琴音に駆け寄って思いっきり足を踏み抜いた。
この女……嬉しそうな顔しやがって、無敵か!
「ふたりとも名前で呼びあってるし、仲良しなんだ。コト、そういうの全然言ってくれなかったじゃん」
振り返って文を見ると少し寂しそうな顔をしていた、ように見えた。
もしかして文は……いや、私の勘違いだ……何を考えてるんだ私は。
ただ幼馴染が自分の知らない友達と仲が良いのを見て、疎外感を覚えただけだろう。
「友達ぐらいいるって言ったでしょ……名前は言ってなかったけど……」
「そうだよ、私達はとっても仲良しなんだ。わたしは友達が一人もいないからね、言乃葉がいてくれて幸せだよ」
抱きつくな! 頭の匂いを嗅ぐな! 意味深な発言はやめろ!
ペシッと手をはたき落と……せない……。何度叩いても剥がれ落ちない……風呂場の頑固なカビみたいに張り付いてる……。
はぁ……もう……。
「じゃあ、なんでコトは泣いてたの? 噂になってたし、それは本当なんでしょ? あたしには言えない?」
「それは……」
「葉山さんには心当たりがあるんじゃないか?」
「ちょっと! 琴音!」
この女やっぱり言いやがったな!
なんか声にトゲがあるし……私のために怒ってくれてる、んだろうけどさ。だからって私は文にそんなこと言いたいわけじゃないんだ。打ち明ける勇気なんかない、ただ一緒にいられたらそれだけでいい。
「心当たり……あたしが、彼氏ができたって言ったから? でも、いつも通りだって言ったでしょ? 朝も帰りも休みの日も一緒だよって。何も変わらないって」
それがなぜ私が泣いていた理由になるのかわからない、と首を傾げていた。
友達に彼氏ができたら、祝福するか、嫉妬するか、どうでもいいかのどれかだもんね。普通は。
だけど、私は普通じゃないんだ。普通になりたくてもなれなかった。好きな人をとられて泣き喚く、気持ちの悪い女なんだ。
「君は幼馴染なのに言乃葉のことを何も分かっていないんだな」
琴音は冷たく言い放ったあと、小さな声でポツリと呟いた。
これじゃあまりにも言乃葉が……と。
「……あたしより、川崎さんのほうがコトのこと分かってるって言いたいの?」
琴音の言葉が気に障ったのか、文はぴくっと眉を動かして不快感を露わにした。
一触即発の空気が流れて、きっかけひとつで爆発してしまいそうな……まずい!
「まって! なんで二人が喧嘩しようとしてるの? 琴音も! 私はそんなこと頼んでない!」
「コトは黙ってて。じゃあ川崎さんは知ってるの? コトが六年生までお漏らししてたことも、ピーマンが嫌いでいっつもあたしに食べてもらってたことも。知らないでしょ?」
文も文でなんで私の黒歴史をバラすのさ!?
喧嘩するなら私を引き合いに出さないでよ! 飛び火どころか私が火元になってるし!
「へぇ……言乃葉は可愛いなぁ。おねしょはもう直ったの? ふふっ……」
ウリウリすんな! 顔が近い! 離れろ!
体をぐいっと押しやってもニコニコして離れてくれないしなんだコイツ! 妖怪か何かなの!?
「そんなことも知らないんだ。じゃあこれも知らないでしょ? バレンタイン――」
「あああ文! 喧嘩しないでって言ってるでしょ! 喧嘩っていうか私の秘密バラしてるだけじゃん!」
何だお前ら! 喧嘩したいなら私のいないところで勝手にやれ!
あと琴音はいい加減抱きつくな! 離せ!
「続きが気になるけど、それはまた今度じっくりと言乃葉の口から聞かせてもらおうかな。……葉山さん、君は言乃葉を知っているだけだよ、言乃葉がどういう人間かを理解しているわけじゃない」
「なにそれ……自分は分かってますみたいな顔して……」
「君は何故、言乃葉が私と昼食を共にしていると思う?」
なんかエスカレートしてるし……真面目な話するなら抱きつくのやめてくれないかな……どう見ても構図がおかしいでしょ。
二対一みたいにも見えるし、アンフェアじゃない? 私は私の味方であって、文の味方でも琴音の味方でもない。……気持ち的には文の味方をしてあげたいけどさ。
「何、そんなこと? 目立ちたくないからでしょ。コト、目立つの嫌いだし。あたしが教室にいくと目立っちゃうから」
……違うよ、確かに私は目立つのが嫌いだけど、そんな理由じゃない。
「ふふっ……そうか。やはり君は何も分かっていないんだね」
「一々嫌な言い方……じゃあなに?」
「君の邪魔をしたくないんだよ、自分に構ってばかりで君の足を引っ張りたくないってね。そんな卑屈なところもまた可愛いんだけど……」
「……コトがそう言ったの?」
私を見て悲しそうに呟いた文に、首をブンブンと振って否定した。
なんで琴音はそんなことまでわかってるの!? 話してないのに……しれっと可愛いとか言ってるし。卑屈で悪かったな。
「わたしがそうだろうなと思って言っただけさ。……それじゃあ言乃葉が泣いたのはどうしてだと思う?」
「琴音!」
「言乃葉は黙ってて。わたしは今、葉山さんと話をしているんだ」
……琴音の気迫に飲まれて何も言えなくなってしまった。
私の秘密をバラされるかも知れないのに、いたずらに私を傷付けるようなことはしないと分かってしまったから。
「それがわからないから聞きにきたんでしょ! さっきから何? あたしはコトと話をしにきたの、下らない話はさっさと終わらせて」
文は苛立ちを隠しきれなかったようで、足をトントンと鳴らしながら腕を組み琴音を睨んでいる。
文が怒ってるの、珍しいな……滅多に怒ることなんてないのに。
そんな文に臆することもなく飄々とした態度で琴音は話を続けた。
その態度が余計に火に油を注いでるって分かってる? 分かってるよね、琴音は。いい性格してるなぁ……。
「彼氏ができたと伝えたときの言乃葉の反応、当ててみせようか」
「そんなのコトが川崎さんに話してたら意味ないでしょ。そもそも当てたところでなに? 自分はコトを分かってるから当てられたって? バッカみたい」
「勿論言乃葉からは何も聞いてないよ。君がどう思おうが構わないが……」
「へー……じゃあ言ってみれば?」
なんで私の話してるのに私だけ蚊帳の外なの?
文も文で私に話したかどうか聞けばいいじゃん……。
「……おめでとう。私はいいから彼氏を優先して、ってところかな?」
「ほら、やっぱコトから聞いてるんじゃん」
私は……そんなことまで話してない。
なんで琴音は私のことをここまで……。
「ふふっ……当たってたかな? これも愛の成せる技……なんてね」
琴音は私の顔を覗き込んでニヤッと笑うと、また真剣な顔に戻った。
なんなんだ……なんなんだよ……。
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