第6話 女三人寄れば
「そういえばさ、噂話になるかもってあれ、琴音は有名人だけど泣いていた女って誰だかわかってないんじゃない? 私、友達いないし」
泣いていた私のことなんて誰も気付かないでしょ。言わなければバレない……ふっふっふ。
「あー……その件についてだが……ごめん。すまない。申し訳ない」
「え、なになに、なんでそんな謝るの」
「電話を受け取ってから結構叫んでたから、『言乃葉ー!』って……もしかしたら、それで……その、ね? ははっ」
あー! そうだ……結構遠くから聞こえてきてた……。
でもまぁ……それだけ必死になってくれてたってことだし。
「心配してくれたんでしょ? 琴音だけ噂になるのも可哀想だし、いいよ別に」
嘘! ほんとはこっそりバレてませんようにって思ってた!
あわよくば! あわよくば! って。バチが当たったな。でもしょうがないよね?だって私みたいな陰キャが天上人の琴音と噂になるなんてどんな目で見られるか想像しただけでブルーになるし……。
文と仲が良いってだけでも色んな人間が集まってきたのに次は琴音? しかも今回は私が号泣してるの見られてるし、抱き締められてるし、授業二人共サボってるし。
女同士だから変な噂は立たないだろうけど、なんで私がって絶対思われるよなぁ。
「ふふっ……そんなにバレたくなかった?」
「う゛っ!」
そんなバレバレかな……。
さっきも見抜かれてたし、なんだか納得いかない。
「言乃葉は優しいなぁ……ますます好きになってしまうじゃないか」
「分かった、分かったから……何か聞かれても変なこと言わないでね」
「うん? 変なことって?」
「その……私と付き合ってるとか……」
「別に変なことではないだろう? それとも、言乃葉はわたしと付き合うのが変なことってそう思うのかい?」
この女はほんっとうに!
「分かってて言ってるでしょ……とにかく、私は平穏無事にいきたいの。いい?」
「二人だけの秘密の関係というのも悪くない……けれど、わたしと言乃葉が無関係だと言ったところで信じてはもらえないだろう? その辺りのことはどう説明しようか?」
あー、確かにその辺のこと考えて口裏合わせとかないとボロがでるかも……。
文にも……そうだ! 文にも多分知られてるんだ! 私が泣いていた理由なんてひとつしか考えられないよね。今朝の話に関係があるって絶対思われてる。
スマホはサイレントにしてるけど……やっぱり。
文から不在着信と何件かメッセージが届いてる。
「ごめん、ちょっと……」
「ああ、構わないよ」
今は授業中だし、既読はつけても大丈夫だよね。
『用事ってなんだったの?』
『コト? 見てないの? 気付いたら返事して』
『靴あるから学校いるよね?』
『あたし、なにかしちゃった? それとも川崎さんに何か言われたの?』
『泣いてたってどういうこと? ねえコト、大丈夫なの?』
『早退したの? なんで何も言ってくれないの?』
心配、してくれてる……ふふっ。
文も噂は知ってるんだ、というか噂が広まるの早いよ!
朝っぱらから号泣してたらそりゃそうか……? 坂の途中でも色んな人に見られてたし、やってしまったなぁ。
とりあえず返信しておこう。変に心配掛けたくないし。
『心配しないで。思いっきりコケて泣いちゃったのを川崎さんに手当てしてもらっただけだから』
無理あるかな……? でも上手い言い訳が思いつかないや。
泣いてるのはバレてる、琴音といたのもバレてる、その理由なんてとてもじゃないけど言えるわけがないし。
「というわけで、私と琴音が一緒にいた理由は、私が思いっきりコケて泣いているところをたまたま琴音が助けてくれた、ということになりました」
「どういうわけかは知らないけど……ちょっと無理がないかな?」
「文句は受け付けません! 代案がない人に発言権はありません!」
もう言っちゃったし! 代案を出されたところで手遅れなんだけどね。
「それならまだ正直にわたしと言乃葉が友達だということを打ち明けたほうがいいと思うが……『言乃葉ー!』って思いっきり下の名前叫んでるし……」
「……あっ」
失念してた。ぐうの音も出ないほどの正論じゃん。
既読がつく前の今ならまだ助かる! まだたすかる……マダ……タスカル……?
……なんで授業中のはずなのに既読がつくの?
「ひゃっ!」
……なんで授業中のはずなのに電話がくるの!?
と、とにかく出なきゃ!
「も、もしもし?」
『コト!? 大丈夫なの!?』
あぁ……文の声だ……。
ふふっ、大丈夫だって言ったのに……。
なんでこんなに嬉しいんだろう……文……文……。
「うん……大丈夫。文こそ今授業中でしょ?」
『コトがいないから探してたの! 今どこにいるの!?』
私を心配して授業をサボってまで……?
駄目だ、分かっているのに……嬉しい……好き……大好き……。
「私は大丈夫だから戻って。心配しないでって言ったでしょ?」
『コケたなんて適当な嘘であたしが騙されると思った? 言わないと怒るからね!』
文の鬼気迫るような声色になんて答えるか迷っていると耳元からスマホが消えた。
「ちょっと! 琴音、返して!」
電話口に声が入らないように小声で琴音に催促する。
そんな私を見て、琴音は不貞腐れたような顔を浮かべ、自分の耳に私のスマホを当てた。
何してるの? 何するつもり? 何言うつもり?
「おはよう、葉山さん。言乃葉はわたしといるから心配しないでいいよ」
琴音は何言って……。
文の声が聞こえない! 立つな! お前背高いんだから届かないだろ!
「うん、そうだよ、川崎琴音だ。別に初対面じゃないだろう? うん? そうか……それなら一階の教室を突き当たって右の一番奥にある、そう……そこの空き教室に来てくれ。言乃葉もわたしもそこにいる」
「琴音! ってあ……切れてるし……じゃなくて!」
「今から葉山さんが来るから、それから話をしよう」
「話って……私は、文にはまだ、その……」
会えない。会いたいけど、会いたくない。
今朝つけられたばかりの傷はかさぶたにすらなっていないんだ。しかも私の嘘はバレている。なら話がどう転んでしまうかもわからない。
……怖い。面と向かって話すことも、私の秘密がバレてしまうんじゃないかということも。
「大丈夫だよ、言乃葉。わたしが一緒にいるから」
「琴音……」
カッコいいこと言ってくれてるところ非常に申し訳ないんだけど……。
琴音がいるのが余計に不安、なんて言ったら怒られるかな? 心強いけど……また変なことするんじゃないかって思っちゃうんですけど……。
日頃の行い……じゃないな、今日の琴音の行動を思い返せば自業自得という言葉がピッタリだ。
「信用してないね? はぁ……わたしは悲しいよ。こんなにも君を想っているというのに」
「うっ……分かった……信じるから……」
鋭い奴め……。
疑った私も悪いけどさぁ。
「コト? いるの?」
突然扉から聞こえてきた声に心臓が跳ねた。
心の準備もまだできていないのに、電話が切れてから五分も経ってないんじゃ?
どうしよう、返事、しなきゃ……。
琴音はうだうだと迷っていた私を見ると、ニッコリと微笑んで扉に向かって声を掛けた。
「葉山さん、今鍵を開けるから少し待っていてくれ」
そのまま扉の方へ歩いて……はいかず、身をかがめると私の唇に優しく口づけをしてきた。
「ちょっ! 何……して……」
「何があっても、わたしは君の傍にいる。だから安心して……好きだよ、言乃葉」
いつになく真剣な瞳で私を見据えながら、焦りも不安も全て包みこんでくれるかのような柔らかな声色で愛を囁かれた。
「あぅ……あ……」
顔が熱い。言葉が出ない。
いや、そんな事言われたら誰でもそうなる、私が特別琴音を意識してるわけじゃなくて、ただ、ほんの少し、カッコよかったし、こう、安心したというか……。
当の本人は私に構わず扉の方へスタスタと歩いていってるし……。
……納得いかない!
そんな私の胸中を察して待ってくれるわけもなく、カチャン、という音の後に扉がガラガラと開く音がして、私の好きな人が顔を覗かせた。
「やあ、葉山さん」
「コトは? ……コト!」
「文……」
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