聖地探訪で出会った人妻の口唇に 1

強い日差しが容赦なく降り注ぐ、夏の盛りの午後だった。


照り返しを含んだ熱気がアスファルトの上で揺らめき、呼吸をするだけで喉の奥がひりつくような暑さの中、大学生のサトルはデリバリーの仕事を終え、汗に濡れたシャツを背中に貼りつかせながら自転車のペダルを踏み込んでいた。


脚にかかる負荷は重く、ひと漕ぎごとに太腿がじわじわと悲鳴を上げるたび、電動自転車や電動キックボードに乗り換えられたらどれほど楽だろうかと、半ば現実逃避のような思いが頭をよぎる。


惰性に任せて進む帰り道の風景は、以前とはどこか様相を変えており、通りのあちこちに大きな旅行カバンを引きずる人々や、言葉の端々から異国を感じさせる観光客の姿が目に入った。


かつて街を覆っていた未曾有の感染症は、すでに遠い記憶の向こう側へと押しやられ、こうして人の流れが戻ってきているのだと実感していた。


そんな取りとめのない感慨に耽っているうち、信号が赤に変わり、彼は自転車を止めて交差点の端で待つことになる。汗が額から頬へと伝い落ち、指先にまで熱が残っているのを感じていた、その時だった。



「あのー、すみません。今、少し良いですか?」



不意に掛けられた声に顔を上げると、タブレット端末を手にした女性が、こちらを気遣うように立っていた。


短めのショートパンツから覗く脚は日に焼けて健康的で、夏の光を跳ね返すような張りを帯びており、サトルの視線は一瞬、抗いがたくそちらへ引き寄せられてしまう。


自覚した瞬間にはすでに遅く、思考がわずかに遅延したまま、次の呼びかけが耳に届いた。


「あの~?」


「あ、はい!すみません!」


慌てて視線を引き戻し、改めて女性の顔を見る。


顎のラインに沿って整えられたボブヘアーがよく似合い、快活さと知性を同時に感じさせる表情をした、美人と呼ぶに相応しい人物だった。


女性は軽く会釈をすると、手にしていたタブレットの画面をサトルの方へ向けてくる。そこに映し出されていたのは、どこか懐かしさを帯びたアニメのワンシーンで、年季の入った佇まいの神社が背景として描かれていた。



「この神社、どこかで見たことはありませんか?」


「え……この神社、ですか?」



街中には大小さまざまな神社が点在しているが、すべてを把握しているわけではない。


何度も通ってきたこの界隈の風景を思い返してみても、画面に映る神社にはどうにも記憶が引っかからなかった。鳥居の形や境内の配置、背後に見える木立の雰囲気まで意識を巡らせてみるが、確信に至る材料は見つからない。



「すみません……ちょっと分からないですね」


「そうですか……。急に声を掛けてしまって、ごめんなさいね。ありがとうございました」


女性は残念そうに微笑み、軽く頭を下げると、そのまま立ち去ろうとする。


だがその背中を見送ろうとした瞬間、サトルの胸に小さな引っかかりが生まれた。わざわざアニメに登場する場所を探している理由は何なのかという純粋な疑問と、ここまでして調べている彼女の真剣さ、そして正直なところ、目の前の女性が魅力的だったという単純な動機が重なり合い、彼の口は思考よりも先に動いていた。



「あ、あの!もう少し、何か他に情報があったりしますか?」



自分でも意外に思うほど、声ははっきりと彼女を呼び止めていた。

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