第三話 暮らしを支えてくれる人々に感謝を込めて!

一章 子ネコは今日も愚痴をこぼす

 「ほんと、腹立つよねえ~。たかだか一企業の社長の分際でいばり散らしてさ。なにさまのつもりなんだっての」

 ――社長さまのつもりなんだと思うけど。

 朝陽あさひは、自分の膝の上に頭を乗せて、ネコのようにゴロゴロしながら愚痴る夕顔ゆうがおの言葉を聞いて、内心でそうツッコんだ。口に出して言ってもよけいな挑発にしかならないとわかっているので、言葉にはしなかったけれど。

 場所は夕顔ゆうがお家のリビング。もはや恒例中の恒例と言っていい自宅業務後の膝枕タイム。夕顔ゆうがおはいつも通り、朝陽あさひの膝に頭を乗せながら仕事の愚痴をこぼしていた。

 「わたしはただ『目覚めの刻』の市長として、決められた通達をしただけなのよ。

 『プロジェクト・太陽ソラドルに寄付する企業として、必要な条件を満たしていない。環境対策に対する基準を下回っている傾向が見られる。即座に改善するように』って。

 そしたら、社長とかいうどこかのオッサンが市長室まで乗り込んできてさあ。唾を飛ばして言うわけよ。汚いったらないわ。秘書に部屋中、消毒するように厳命して帰ってきたけど、あのオヤジごと消毒剤につけてやればよかった」

 「なんて言ってきたの?」

 「『要求基準が厳しすぎる! そんなことでは我が社の利益が出ない!』だってさ。ふざけてるわよね。いまどき、あの程度の基準、どこだってやってるのに。それでまあ、わたしは毅然とした態度で言ってやったわけ。

 『この基準は『目覚めの刻』設立以来の理念です。『目覚めの刻』で活動するなら企業だろうと、公的機関だろうと、反することはできません』

 あんなどこの馬の骨ともわからないオヤジ相手でも市長として、きちんと敬語を使って応対するのがわたしの偉いところよねえ。うん、わたし偉い! 最高! 世界一!

 でっ、わたしはきちんと言うべきことを言ったわけなんだけど、あのオヤジときたら怒りはじめてさあ。デカい面していうわけよ。

 『そんな基準を守らなくてはならないなら『目覚めの刻』での活動などやってられん! 我が社は撤退する!』

 唾を飛ばしながらそう言って『ニヤリ』なんて笑ってみせるんだからもう気色悪いったらなかったわ。あれ、絶対、時代劇かなんか見過ぎて悪役に染まっちゃったタイプよ。うん」

 「それで、どうなったの?」と、朝陽あさひ

 「で、まあ、そのオヤジ、ニヤッと笑って言ったわけよ。

 『我が社が撤退すればプロジェクト・太陽ソラドルへの寄付もなくなる。市内のエネルギー供給を行うソーラーファームの資金が途絶えるわけだ。そうなれば当然、エネルギーを供給できなくなる。そんなことになったら市長としての責任問題。それでもいいのか?』

 だってさ。

 まるっきり、脅迫じゃない。ほんと、顔のいやらしいオヤジは根性までいやらしくねじ曲がってるのよね。だいたい、ソーラーファームの主要な資金源はわたしたち太陽ソラドルに対する課金だっての。それに、個人からの寄付金だってたくさんあるし。企業からの寄付金なんて全体のほんの一部。それなのに『自分たちが支えてやってる!』みたいな顔してさ。ああ、ほんと腹立つ!」

 「それで、夕顔ゆうがおはどうしたの?」

 「もちろん! キッパリ、ハッキリ、言ってやったわよ!

 『ご自由に』ってね。

 『わたしたちが寄付したいと望む企業を見つけるのに苦労するとでも思っているのですか? 企業はかつて、テレビ番組にCMを出すことで自社の宣伝を行い、視聴者に無料のテレビ番組を提供していました。現代では、ソーラーファームに寄付することで、人々に対して無料のエネルギーを提供しています。それはつまり、どういうことか?

 そう。そのエネルギーを使って生活する人々は、寄付をつづけてもらうためにその企業を買い支えなければならない、その企業の品を買いつづけなくてはならないということ。企業はソーラーファームに寄付することで事実上、消費者に対して自社製品の購入を強制できる。テレビCMなんかよりよっぽど確実に利益を得られる。だからこそ、どんな企業もソーラーファームに寄付したがる。『うちがソーラーファームに寄付できるようになれば、これだけのいいことがあります』と、売り込みに来るのです。

 わかりますか?

 選択権を握っているのはあなた方、企業ではなく、わたしたちソーラーファームを運営する側なのです。だからこそ、わたしたちは企業にその立場にふさわしい責任を全うさせるため、ソーラーファームに寄付するために自然及び社会及び社内環境に対する一定の基準を設けています。それらの基準を満たす企業だけを選ぶことで、地球と人類の環境を改善する役割を負っているのです。

 それこそが、わたしたちソーラーファームを運営する側の誇りであり、責任。代々、伝えられたその誇りと責任をないがしろにすることはできません。わたしたちはなんとしてもその基準を守り抜きます。企業の都合に合わせて基準を緩和することはあり得ません。企業にできることは、その基準を満たすかそれとも、ソーラーファームから撤退するか。そのいずれかです。

 『基準など満たしたくない。撤退する』と言うならどうぞご自由に。わたしたちはかわりの企業を選ぶだけ。困ることなどなにもありません。いま現在でもこれだけの数の企業が新たに寄付したいと申し出てきているのですから』

 てっ、わたしはそう言って、寄付を申し入れている企業のリストを見せつけてやったわ。そのときのあのオヤジの顔ったらないわね。まさに『ざまぁ!』ってやつよ。

 でっ、結局、あのオヤジのやつ、顔を白黒させてあげくに『……善処します』なんて言って引きさがったけどさ。出て行くときの顔がまあ、浅ましいって言うか、醜いって言うか。ほんと、いやらしい顔してたのよ。お清めの塩をまとめてつかんで投げつけてやったわ。いやあ、やっぱり、こういうアイテムは用意しておくものよねえ」

 「すごいじゃない。ちゃんと、相手に認めさせるなんて。さすが、夕顔ゆうがお。すごい。立派。賢い。市長の鑑。よっ、日本一!」

 朝陽あさひは両拳を握りしめ、熱烈に褒め称える。もはや、すっかり板についた太鼓持ちの呼吸。人工冬眠から目覚めてこの時代で暮らすようになってから一年あまり。日課として繰り返してきた成果である。

 「ありがとお~。そう言ってくれるの、朝陽あさひだけぇ~」

 夕顔ゆうがおはゴロッと寝返りを打つと、自分の顔を朝陽あさひの腹にうずめて両腕を腰にまわして抱きついた。そのまま、頬をスリスリさせる。洋服越しでもそのなめらかでスベスベの感触が伝わってきて、それはもう……。

 とっくの昔に裸の付き合いになっている身だけどやっぱり、こんなことをされると恥ずかしくなる。朝陽あさひは思わず頬を赤く染めていた。

 そんなことには一切かまわず、夕顔ゆうがおは甘えまくりの子ネコと化している。ビシッとしたビジネススーツに身を包んで、市長としての業務に励んでいるときとは雲泥の差のその態度。そのギャップがもうたまらないというか、なんというか。

 「わたしはいつもがんばってるんだよ? 市長として、市民の暮らしを守るために精一杯やってるの。なのにみんな、わたしに文句ばっかり言ってさあ。『基準が厳しい!』とか『手続きが煩雑!』とか『物価が高い!』とか、もう言いたい放題。そんな面倒なこと、わたしが一番、やりたくないっての! やらなくてもいいならやるわけないし、物価だって安くできるならしてるに決まってるじゃない! そうはいかないからやってるんでしょお。それなのに、みんなして文句、言ってきてさあ。もう、泣きたい。市長なんて辞めてやる!」

 「落ちついて、夕顔ゆうがお! 夕顔ゆうがおががんばってるのはあたしがよく知ってるから」

 朝陽あさひはあわててそう言った。

 夕顔ゆうがおの『市長なんて辞めてやる!』が本心でないことはわかっている。仕事の苦労があるからと言って自分の職務を投げ出すような、そんな無責任な夕顔ゆうがおではない。いくら愚痴ろうが、文句をこぼそうが、自分のやるべきことはきちんとこなす。

 それが夕顔ゆうがお

 水着姿をネットにあげるだけでいくらでも稼げるグラドルとしても活躍している夕顔ゆうがおだが、市長としての能力と使命感も一級品。『体だけが取り柄』のその辺のグラドルとはわけがちがうのだ。

 朝陽あさひはもちろん、そのことを重々、承知している。だてに一年あまりもの間『プロ嫁』として一緒に暮らしてきたわけではない。だが、それはそれとして、そうやって愚痴りたいぐらいストレスが溜まっているのは事実。

 だったら、慰めてあげないといけない。

 励ましてあげないといけない。

 それこそが嫁の務め。

 「あたしはちゃんと知ってる! 夕顔ゆうがおがどんなに、市民の暮らしを良くしたいと思っているか。そのために、どんなにがんばってるか。夕顔ゆうがおはまさしく市長の鑑。すべての市長のお手本。世界一の市長さま。あたしはそのことを知っている。あたしは、そんな夕顔ゆうがおが大好き!」

 「ありがとお~。朝陽あさひがそう言って励ましてくれるから、お仕事がんばれるう~」

 夕顔ゆうがおは甘えまくりの子ネコの声を出しながら起きあがった。朝陽あさひの膝にまたがると両腕を背中にまわして強くつよく抱きついた。あまりに強く抱きしめられたので朝陽あさひは一瞬、呼吸ができなくなったほど。

 ピッタリ密着されたおかげで夕顔ゆうがおのやわらかい肢体の――とくに、胸の辺りのふくよかな――感触と、暖かい体温とが直に伝わってくる。そのあまりにも心地良い感触に朝陽あさひは思わずドキドキしてしまう。

 夕顔ゆうがお朝陽あさひに抱きついたまま甘えた声を出した。

 「朝陽あさひ、かわいい。朝陽あさひ、大好き。朝陽あさひが学校を卒業したら絶対ぜったい、結婚しようね。わたし、朝陽あさひのいいお嫁さんになるから」

 ――どう考えても『嫁』はあたしの方だと思うんだけど。

 実際、『プロ嫁』として働いているわけだし。

 朝陽あさひはそう思ったが、その唇を夕顔ゆうがおの唇が覆った。もう数えることもできないぐらい繰り返してきた唇同士のキス。いまでもその柔らかさと甘い吐息とに魅せられ、極上の美酒に酔ったようにウットリとしてしまう。

 ――まあ、どっちが嫁でもいいか。

 こうして、お互いに愛おしく思える関係ならどちらが嫁でも同じこと。

 両目を閉じてウットリと唇を任せながら、そう思う朝陽あさひだった。

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