終章 ふたりは今日も通常運転
「終わったあっ~!」
仕事が終わったことそれ自体を喜んでいるわけではない。自分のやるべきことをやり遂げたという満足感からの笑み。自分の役割に真剣に向きあっている人間だけが浮かべることのできる晴れやかな笑顔である。
――この笑顔があるから、どんなに甘えてきても許しちゃうのよね。
と、
右腕を天井に向かって思いきり伸ばし、左手を右肘に当てた姿勢で大きく伸びをする。きわどい水着を着たままそんな姿勢をとるものだから、ただでさえ豊かな胸がよりいっそうふくらんで、胸元のビキニがいまにもはじけ飛びそう。おかげで、見ていてドキマギするというか、ハラハラするというか……。
「ご、ごくろうさま……!」
「今日もお仕事、大変だったね」
「わあ、
そして、まわり中の女子から
――たはは。
と、苦笑するしかないところなのだが、さすがにもう慣れてきた。冷や汗を流すどころか、気持ち良ささえ感じはじめている自分がいる。
「ざまあみなさいっ! あんたたちの大好きな
と、ふんぞり返って豪語している自分が心のなかのほんの片隅にいたりするのを発見して、少しばかり怖くなる。
「
これがまた、なんというか、
――ヤバいっ。これ、気持ちいい。
と、思ってしまうようなもので……。
医療学校で自習時間が長いのはそれぞれに自主研究を行わせるためだ。定期的に報告し、成果を見せなくてはならない。それを怠れば即、退学。わざわざ警告なんてしてくれないし、補習などという優しい制度もない。
「自分で自分を律することもできない人間を、医療関係者にするわけにはいかない」
という大前提が徹底されているので、そぐわない生徒は容赦なく切り捨てられる。
そしていま、
それを調べている。
そこで、
そんな世界に置かれたとき、どの遺伝子がどのような発現の仕方をするか。
それを調べている。そのためにいま、アイドル業界という環境をくわしく知ろうとしている。
これなら、
「アイドル業界と遺伝子の関係? そんなもの調べて、なにかの役に立つのか?」
そう問われれば『わからない』と答えるしかない。
しかし、役に立つかどうかわからない、と言うことは、役に立つかも知れないということ。とにかく、どんな研究でもやっておくにこしたことはない。そして、こういう『役に立つかどうかわからない研究』というのは、プロの研究者より学生身分の方がやりやすい。学校側もまともな研究より『馬鹿馬鹿しい』研究を行うよう推奨している。
「確実に『役に立つ』とわかっている研究はプロの研究者が行っている。諸君よりもキャリアも、知識も、人脈も、すべてにおいて上回るプロの研究者がこぞって行っているのだ。そこに、未熟な学生風情が参加したところで勝てるはずがない。それよりも、世間から『馬鹿馬鹿しい』と言われるような研究を行うことだ。生活の懸かっているプロの研究者が手を出しにくいそんな研究こそ、稼ぐ必要のない学生身分が行うのにふさわしい」
という理由で。
ちなみに、これまで学校がもっとも大喜びして研究予算を出したのは『ハエの糞にもハエはたかるのか』という研究である。校内の伝説では、とあるアマチュア研究者がこの研究を持ち込んだとき、教授たちは一斉に大笑いしたという。そして、
「気に入った! 思う存分やれ!」
その一言で予算を与えることが決定されてしまったという。
なぜ、そんなことになるかというと『そんな馬鹿馬鹿しい研究にも予算がつくなら自分の研究だって……』と、多くの研究者がやってくる。そのなかには必ず『有望な怪物』が混じっている。一万にひとつでも『有望な怪物』が生まれるなら、残りの九九九九の無駄を受け入れる価値がある』という理由からである。
もちろん、単純に趣味人の学者連中が気に入った、という理由もあるのだが。
そういうわけで
もちろん、やるからには本気である。現場を観察し、話を聞き、自分でも経験し、
――
その一心で自分のやるべきことに打ち込んでいる。
自分を愛してくれるふたり、自分の愛するふたり、そのふたりの前でいつでも堂々と立っていられる自分であるために。
自分でも『あたし、がんばってる!』という思いがある。だからこそ、それを認められると嬉しい。『この人はわかってくれる』と思える。報われた気がする。
普段は子どもっぽくて甘えたがりのくせに、いざとなるちゃんと『おとなする』のが
――
と、
ともかく、
ちなみに、
「あ~、今日も大変だったあ」
帰り道を行きながら、
「
「はいはい」
と、『お姉ちゃん』は微笑みながら返事をした。
「
「やったあっ!
「あたしも愛してる」
ふたりの世界は今日も通常運転なのだった。
完
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