一二章 わたしが市長です!

 かくして、やって来た突然の職場見学の日。

 ――グラビアアイドルのオフィスってどんな場所なんだろう。きっとカッコいい男の人や素敵な女性がいっぱいいて、華やかな職場なんだろうなあ。

 夕顔ゆうがおのことをすっかりグラビアアイドルかなにかと決めつけている朝陽あさひは漠然とそんなイメージをもっていた。もっていたのだが――。

 なんと、夕顔ゆうがおに連れてこられたのは市庁舎。市の最北に位置するこの都市唯一の高層建築物。

 「これ以上、燃やせないゴミはふやせない!」

 という、現実の悲鳴に負けて建てられた八階建ての木造建築。使われているのは普通の木材ではなくCLT(クロス・ラミネイティッド・ティンバー)と呼ばれる集成材。木の繊維が直角に交わるよう互い違いに板を重ね合わせたもので、こうすることで木材がコンクリート並の強度をもつようになる。そのため、このような高層建築も木材で作れるようになるのだという。

 なお、これらの木造高層建築物は技術の継承も目的として、定期的に建て直される。一定期間ごとに確実に木材の需要が生まれるので、計画的な植林が可能になり森の手入れもしやすくなる。

 解体された建物に使用されていた木材はそのまま廃棄……などというもったいない真似はしない。朝陽あさひの時代のような『大量生産・大量消費』が許される時代ではないのだ。

 解体された木材はまず家具として再生される。家具として使い終わると今度は細かく粉砕され、ペレットとして加工され、暖房に利用される。

 燃やされて、灰となったペレットは回収され、森に撒かれ、肥料として森に還る。そして、何十年、何百年のあとに新たな木材として再生する。

 『これ以上、燃えないゴミはふやせない!』という、現実からの切実な要求によって生まれたシステムだが、そのおかげで無駄のない超長期型リサイクルシステムが出来上がった。

 玄関のドアは総ヒノキ製で、近づくと針葉樹特有の強い香りが感じられる。その香りを嗅いでいるとなにやら気分が高まってくる気がする。

 ヒノキの香りには人の精神を高ぶらせる効果があるので当然と言えば当然。そんな効果をもつヒノキを玄関のドアに使うのはなるほど、納得である。

 おまけにこのドア、一面になにやら複雑な彫刻が施されている。日光とか、京都とか、そういった歴史ある町にあるお寺などでよく見る『アレ』だ。そんな複雑で精緻な彫刻がドア一面に彫られている。というより、ドアそのものが一枚の大きな彫刻なのだ。

 見てみれば、建物のあちこちに同じような彫刻が彫り込まれている。どれも長い時間をかけて人の手で彫り込まれた精緻なものだ。見ていると、そこに込められた技量の深さと、その技量を身につけるまでに費やした修行の厳しさを感じてめまいがしてくるほど。

 そんな彫刻が建物のいたるところに彫り込まれているのだ。市庁舎と言うより、サグラダ・ファミリアのような宗教的な建築物に見えてくる。

 「……すごいですね」

 その光景に圧倒され、朝陽あさひはポカンと口を開けて見上げたまま呟いた。

 ほとんど独り言で、別に答えを期待していたわけではない。それでも、夕顔ゆうがおはクスリと笑って答えてくれた。

 「『日本の伝統工芸を残す』という意味もあるから。『ひとつ作れば一〇年は暮らせる』ぐらいの大きな仕事をしないと、最高級の技術は残せないものね。そのために、市庁舎みたいな公共の建物を彫刻で覆って、仕事を作っているの」

 そのおかげでいまでは日本の作る『彫刻としての玄関ドア』は世界中から大人気なのだそうだ。最高峰の職人ともなれば『ひとつ作れば一生、遊んで暮らせる』レベルの報酬を得ることも可能だという。

 「すごいんですねえ」

 朝陽あさひは口をポカンと開けたまま素直に感心した。

 実のところ、彫刻の芸術的な価値などわからない。それでも見た目に『すごい』とは思うし、『一生、遊んで暮らせる』レベルの金額がつくというのはどういうことかぐらいは見当がつく。

 「でも、こんな彫刻も一緒に燃やしちゃうんですか? それって、すごいもったいないと思いますけど」

 「さすがに彫刻部分まで、家具やペレットにして再利用はしないわよ。だいたいは市の美術館に収められるか、コレクターの人たちが買いとるか、よ」

 「あ、そうか。そうですよね」

 朝陽あさひは心から納得した。

 たしかに、ひとりの人間が何年もの間、精魂込めて作りあげただろう彫刻を燃料にしてしまうのは罰当たりに過ぎる。美術品として扱われるようになって当然だ。

 ――でも、なんでここに? 今日は、夕顔ゆうがおさんの職場に行くはずなのに。

 朝陽あさひは唇に指先を当てて小首をひねった。

 すごい建物なのはわかるけど、芸術方面に興味のない朝陽あさひとしては『修学旅行で京都の古寺を訪れた』という程度の感慨しかもちようがない。

 ――まさか、あたしにこの建物を見せるためだけに連れてきたわけじゃないよね?

 そう思ったところで、はたと気づいた。両手を打ちあわせて、夕顔ゆうがおを見た。

 「あ、そうか。夕顔ゆうがおさん。ここで受付嬢、やってるんですね?」

 たしかに、夕顔ゆうがおなら市の顔として最高だし『見た目が大事』な仕事でもある。

 そんな朝陽あさひの言葉に夕顔ゆうがおはクスリと笑って見せた。人差し指を立てて『チッチッチッ』と、振りながら言ってのける。

 「まだ、ひ・み・つ。わたしの正体を知ったら惚れ直すわよ」

 と、微笑みながらウインクひとつ。

 「いや、惚れてないし!」

 などと言う暇もありはしない。あまりにも魅力的な美貌と表情、そして、愛らしい仕種に朝陽あさひはまともに心臓を射貫かれ、ドキュンとなる。

 「これ、恋に落ちるなって言う方が無理でしょ!」

 そう叫びたくなるような完璧な小悪魔スマイル。

 実際、いまの夕顔ゆうがおはグラビアからそのまま抜け出してきたかのように魅力的。普段のラフな格好とは打って変わってパリッとしたビジネススーツ姿。硬質なデザインのスーツに長い茶髪がよく映える。

 しかも、夕顔ゆうがおらしいことに素肌ジャケットという刺激的な格好。ジャケットの合わせ目から豊かで瑞々しい胸の谷間がくっきりのぞいている。そのふくらみのなんともおいしそうなこと。

 ――あたしがカブトムシだったら絶対、とまってるわ。

 朝陽あさひがそう思うのも無理はない代物である。

 下はスッキリしたパンツ姿で、ヒップから足にかけてのラインがくっきり出ている。とくに、プリッとしたヒップの形がはっきりくっきり見えているのがもう……。

 生足を出したミニスカ姿とはまたちがった意味でエロさ爆発。こんなセクシーな女子社員がいたら、まわりの社員たちは――男女を問わず――仕事にならないだろう。

 その辺の男たちが胸の谷間や尻に心を奪われてガン見していたとしても、それを『セクハラ』として有罪にできる裁判官はいないだろう。夕顔ゆうがおを一目見た途端、

 ――これは、仕方がない。

 と、納得して、無罪判決を下すにちがいない。

 その前に、裁判官自身がガン見してしまい裁判にならない……という事態もあり得るが。

 それぐらい、魅力的な夕顔ゆうがおだった。

 夕顔ゆうがおは先に立って歩きだした。それに気づいた朝陽あさひもあわてて、あとを追う。前から見て美しい夕顔ゆうがおは、後ろから見ても魅力的。

 絹のようにしなやかな長い茶髪といい、ピンと伸びた背筋といい、プリッとしたヒップといい、どこもかしこも魅力の塊。そんな体が一流モデル並の颯爽とした歩き方をしているのだから、もう……。

 ――もってる人ってほんと、どこまでももってるのよね。

 そう納得するしかない朝陽あさひであった。

 夕顔ゆうがおがドアに近づくと、ドアは音もなくスッと開いた。

 ――あ、ちゃんと自動ドアなんだ。

 見た目は京都の古寺みたいだけど、中身はやっぱり機械製。朝陽あさひはちょっと安心した。

 朝陽あさひ夕顔ゆうがおの後ろについてなかに入った。建物のなかもまた、床と言わず、壁と言わず、天井と言わず、そのすべてが分厚い板で作られている。

 まるで、木のなかに棲みつくリスかなにかになった気分。空気がとにかくさわやかで、針葉樹特有の香りに満たされている。

 建物のなかだというのにまるで、北欧あたりの針葉樹林を散策しているかのよう。目を閉じれば、たちまち森林浴気分に浸れるだろう。

 受け付けに並んでいた若い女性がふたり、夕顔ゆうがおに気づいて立ちあがり、体ごとお辞儀する。それだけではなく、すれちがう人たちみんな、頭をさげていく。

 自分ではなく夕顔ゆうがおに挨拶しているのだということはわかっていたが――夕顔ゆうがおの側にいたら自分なんてすっかり霞んでしまい、誰にも気づかれないだろう――朝陽あさひもつられて頭をさげた。

 夕顔ゆうがおは挨拶してくる人たちみんなに気さくな笑顔でお返ししている。こんな笑顔で挨拶を返されるなら、どんな無愛想な人間でも挨拶したくなるだろう。

 そう思わされる笑顔だった。

 ロッカールームにでも向かうのかと思っていたら、そのままエレベーターに乗り込んだ。機械部分はさすがに金属製なのだろうけど、エレベーター自体はやっぱり、木製。清々しい香りのする分厚い板で作られた木製の箱だ。

 エレベーターがとまった階は、なんとまさかの最上階。夕顔ゆうがおは迷いなく歩き出し、ひとつのドアの前に立った。そのドアの前に掛けられているプレートは……。

 市長室。

 ――市長室ぅ~! な、なんで、いきなり市長室なんかに……。

 もしかして、あたしのことで手続きが必要とか? いや、それにしたって、いきなり市長に会うとかないよね? 手続きならそれこそ受け付けとかですませるはず……。

 ――それとも、もしかして、一〇〇年以上の眠りから覚めたばかりっていうことで特別扱い?

 夕顔ゆうがおはなにも言っていないけど、市長自らによる特別な手続きとかが必要なのかも知れない。

 そう思い、朝陽あさひは軽いパニックに陥った。

 なにしろ『目覚めの刻』の市長と言えば夕顔ゆうがお曰く、

 「若いし、美人だし、かわいいし、セクシーだし、頭は良いし、性格も良いし、いつだって市と市民のために一所懸命だし、悪いところなんてひとつもないぐらい」

 とのことなのだ。

 そんな人物と面会する羽目になるなんて、考えただけで緊張する。冷や汗は流れるし、手のひらは汗で濡れるし、心臓はドキドキがとまらない。

 そんな朝陽あさひをよそに夕顔ゆうがおはまるで自分の家の玄関を開けるように市長室のドアを開けた。

 なかに入る。そこもまた、分厚い木の板で覆われた部屋。足元には絨毯も敷かれていない。

 でも、靴の底からでも暖かい木のぬくもりが伝わってくる。ネコになって寝転べたらさぞかし気持ちいいだろう。たしかに、こんな床なら絨毯なんて必要ない。

 そして、正面に見える市長席。そこに座る人物は……誰もいなかった。

 夕顔ゆうがおは当然のように市長席に向かって歩いていった。近くの秘書席に座っていた秘書の女性が立ちあがり、お辞儀した。

 夕顔ゆうがおは魅力たっぷりの笑顔で挨拶を返すと、手慣れた仕種で市長の席に着いた。

 目を丸くして驚く朝陽あさひの前で、夕顔ゆうがおは両手を広げてお日さまのような笑顔を浮かべた。

 「ようこそ、我が愛しの君。わたしが『目覚めの刻』市長、春日かすが夕顔ゆうがおです」

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