一〇章 嫁にもらわれたいわけね?
清新な日の光が差し込み、鳥たちのさえずりが聞こえる朝の一時。
結局、夕べはのぼせたまま寝入ってしまった。朝になってみると、
実際、なにやら息が苦しいと思って目を開けると、密着状態の胸の谷間が目に入り、ふたつのふくらみの間に顔が埋まっていることに気がつくというのは相当に刺激的なものがある。
一瞬、パニックになりかけたが、軟らかな肉に口元まで押しつけられていたので声が出なかった。それが幸いして、
服を着替え、顔を洗い、歯を磨き、髪を整えた。それからキッチンに入り、エプロンをまとって朝食作りにとりかかったのである。
――居候なんだし、やっぱり、それぐらいはしないとね。
料理の経験はほとんどないが、
自分でも料理できる食材はなにかないかと探してみたら、冷蔵庫のなかに卵が一ダースばかり入っていた。これには正直、ホッとした。
――あたしにまともに作れるものといったら目玉焼きぐらいだもんね。
一六歳女子として少々、恥ずかしさを感じながらそう思う。
――でも、
と言うことは、自分が眠りについてから料理を学んだということなのだろう。母親について必死に練習したのにちがいない。いつかきっと目覚めるのはずの姉。その姉を好きな料理で迎えてあげたい。その一心で。
そう思うとしんみりした気分になり、泣いてしまいそうになる。
頭を強く振って気分を切り替える。グズグズしてはいられない。
さらに探してみると一通りの野菜と色とりどりの花があった。料理には縁のない
――野菜と一緒にしまってあったし、このままサラダに使っちゃっていいのよね?
これらの花々にはナスタチューム、ボリジ、マリーゴールド、カモミールといった名前があるのだが、
ちなみに、カモミールの花は食用というよりはハーブティー用なのだが、
他には、小さくて、薄くて、茶色いパンがあった。こんなパン――パンだろう、恐らく――は、見たことがなかったけれど、ご飯を炊かなくてすむのは助かる。正直、ご飯を炊いたことなんて小学校の調理実習のときぐらいしかない。
この時代の炊飯器の使い方なんて誰にも教わっていないし正直、まともにご飯を炊ける気がしない。
ともかく、ど素人なりに義務感に駆られて朝食の準備をはじめた。
フライパンをコンロにかけて熱し、油を引いて、卵を割り入れる。他になにも用意できないことを考えてひとりふたつずつにした。
ジュージューと音を立てて卵を焼いているうちに緑の葉を皿に盛り、その上に色とりどりの花を散らしてサラダを作った。葉っぱの種類なんてわからないのでとにかく全部、適当に放り込んだ。なので、味に関してはまったく見当がつかない。
それでも、花をふんだんに使ったおかげで見た目的にはかわいいし、華やかだし、なんとも女の子っぽい。ひな祭りのご馳走に添えるのにピッタリという感じの見た目に仕上がった。それを見た
――あたし、けっこうセンスある?
と、ちょっとばかり自惚れた。
パンをトースターにいれて、焼きあげ、皿に乗せてテーブルに並べる。その頃には目玉焼きも焼きあがっていた。いたのだが……。
こちらは残念ながら『自惚れさせてくれる』出来とはなっていなかった。全体の形はいびつだし、黄身の部分はくずれているし、白身は焦げているし、そのくせ、黄身の方はまだグチャッとしたまま。
見るからに不格好な仕上がりで、
――で、でもまあ、目玉焼きは半熟を好む人もいるしね!
そう言い訳しながら皿に盛り、テーブルに並べる。
――お母さんの目玉焼きは形もまん丸だったし、焼き具合もきれいだったなあ。どうやったら、あんなふうにきれいに焼けるんだろう。
少しぐらい、料理を教わっておけばよかった。
そう思う。けれど、それはもう決して叶わない願い。自分はあの頃のままなのに母はもういない。二度と会えない……。
朝から泣き顔なんて見せられない。
ともかく、朝食の準備はできた。あとは、
――って言うか、起こしにいこうか。
「
驚天動地の叫びが響いた。
それはもう、この大きな家全体がビリビリと震え、
お昼寝から目覚めたときに、隣にいたはずの母親がいないことに気づいて泣き出す幼女のような、それを、声だけおとなのものにしたような悲鳴だった。
家も大きければ、隣近所との距離も遠いといういまの時代だからまあいいが、
それから、慌てふためいた足音が近づいてくるのが聞こえた。慌てているのに『ドタドタ』などという不格好な音ではなく、軽やかで音楽的な響きに聞こえる。グラビアアイドル並の美貌に対する
「もう! なんで、先に起きちゃうの⁉」
その仕種といい、口調といい、まるっきり五、六歳の幼い女の子そのもの。『絶世の』と言ってもいいほどのおとな美女子がそんな子どもっぽい姿を見せるのだ。もうたまらなくかわいい。
「おはようのチューで起こしてあげるつもりだったのにぃっ!」
――そこかい!
思わず、心のなかでツッコむ
「おはようのチューてっ……なんで、そんなことになるんですか⁉」
実は、その予感があったからそっと起き出したのだが。
「愛する夫は毎朝、おはようのチューで起こしてあげる。それが、妻の掟でしょう」
「だから、どこの掟なんです⁉ そもそも、
その言葉に――。
「……ひどい。わたしを妻にしてくれないなんて。ずっと好きだったのに。運命の人だって信じて、まっていたのに」
「だから、卑怯だよ、あんた!」
そんな
「あ、なるほど。つまり、
「そ、そりゃ、女の子だし……って、ちがう! そういう問題じゃなくて……」
「だいじょうぶ。わたしは受けも攻めも両方イケるから。責任もって、
そう宣言する表情がキリッと引きしまり、たちまち王子さま顔になる。
グラビアアイドル並の美しい顔立ちだけに、こうして凜々しい表情を浮かべると本当に様になる。宝塚の男役というか、ファンタジー世界に登場する女騎士というか、とにかくそんな感じ。
その凜々しくも美しい姿に
「うんうん。それならそれでかわいくて良き! そう言えば、エプロン姿も似合ってるわあ。世界一かわいい、わたしの嫁ね。
そう言って、満面の笑顔で抱きついてくる。スリムなくせに出るべきところはしっかり出ているその肉体の感触は、それはそれはすばらしいものであったけど……。
「胸に顔を押しつけないで! 窒息しちゃう~!」
世の男子全員が羨む
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