第35話

稲山高校のグラウンドはサッカー部、野球部、陸上部、ラグビー部、ハンドボール部が各々の場所で活動していた。

サッカー部のコートに時々ハンドボールが紛れ混み、それをサッカー部の1人が間違えて蹴ったことで、両部は犬猿の仲となっている。

サッカー部員の1人である鈴木悟史は鼻歌を歌いながら、体育倉庫の裏でスパイクの靴紐を結んでいた。


「好きです!」


突然響いた女子生徒の声。

悟史がそっと声のした方を覗くと、そこにはサッカー部のマネージャーである内名とサッカー部エースの榊。


「ありがとう……でも、ごめん。内名さんは可愛いし、俺にはもったいないと思うんだ」


榊は申し訳なさそうに頭を掻いている。

どうやら、内名が榊に告白している現場に立ち会ってしまったらしい。


「私は榊先輩が好きなんです。もったいないなんてそんなこと……」


内名がマネージャーとして入部した頃、部員たちは『美人マネージャーだ!』と小躍りしていた。

だが、サッカー部内で色んな部員との交際が噂されては消え、を繰り返しているので悟史はなんとなく内名から距離を置いていた。

内名から男に告白しているのは意外だった。


「ごめん。やっぱ、ダメだ」


榊が首を横に振る。


「そんな……なんでですか?」


「実は好きな人がいるんだ」


「え?」


「一年生の頃からずっと好きで……」


照れくさそうに頬を掻く榊に内名は眉を顰めた。


「誰……ですか?」


内名に尋ねられ、榊は少し戸惑いつつもその名を口にした。


「……同じクラスの倉賀さんだよ」


「倉賀先輩?」


「俺、倉賀さんのことが好きなんだ。だから、内名さんとは付き合えない……ごめんね」


榊はそう言い残すとそそくさと去っていく。

とり残された内名はわんわんと泣き出した。


「出ていきにくい」


悟史がグラウンドに行くにはどうしても内名の前を通らなくてはいけない。


「誰?……誰かいるの?」


「げっ」


内名がこちらを覗く、バッチリ目が合う。


「悟史くん。見てたの?」


「ごめん。偶然」


「うわーん」


内名が悟史の胸に飛び込んできた。


「え?え!」


胸の辺りが内名の涙で濡れる。

なんか俺が泣かせたみたいになってないか?

こんなところ誰かに見られたら……

あ、と思った時には遅かった。

偶然通りがかったテニスボールの入ったカゴをさげた市川とバッチリ目があった。

市川は二人を見つけて唖然と口を開けていた。


「あ!違う!違うよ!」


全力で手を振り否定の意を見せる悟史。


「校内不純異性交友」


「い、市川さん?」


市川が全力で投げたテニスボールが悟史の額にクリーンヒットする。


「つぁあっ!」


市川はふいっと背を向けて去っていく。


「うわーん」


おかまいなしに泣き続ける内名。




もう部活がはじまる時間だが、悟史は内名からまだ解放されていなかった。

まだシクシクと泣いている。

その横で悟史は濡れタオルで額を冷やしていた。


「倉賀先輩なんて、勝ち目ないじゃない。なんで、みんな顔がいいだけの女が好きなの?」


内名はギリギリと歯軋りをする。


「内名さんだって、モテるじゃん」


適当な返事をする悟史。

黒髪セミロングの幅広二重。

内名は男の好きな要素を集めたような容姿をしている。本人もそれを自覚し、武器にしていることだろう。


「雑魚にはモテるよ!でも、私が好きになるレベルの人は大抵が倉賀先輩のことを好きなの!」


雑魚って……。

いつも部員たちにはニコニコ愛想振り撒いててもやっぱり、女の裏の顔は恐ろしい。


「倉賀先輩は、確かに人も良さそうだし、ふわふわしてて可愛い。……なんで、あんな完璧な女がいるの」


「うーん……」


「さっきから曖昧な相槌ばっかじゃない!なんか意見を述べなさいよ!意見を!」


内名がバシバシと悟史の肩を平手で殴る。


「いや、そんなこと言われてもな……」


「女の子が泣いてたら、慰めるのが普通でしょ!」


「お、おう……てか、俺、もう部活行きたいんだけど」


「はぁあ!?泣いてる女の子残して、部活行くの?どうかしてるんじゃない!そういう時は何も言わず、そばにずっといるべきでしょ!」


「す、すいません」


こりゃ、解放してもらえそうにないな。

悟史は沈黙したまま、内名の横にいることにした。


「なんか言いなさいよ!」


「理不尽だ」


「うわーん」


「情緒不安定かよ……怖い」


「どうせ、私は二番目の女よ」


「……二番目か」


「復唱しないで!」


「ごめん」


「もう帰る!」


内名が突然立ち上がった。そして、鞄を掴むと大股で去っていってしまった。


「女子って怖い……」





内名梨々香は自分が新入生の中で1番可愛い自信があった。

周りの女は勉強ばっかしてきたような、ダサい女しかいなかったからだ。

マネージャーになって男からチヤホヤされるJKライフを夢見ていた梨々香は、色んな部活の見学へ行った。

そして、比較的イケメンの多いサッカー部に決めたのだ。

梨々香の読み通り、部員からは鬼のようにモテた。ちょっと隙を見せれば男は簡単に落ちる。

ナシじゃない部員と何度か付き合ったけれど3日すれば飽きて振った。そしてまた別の部員と付き合う。

狙うはエースの榊。

サッカー部で1番のイケメンだ。

だが、榊は同級生の倉賀芽衣子に思いを寄せていた。

倉賀芽衣子のことは梨々香も知っていた。

この人が同級生じゃなくてよかったと思ったのを覚えている。


梨々香は、学校帰りのカフェで甘い苺のシェークを飲みながら、榊への次のアプローチを考えていた。

ふと、窓の外を見ると、今1番見たくない人間が歩いているのが見えた。

反射的に舌打ちが出てしまう。

見たくない人間、倉賀芽衣子はスマホを見ながら周りをキョロキョロと気にしていた。

誰かと待ち合わせなのだろうか。

内名は気になり、倉賀芽衣子の挙動を目で追う。

しばらくして、倉賀芽衣子は目当ての人物を見つけたのか、小さく手を振った。

そして、現れたのは小太りのサラリーマンの男だった。

彼氏……じゃないよね。父親……?

父親という雰囲気でもないその男と、倉賀芽衣子は夕暮れの繁華街へと消えていこうとする。

梨々香は飲みかけのシェークを掴むと、足早にその後を追った。

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