第34話

私は翌日の朝、何事もなかったかのように登校した。席に着くといつものように、男の子たちが集まってくる。


「おはよう!倉賀さん」


「……おはよう」


私の返事に男の子たちは違和感を覚えたらしい。


「なんか元気ないね」


「……そうかな?」


「うん、何かあったの?」


教室の隅から女たちのクスクスという笑い声が聞こえた。私はそんな女たちを一瞥し、いきなりわっと泣き出して見せた。


「ど、どうしたの?」


男の子たちが心配そうに私の周りでおろおろとしている。


「あの子たちが……」


私は女たちを指差す。

指さされた女たちはギョッとした顔をしていた。


「今まで言えなかったけど、酷いことしてくるの。私のことを殴ったり、裸にされて写真を撮られたの」


私のいきなりの告発に男の子たちは目を丸くして驚いた。そして、すぐに女たちに軽蔑の眼差しを向ける。


「最低だな、お前ら」


「イジメだろ」


「嫉妬とか醜いな」


男の子たちが口々に女たちを責める。


「もう、耐えられない。私のこと守ってくれる人がほしい」


私がボソッとそう言うと、男の子たちは口々に私の盾になるという言葉を言ってくれた。

教室は完全に二分化された。




廊下の端で、そっと市川さんに体操服を返す。


「昨日はありがとう。助かった」


「倉賀せんぱい……大丈夫ですか?ご両親には?」


心配してくれる市川さんの言葉を制すように首を横に振る。


「いいの」


「でも!」


納得いかないような顔をしている市川さん。


「親には雨に濡れちゃったから体操服借りたって言った」


「……」


「心配しないで」


「……心配です」


「市川さん」


私は市川さんの肩を掴んで真っ直ぐに見つめた。


「……はい?」


「私、『いい子』でいるのやめるんだ」


「え?」


私は微笑んだ。とびきり可愛く、天使のように。





今日の夕飯はカレーだった。

一口食べると、吐き気が込み上げてきた。

でも、吐くとママを心配させてしまう。

私は喉元まで上がってきた吐瀉物を必死に飲み込んだ。

それを繰り返しながら、3分の1ほど食べ終わり両手を合わせる。


「……ごちそうさまでした」


「あら、こんなに残して」


ママは心配そうに私を見つめた。

私はご飯を残したことがない。

昨日はいつもより遅く帰ってきて、ご飯はいらないと言ったり、ママも何か私に対して違和感を感じとっているらしい。


「ごめんなさいママ。今日は食欲がないの」


「体調が悪いの?」


「ううん。少し疲れただけ、眠ったらすぐ治るから……」


「あったかいココア淹れてあげるわ」


首を横に振ってママを止める。


「ありがとう。でも、いらない」


「でも」


「おやすみなさい」


ママに背を向け、リビングを出て行こうとすると呼び止められた。


「……これ」


振り返ると、ママは私に海外の模様の封筒を差し出していた。


「お父さんからのお手紙よ。返事書いてあげて」


手紙を受け取り見つめる。

こだわられたデザインの可愛い封筒。


「……うん。わかった」


めんどくさいな。

自分の部屋に戻りベッドに横たわる。

掛け布団を頭まで被る。涙が静かに頬を伝った。




小学校の卒業式。

あれ以来、男の子たちが私を四六時中守ってくれたので、女たちから手を出されることはなかった。

男の子の間でも同盟が組まれたらしく、誰も抜け駆けして私に告白してこようとはしなかった。

だけど、ずっと男の子に囲まれているのも疲れる。

卒業式が始まるまでの少しの間、私は体育館の裏でぼーっとしていた。


「めーい!」


遠くから私を呼ぶ声が聞こえる。

私を「めい」と呼ぶのはあの子しかいない。


「ここにいたんだ!」


頭に葉っぱをつけた創ちゃんが、ひょこっと顔を覗かせる。


「よくわかったね」


私が微笑むと、創ちゃんはニコニコとしながらこっちに寄ってきた。人懐っこいわんちゃんみたいだ。


「卒業おめでとう」


創ちゃんが何かを差し出してきた。

見ると、そこにはドライフラワーの小さな花束があった。


「すごい。作ったの?」


「うん。メイが栞なくしちゃったって言ってたから。その代わり!」


えへへと笑う創ちゃん。

何も知らないこの子はずっと純粋なままなんだろう。


「ありがとう」


私はドライフラワーを受け取り、創ちゃんの頭をポンポンと撫でた。


「……また、行っちゃうんだ」


少し寂しそうに、創ちゃんはそう呟いた。


「仕方ないよ。私のがおねぇちゃんなんだから」


「でも、今回は……中学が違うもん」


そう。ちょうど私たちの家の間が学区の境目で、私たちは違う中学校に通うことになる。


「めい……」


今にも泣き出しそうな創ちゃんの頭を撫で続ける。


「よしよし。学校は違っても、家が隣なんだからいつでも会えるよ」


「でも」


「ほーら、笑って卒業生を送りだして」


「……うん」


ぐすんと創ちゃんは鼻をすすった。


「じゃあ、そろそろ整列だから。行くね」


「うん。……おめでとうメイ」


創ちゃんは精一杯の笑顔を私に向けてくれた。


「ありがとう」


私は微笑み、創ちゃんに背を向けた。

もういいんだよ。

私は汚れている。創ちゃんの理想の『めい』はもういないから。

だから、もう追いかけてこないで。

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