第31話
私はパパのお土産のチェコのワンピースを着て、教室で一人、教科書を読んでいた。女の子たちは楽しそうに笑っていた。
話しかけると無視されるので、自習ぐらいしかやることがなかった。
「あの、倉賀さん」
名前を呼ばれてふと、顔をあげるとクラスメイトの男の子が照れくさそうに頭をかきながら立っていた。
女子たちがピタリと話をやめ、私を凝視しているのがわかる。
「今日、一緒に帰らない?ほら、俺たち帰る方向途中まで一緒だし……」
女の子たちのヒソヒソ声が聞こえる。
「ごめん。今日ははやく帰りたいから……」
そう言ってやんわりと断る。
「だったら、俺も一緒に走るから!」
男の子は意外と諦めが悪かった。
「……走るほどじゃないけど」
放課後、住宅街を男の子と一緒に歩く。
ずっとそわそわしているようだった。
正直に言えば、私はこの子の名前も知らないし、どんな子なのかもわからない。
「急がなくていいの?」
「うん」
素っ気なく返事をする。
「そっか」
しばらくの沈黙が続いた。
私は別に気にしていなかったけど、男の子は何か話題を考えようと必死になっているように見えた。
「あ、あのさ。その服……可愛いね」
男の子がチェコのワンピースを指差す。
「ありがとう」
「倉賀さんによく似合ってる」
すごく緊張しているらしい。声の端が震えていた。私は嫌な予感がした。
「……ありがとう。私、こっちの道だから。またね」
そう言って、離れようとすると
「待って」
と、止められた。
男の子は胸に手を当てながら深呼吸をしている。
「俺……前から、倉賀さんのこと好きで」
当たった。嫌な予感。
「よかったら……俺と」
「私のどこが好きなの?」
言葉を遮るように私は問いかけた。
「え?」
男の子は唖然と口を開けている。
「私が可愛いから?」
率直に疑問をぶつけてみると、男の子はオロオロとし始めた。
「もちろん、倉賀さんは可愛いけど、それだけじゃないよ。俺は倉賀さんの優しいところとか性格が好きで……」
優しい?どこがだろう。
私はこの子と喋ったこともないのに、どうして私を知っているかのように話すのだろう。
「でも、女の子たちはみんな、私のこと嫌ってるよ」
そう言うと、男の子はうーんと考えた後に少しだけ笑った。
「それは……嫉妬じゃないかな?」
「嫉妬?」
「倉賀さんが可愛いから、みんなうらやましがってるだけだよ。倉賀さんが悪いわけじゃない」
羨ましがっている?
みんなが、私を?どうして……。
例えば本当にそうだとしたら。
「……私は悪くない?」
私はこの頃から、女の子達の視線を気にすることをやめた。女子は女子、男子は男子と喋る。
そんな暗黙の了解を私は守らなかった。
何かわからないことがあれば男の子に聞いた。
男の子はみんな私に優しくしてくれる。
休み時間になれば、私の机の周りには男の子が集まって昨日のテレビの面白い話などをしてくれた。
遠巻きに女の子たちが私の悪口を言ったり、着替え中に足を引っ掛けられたりもしたけど、あんまり気にしなかった。
だって、私は悪くない。
私はただ可愛いから恨まれているだけ。
小学5年生になった頃、トイレに入ろうとすると、突然扉から手が伸びてきて腕を掴まれた。そのまま、女子トイレに引きずり込まれ、床に転ぶ。見上げると、数人の女子たちが私を囲んでいた。
「芽衣子ちゃん。調子乗ってない?」
「どういうこと?」
私は立ち上がり、スカートの裾を払う。
女の子たちは腕を組んで、私を睨みつけている。
「そんなに男子にチヤホヤされたいの?」
「別に、チヤホヤされたいわけじゃないよ」
怖気づきはしなかった。
私にとってこの女の子たちは眼中にもない虫のようなものだった。
「男子とばっか喋ってるじゃん」
「……」
「なんとか言いなよ!」
「あなたたちが、私のこと無視するからだよ」
私がそう言うと、女の子たちはなにも言い返せないような気まずい顔をした。
「そもそも、なんで男の子と喋っちゃいけないの?」
私は毅然と問いかける。
本当に疑問だからだ。
「それは……」
「男の子と喋りたいなら、みんなも喋ったらいいじゃん」
そう言うと、女の子の1人が私の頬を平手打ちしてきた。
「私たちのこと見下してるの!?」
女の子たちは私の髪を引っ張り、振り回す。
「痛いっ!離して」
女子のうちの一人に腹を蹴飛ばされ、トイレの入り口に背中をぶつける。
その音に異常を感じたのか、外からざわめく声が聞こえる。
「おーい、どうした?開けるぞ?」
担任の先生の声がした。
急に慌てる女子たち。
「大丈夫だよ、先生!芽衣子ちゃんが転んじゃっただけだから!」
「大丈夫?芽衣子ちゃん」
手の平を返したように優しく私に喋りかけてくる女の子たち。
女って、気持ちの悪い生き物だ。
そう思った。
この騒動の中、私はトイレの1番奥の個室から誰かが覗いているのを見つけた。
放課後、一人で歩いていると創ちゃんが後ろから駆けてきた。
「メーイ!」
「創ちゃん」
「大丈夫?今日、転んだって……」
「あぁ、大丈夫だよ。少し尻もちついちゃっただけ」
「ホント?」
「うん」
創ちゃんは背が伸びて、性格もすごく明るくなった。
幼稚園の頃のもじもじした創ちゃんと同一人物だとは思えない。
友達もいっぱいできたみたいで、私は安心していた。
「心配してくれてありがとう」
そう言って、創ちゃんの頭をポンポンと撫でると創ちゃんは照れくさそうに頬をかいた。
「……あのさ」
「なぁに?」
「何か……困ってることとかあったら、言って欲しい。俺じゃ力になれないかもしれないけど……俺にできることはなんでもしたいんだ」
創ちゃんは私の目を見て真っ直ぐにそう言った。
頼もしくなったね、と心の中で言う。
「メイ?」
「……あはは。大丈夫だよ、創ちゃん。なにも困ってないから」
「……なら。いいんだ」
創ちゃんは、コクンとうなづいた。
そして私のランドセルにぶら下がっているものを見つける。
「あ、これ……」
「ん?」
「まだ、持ってたんだ」
創ちゃんは、私のランドセルに括られている押し花の栞を指差した。
「当たり前だよ。私の宝物だもん」
「宝物って……」
「創ちゃんがはじめて私にくれた大事なもの。お守りみたいなものだよ」
創ちゃんが照れ臭そうに顔をそらす。
「そんなたいそうな物じゃないよ……」
「たいそうな物だよ。私にとっては」
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