第23話

「見間違いじゃないのか?」


創が教室にいない時を見計らい、弘は悟史に昨日目にした光景を話した。

悟史は始めから、疑いの目を向けてきた。


「俺もそう思いたいけどさ。……絶対間違いないんだよ」


弘の思い詰めたような顔を見て、悟史も弘の言葉を信じる方向で考えることにした。


「まぁ、それが本当だとしても。創になんて言うんだよ」


「そこなんだよなぁ。言わないでおくのがあいつのためなんだとは思うけど。俺、隠し事とかマジでできねぇし」


「本当、そうだな。弘は隠し事下手すぎ」


「だろ?」


「なんの話?」


突然2人の間ににゅっと顔を覗かせた創の声に2人は飛び上がった。


「うをぉ!」


「は……創。いたのか……」


朝倉先生に呼び出されたから、もっと長く拘束されているものだろうという予想は外れた。


「今来たとこだけど……なに?弘、隠し事してんの?」


創が興味深そうに弘の顔を覗くので、弘はそっぽを向いた。


「今日も朝補習だったのか?」


フォローするように悟史が話題を変える。


「うん。今日は授業後も」


そう言うと創は席に座り、ぼーっと窓の外を見つめはじめた。弘がそっと悟史に耳打ちする。


「聞こえてたのか?」


「いや、そういうわけじゃなさそうだ」


悟史が小さく首を振る。


「なんか、元気なさげじゃね?」


「ひょっとしたら……もう、知ってたりしてな」


「知ってるって?」


「倉賀先輩のことだよ」


創は倉賀芽衣子とデートに行ったという日から、急に大人しくなった、と2人は感じていた。

何かがあったのだろうとは思っていたが、創の口からそれが語られることはなかったので、2人も必要以上に詮索するのをやめた。


もしかしたら、倉賀芽衣子から打ち上けられたのかもしれない。弘が目にした光景の詳細を。


「なぁ、創」


弘は真面目な顔で創の目の前に立った。


「ん?」


気の抜けた返事をする創。


「俺、隠し事とか下手だし。その……あんまお前に嘘とかもつきたくないからさ」


「なに?いきなり。気持ち悪いな」


鼻で少し笑って創は頬杖をついた。

弘は息をのむ。

悟史はジッとその光景を見つめた。


「……お前も見たのか?」


「え?」


創はキョトンと目を丸める。


「現場だよ」


「現場?なんの?」


弘の発する言葉に、首を傾げて眉をひそめる創。


「なんのって、お前、くら……」


「弘」


悟史が弘の腕を引く。そして小さく耳打ちした。


「多分、知らないぞ。この様子だと」


「くら?」


創は不思議そうな顔で弘に問い返す。


「あっ!いや!なんでもないんだ!」


慌てて手を前に突き出す弘の様子に、鈍感な創も違和感を感じたらしい。

怪訝そうな目で弘と悟史を交互に見つめる。


「……もしかして、メイのこと?」


「えっ。あっ。えっと」


弘はあわあわと忙しなく手を揉む。


「何?何の事?現場ってなに?」


「あー、その……」


「昨日弘が見た映画のヒロインが倉賀先輩にそっくりだったんだってよ」


悟史のスマートなフォローに弘は心底感謝した。


「そう!そうなんだよ!」


「へー、なんていう映画?」


創は警戒を解いた様子で何気なく尋ねてくる。


「えっと確か……わんにゃんパラダイスだったかな」


弘は咄嗟に思いついた最近話題の映画のタイトルを出した。


「は?あれ犬と猫しか登場人物いないよね?」


創はまた眉をひそめる。


「あ!間違えた!ちがう……ちがうんだ!」


「なに動揺してんだよ」


創と弘のやりとりを見て、悟史はくるりと背中を向けた。


「俺、しーらね」


「待て!見捨てるな!悟史!」







ずっと昔の記憶。

桜並木と道路一面に広がる花びら。

幼稚園のスモッグを着たメイが、花びらをかき集め宙に撒く。


「創ちゃん、みてみてっ!桜の雨だよ!」


「わぁ……!」


メイの降らす桜は彼女の周りにヒラヒラと舞い、本当に桜の雨の中にいるかのようだった。


「ほらっ!」


メイが桜をすくい、俺の頭上に降らせる。


「あめだぁ!」


「あははっ、創ちゃんの頭に桜いっぱい!」


「メイもだよ」


俺たちは、桜をすくってはお互いの頭上に降らせあう。


「えへへ、楽しいね」


満開の桜のような笑顔を浮かべるメイ。


「うん」


メイが桜の中でくるりと回る。

その光景に見惚れた。


「好きだよ」


俺は小さくつぶやいた。きっと聞こえていない。

メイは、ふと回るのをやめ俺をみつめた。

お互いにみつめあい、メイは優しく微笑む。


「ごめんね」


「え?」


メイが満面の笑みを浮かべる。


「私、朝倉先生が好きなの」





ばっと飛び起きた。


「……夢」


なんて夢だ。

横目にチラリと置き時計を見ると、まだ夜中の3時だった。

起きるのには早すぎる。

なんだか眠った気がしない。

目を瞑っていても、ぐるぐるとモヤモヤが頭を覆い尽くして消えやしない。

メイはどうして朝倉先生の家に行ったんだろう。

その疑問には、ひとつの答えしか見つからない。

メイは朝倉先生と内緒で交際しているからだ。


「うっ」


改めて言葉にすると、嗚咽が漏れる。

悲しみでも、悔しさでも、失望でもない……よくわからない感情。

俺はメイにとって特別な存在でもなんでもなかった。


深いため息とともに布団に顔を埋める。


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