第22話

俺の名前は春沢はるさわひろむ

稲山高校一年三組出席番号28番。家族構成は父、母、そして兄が一人。

好きな食べ物はからあげ。嫌いな食べ物は特にない。

小さい頃の夢は魔王を倒す勇者になることだった。

引っ込み思案だった俺は、うじうじ考えないかっこいい勇者になりたかった。

中学の頃の成績は中の上ぐらい。高校受験は少しだけ背伸びして頑張った。

合格発表の掲示板に俺の番号があった時は、俺のことをバカにしていた中学の担任を見返せたようで嬉しかった。

さあ、はやく帰って家族に報告だ!

と、意気揚々と回れ右したその時だった。


『好きです!付き合ってください!』


は?

ひときわ大きく響いた声の方を見ると、人だかりができている。

俺の野次馬根性が働いた。人の間を縫い、輪の中心で起こっていることをギリギリ覗けるポジションをゲットする。

そこには稲山高校の制服を着ためっちゃくちゃ可愛い女子生徒に向かって、中学の制服を着たおそらく受験生だったであろう男子中学生が、直角に腰を折って頭を下げ、めいっぱい手を伸ばして交際を申し込んでいる光景が広がっていた。

ははん。さては、合格発表と同時に告白すると決めて、今まで受験勉強頑張ってきました系だな?


結果は、見事玉砕。


俺は、泣き出しそうなそいつの顔をなんとなく見ていた。

バカだ。せっかく合格して嬉しい時に、振られたらプラマイゼロだろ?

それに振られた相手と同じ高校に通うことがもう決まっているんだぞ?

バカだ。バカらしい。さっさと帰って家族に合格を知らせよう。

そう頭では考えているのに、なぜか俺はその場から離れられず、いつのまにか胴上げされているそいつをじっと見ていた。


入学式の日にクラスが発表され、俺は教室であいつを見つけた。

眠そうにうつらうつらとしていたあいつに声をかけたのは、ただの気まぐれだった。

適当に挨拶をして、簡単な自己紹介。

あいつ……木之本創に対して抱いた最初の感想は『バカな犬』だった。

顔が父方の実家にいる秋田犬にそっくりで、俺は秋田犬と会話をしている錯覚に陥っていた。

あんな大事を起こすような犬だからどんな犬だろうかと思っていたが、案外喋りやすい犬で、共通の話題も結構あって気があうことがわかった。


「なんで合格発表の日に告白したんだ?」


俺がそう尋ねると、急に目をうるうるさせ大粒の涙をこぼし始めた。

一瞬ギョッとしたがいつも秋田犬にやってやる手つきで顎の下を撫でてやるとしゃっくりをしながら、泣きやんだ。


「決めてたんだ。合格したらメイに告白するって」


「メイって、あの先輩?」


「うん」


「へー、年上が好みなのか?」


「歳なんて関係ないよ。俺は、メイがたとえおばあちゃんでも好きになってたよ」


あ、こいつやばいヤツだ。

俺の本能がそう判断した。


「それに、俺とメイの誕生日は二週間しか違わないから!ああ、なんで学年の切れ目は4月なんだ!」


「まあまあ。で、合格したから告白したんだ?」


「そうだよ」


「でもさ、もしフラれたらとか考えなかったのか?」


「全く」


俺は、呆れると同時に感動した。


「自信満々だったってこと?」


「もちろんそれもあるけど」


「けど?」


「フラれる心配なんかしてもしょうがないだろ?俺はこの高校に合格したら、『メイが好きだ』って気持ちを、メイに伝えるって決めてたんだから」


俺は、その言葉を聞いて一瞬戸惑った。後先のリスクを考えない浅はかな行動。

でも……。

ああ、なんかこいつかっこいいな。

まるで、俺が小さい頃に憧れてた勇者みたいだ。

ここだけの話だが、実は創の『勇者』というあだ名を流行らせたのは俺だ。





日も落ちてしばらく経った頃だったと思う。

兄にパシられ、コンビニでアイスクリームを買ってきた帰り道。

近道だからと、俺はあまり人気のない路地裏を歩いていた。あたりは薄暗く、街頭の灯りも心もとない。

寂れたビルの影から、いつなんどき変質者が現れてもおかしくはない。

わざと大きめに鼻歌を歌う。

ふと、先の方に立ち止まっている人影を見つけ歌うのをやめた。

二人いる。よくは見えないが男女だろうか?背の高い方の影が背の低い方の影の肩に手を回していた。

こんな路地裏で……けしからんな。

俺は、こそこそと気配を消しつつも人影に近づいていった。

幸い二人ともこちらを向いておらず、俺はかなり近くの距離までせまった。

そして、息を飲んだ。

とっさに近くの電信柱の影に隠れる。

一呼吸置いて、その人物が俺の見間違いではないか確認するために、そっと影から覗いた。

稲山高校の制服に、ふわふわとした柔らかそうな髪。その後ろ姿は、見間違うことはない。

倉賀先輩だ。

そして、倉賀先輩の肩を抱いているのは、いかにもガラの悪そうな金髪の男だった。

会話の内容は聞こえないが、険悪という様子ではない。

ナンパされて困っている、というわけでもなさそうだ。

もしかして、倉賀先輩の彼氏?

嘘だろ、ああいうのがタイプなのか?

創、真逆だぞ!

俺は、しばらくじっと二人の会話に耳を傾け、なんとか聞き取ろうとしたのだが、小声でしゃべっているようで、ほとんど何も聞こえない。

やがて、俺がいるのとは逆方向から一人のサラリーマン風な男が歩いてきた。

金髪の男はサラリーマンに向かって手招きをした。

3人が合流し、また何やら話をした後、サラリーマンは金髪の男にお金を渡した。金髪の男は、金を受け取ると倉賀先輩の背中を押して、サラリーマンの方へと突き出した。倉賀先輩は、サラリーマンと腕を組みビルの中へと入っていく。

二人を見送り、金髪の男はサラリーマンがやってきた道の方へと去っていった。

俺は、目の前で起きたことの衝撃に耐えられず、ただじっと男が見えなくなるまで息を殺し続けていただけだった。

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