第3話
「おぅ、悟史」
弘が悟史に対してひらひらと手を振る。
「遅かったな、部活?」
悟史の服装を見て弘が尋ねる。
「ああ、今日はサッカー部の朝練に参加してたんだよ」
悟史はその場でジャージを脱ぎ、制服に着替えはじめる。女の子たちがざわざわしだす。
こいつ、狙ってやってるのか?
まぁ、いいや。そんなことより。
「もう部活参加してんの?」
俺が尋ねると悟史はニヤリと笑った。
一年生の正式な部活への参加は始まっていないはずだ。
「まぁな。合格決まってから毎日練習行ってる」
部活ガチ勢かよ。
受験終わってからの春休みなんて遊ぶためのものだろ!
いや、俺は家に引きこもってたか。
「俺も早く部活決めねぇとな。創はもう決めたのか?」
弘が頬杖をつきながら、俺に問いかける。
「……いや。まだ決めてない」
というか、見学に行くのが嫌だ。
学校中に知れ渡ってしまったこの顔では、どの部活の見学に行こうとも冷やかされるだけだ。
「てっきり倉賀先輩と一緒だからって合唱部入るのかと思った」
弘がそう言った。
「いや、俺、合唱とかすげぇ苦手だし。それに……メイが真剣に取り組んでることを俺の下心なんかで邪魔したくない」
俺がそう言うと、弘と悟史が顔を見合わせる。
「なんだよ」
別に変なことを言ったつもりはない。
「創、お前かっこいいな」
悟史がニヤッと笑ってそう言った。
「知ってる」
俺が鼻を鳴らすと弘が鼻で笑った。
「顔はともかくな」
余計な一言を付け足す弘。
「あ、そういえばさ今日お前ら放課後予定ある?」
制服のボタンを締めながら、悟史が尋ねる。
「別にないけど?」
弘が欠伸しながら答える。
「俺も」
俺と弘は答えてからハッとして『しまった!』とお互いに顔をしかめた。
「サッカー部でさ、カラオケ行くみたいなんだけど、一年連れてこいって」
「嫌だ!」
悟史の言葉を遮って弘が叫ぶ。
「絶対、勧誘だろ!」
俺も負けじと叫ぶ。
威嚇中の猫の如く、俺たち二人は悟史に向かって断固拒否の構えをとった。
「そう言わずにさ、頼むよ。ノルマ二人なんだよ」
悟史が困ったように眉を下げる。
ノルマとかあんのかよ。
ブラック企業じゃないか、サッカー部……。
「な?頼む。今度駅前のクレープおごるから」
悟史が俺たちに向かって両手をあわせる。
「クレープ1つで三年間サッカー部の苦行積ませられるかと考えたら、恐ろしい」
そう言って弘は身震いをした。
「同感」
俺も激しくうなづく。
「サッカー楽しいぜ」
爽やかな笑顔でそう言う悟史。
お前みたいなイケメンがサッカーやってたら解釈一致だけどな。
俺たちのようなブサメンが球蹴ってても誰得にもならないわけ。
「俺、野球派」
弘が片手で拒否の構えを取りながら言う。
「俺も」
弘と同じポーズをとる俺。
「どうしても嫌か?」
悟史が目をうるうるとさせて俺たちを見つめるが、まったく心は揺るがない。
「嫌だ」
と、弘。
「嫌だ」
と、俺。
「どーしても?」
「嫌だ」
「嫌だ」
テコでも動かない姿勢を見せる。すると悟史が何かを思いだしたようにパチンと指を鳴らした。
「あ!サッカー部の先輩、確か倉賀先輩と同じクラスだった!お願いすれば倉賀先輩も来るかも」
「是非とも行きましょう」
悟史の言葉に即答する俺。
「おい、お前マジか!考え直せ!」
弘が引き止める声も俺の耳にはもう入らない。
「ありがとう友よ」
そう言って、爽やかな笑顔で悟史が俺に向かって手を差し出す。
「なぁに。困っている友を見捨てるほど、俺は薄情な男じゃないよ」
俺は差し出された悟史の手を取り、固く友情の握手を交わす。
「え、えぇ……?」
弘は困惑したようにその様子を見つめていた。
「メイの歌声が聴けるなら俺は三年、いや十年間サッカー部でもいい」
「留年しすぎだろ」
弘のツッコミも覇気がない。
2対1が形勢逆転してしまって動揺してるらしい。
「もちろんお前も行くぞ」
そう言って俺はガッチリと弘の腕を掴む。
「道連れ!?」
弘が逃げようとするのを、全力で止める。
「お前!なんでこんな時だけ、力強いんだよ!」
体力テストで握力最下位だった俺を舐めていたな弘。
「よし!じゃあ先輩たちに連絡しとくな」
悟史は、さっそく携帯を取り出すと光の速度でメールを打つ。
「……マジかよ」
頭を抱える弘。
カラオケでメイの歌が聴ける。合唱部の発表会には何度も通っているし、隣で鼻歌を歌っているのもいつも聴いているが、カラオケは初めてだ。
しっかり耳掃除をしておかなくては。
キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴り、教室のドアが開くと、担任の朝倉先生が入ってきた。
「席つけよー」
気だるげに語尾の伸びた喋り方をする化学教師。
その力の抜けたアンニュイさを纏う雰囲気。
悟史とはまた違った方向でまあまあ整った顔。
例に漏れずこの人も女子生徒から人気だ。
うん。気に入らないぜ。
「あ」
俺は朝倉先生を見て、声を上げた。
「どしたー、木之本」
「ごめん朝倉先生。教科書忘れた」
ペロっと舌をだして、頭をコツンと叩いて見せた。おちゃめさをだして、怒られない作戦だ。
「よーし、廊下に立ってろー」
朝倉先生は微笑んで、廊下を指した。
話の通じない教師だ。
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