第2話

晴れて入学を果たした進学校、稲山高校。

俺のクラスは一年三組。

期待に胸を膨らませ、我々新入生はキラキラとした眼差しで新たなるハイスクールライフをエンジョイし始めていた!


俺以外は。


「よう!勇者!朝から元気ねぇな!」


どんよりと机にうなだれていると、同じクラスの弘に背中をボンっと叩かれる。

勇者。

それは入学してすぐについた俺のあだ名だ。

合格発表の日に、学校一の美少女に告白した新入生の噂は、『勇者伝説』として、入学式の前から全校生徒へ既に伝わっていたらしい。


「うっ……弘、やめてくれよ」


このあだ名を俺はもちろん気に入っていない。

勇者というと聞こえはいいが、どこか小バカにしたニュアンスが滲みまくっているからだ。


「なんでだよ、カッコいいじゃねぇか勇者だぜ?」


ヘラヘラと笑いながら弘は俺の背中をバシバシと叩く。


「バカにしてるだろ」


「そんなことねぇよ!バカにしてるとしても八割ぐらいだよ」


割合が高いな。


「でも、カッコよかったぜ……ぷぷぷ」


憎たらしい顔で煽ってくる弘の顔面にグーパンしたい気持ちを一生懸命抑える。

弘も合格発表の日に、俺の告白を見守っていた野次馬の一人だった。


「あー、死にたい」


あの日の景色がフラッシュバックして、また机に突っ伏す。


「いいじゃないか、有名人になれて」


ツンツンと弘がつむじを押してくる。


「嬉しくない」


「まぁ、気にすんなって」


まったく慰める気持ちのない弘に慰めの言葉をかけられても、俺の心は癒されない。


「まさか、振られるなんて……」


はぁ、と大きくため息をつく。


「いや、倉賀芽衣子先輩だろ?アレは高嶺の花すぎるよ、地上に舞い降りた天使だし。付き合うなんてムリムリ」


ひらひらと弘が手を振る。

どこか猿っぽいその顔に、またグーパンをかましたい気持ちが湧き起こる。


「受験生の時も、俺に熱心に勉強教えてくれたからさ、てっきり向こうも俺のこと好きなんだと……」


俺がそう言うと、弘は同情の目を俺に向けた。


「いるよなぁ、思わせぶりな女子。そんで、その罠にまんまとかかるバカ」


思わせぶり?メイがそんなことするわけない。

そうだ。

俺がタイミングを間違えただけなんだ。


「告白は二回目が本番だよな」


「誰の迷言だソレ」


弘が訝しげな目で俺を見る。


「だってさ、好きなんだよ。振られても……ずっと、メイのことが頭から離れないんだ」


そう。向こうも俺に対して好意は持っていたはずだ。きっと、何か理由があったのだ。公衆の面前で恥ずかしかったとか。


「こじらせてんなぁ」


呆れたように、弘は両手を上げる。


「……ハァ、俺の天使」


ため息をつきながら、俺はスマホの待受画面を見つめた。


「何見てんの?」


弘が画面を覗き込んでくる。


「メイの写真、受験勉強で辛くなったら、いつも眺めてたんだ」


「きっもちわりぃなお前!」


弘がドン引きしているが、そんなのは気にしない。


「まぁ、実物のが百倍可愛いんだけどな……いや、千倍か?いやいや、数字で測ること自体が間違いだ。メイの可愛さは無限大。まさに俺の心のビッグバン」


「ちょっと誰か、お医者さん呼んで」


「えへへ、メイが俺に微笑んでる」


弘がさらにドン引きした表情でこちらを見ているが、そんなことはどうだっていい。


「ハァ……まさか、振られるなんて」


「そりゃ振られるわ」


「なんでだよ」


心の底から、謎だ。


「つか、倉賀先輩の好きなところって、結局見た目だろ?」


弘が信じられない言葉を発し、俺はバンと机を叩く。


「ハァ?中身も全て愛してるよ!」


「なんか、お前が言うと気持ち悪い」


「メイはな、外見が可愛いだけじゃなく、中身もすっごく可愛いんだ。優しいし。俺と肉まん半分こする時、絶対俺に少し大きい方くれるし」


俺の言葉に弘の目つきが変わった。


「倉賀先輩と肉まん半分こ?」


「へへっ、うらやましいだろ」


「素直にうらやましい」


「それにな、いつも可愛い絆創膏持ってるんだ。俺が小さい頃にやんちゃして転んだ時も、公園の水道で洗ってくれて絆創膏貼ってくれたんだ」


「倉賀先輩に絆創膏貼ってもらった?」


「ははっ、うらやましいだろ」


自慢げに腕を組む。


「非常にうらやましい」


弘はギリギリと歯軋りしながら悔しがっている。


「あと、メイは裁縫も上手なんだ。俺の制服のボタンが取れた時も、メイが縫ってくれたし」


「倉賀先輩にボタンを縫ってもらった?」


「がっはっはっ!うらやましいだろ!」


「キサマ……」


「だから俺は、そんな優しいメイの全てを愛してるんだ」


俺は誇らしげに胸を張る。 

弘は完全敗北したようにだらんとうなだれた。


「また、朝から教室の中心で愛語ってんのか?」


背後から呆れた声がして、振り返るとサッカー部のジャージを纏ったまあまあ顔の整った男がいた。悟史だ。

学校という組織はだいたい同レベルの人間で群れるものだと思うが、悟史は俺や弘と明らかにレベルが違う。

簡単に言えば、女の子にモテる。

はじめて教室に入った時、クラスにこいつがいたことで俺は謎の敗北感を味わった。

女子たちもコソコソと「あの子、かっこいい〜」なんて言っちゃって。

こいつとは関わらないだろうな、と思ったのに実際には悟史の方からすごく俺に話しかけてきた。

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