ボクの願望

鷹野ツミ

願望

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 ボクが彼女と出会ってから9日経ったということになる。


 終電間際のくたびれた電車内だった。

 彼女はボクの目の前で艶やかな髪からフローラルの香りを漂わせていた。

 毎日の残業で酷く疲れたボクには極上の癒しで、クソ上司に怒鳴られ、クソ後輩に馬鹿にされるクソ鬱な気持ちも飛んでいった。

 ガタンと電車が揺れ、そのタイミングで彼女がボクにもたれかかってきた。

 ついニヤけた。初対面でグイグイくるタイプらしい。

 ボクはここで彼女をカノジョにしてあげようと決意した。

 電車の揺れに合わせてもたれかかってくる焦れったさに、ボクの胸の奥の湿度が上がった。そんなにボクに触れたいのかい? それならば抱きしめてあげよう。華奢な腰をさすりつつグッと引き寄せた。

 その時だ。

 こちらを振り向いた彼女は嫌悪に満ちた表情で、ボクの足を踏み付けたのだ。

「きも」

 一言置いて、次の駅で降りてしまった。

 ボクをその気にさせておいてふざけるなよ!

 土下座させた後ボクの下で喘がせてやらないと気が済まなかった。


 そして込み上げる怒りが夢に反映したのだ。


 彼女の細い首を全力で締め付け、もがき苦しみ、ヨダレを垂らしながらごめんなさいごめんなさいと必死に絞り出す声に耳を傾けているうちにぐったりしたかと思えば死んでしまう。という夢。


 目覚める度にボクは興奮していた。

 夢は、怒りの反映というより願望だった。


 終電間際のくたびれた電車内。

 今日もボクは遠くから彼女を見つめ、夢の中の彼女と重ね合わせる。

 9回も同じ夢を見たのだ。今日こそボクは出来るはず。

 人と人の間に体をねじ込ませ、彼女に近付いていく。ゆっくりと細い首に手を伸ばし、全力で締め付けた。馬乗りになり、彼女の言葉に耳を傾けるが、モザイクがかかったような声を発するだけだ。

 周りで悲鳴が上がり、ボクを彼女から引き剥がそうとする野郎が現れ、スマホを向けられ、電車内が混沌としている。

 あれ? 夢と違うな?

 咳き込みながら立ち上がった彼女が、ボクに向かって鞄を振りかざしてきた。

 結構硬くて痛かった。

「なんなの! マジきもい!」

 半狂乱の彼女から謝罪の言葉は出てこない。


 夢は夢だから良いのだとようやく気付いた。

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