第2話 紫乃の決意
遼介はメモ帳をデスクに置いた。
「なるほど。とはいえ……」
無表情を保ちつつ、頭の中で冷静に計算する。
「犯人を探すのは警察の仕事ですし、殺してしまったら大変なことになりますが」
「警察は全然親身になってくれないんです」
紫乃の声に、わずかに怒りがにじむ。
遼介は「普通はそんなもんでしょう」と言いかけて口を閉じた。
警察は仕事として事務的に対応する。
被害者の心情に寄り添うことは期待できない。
だからこそ、彼女は探偵を頼ったのだろう。
遼介は静かに言った。
「……とりあえず、調査を始めてみましょう」
「受けていただけるんですね」
「オーナーから『どんな依頼でも受けろ』と言われていますので」
紫乃が微笑んだ。
「ありがとうございます、冬木さん」
遼介は座り直した。
「では、詳細をお聞かせいただけますか」
遼介の問いかけに、紫乃は静かに瞳を閉じた。
「御主人が殺されたのは、いつのことですか?」
「一ヶ月ほど前です」
紫乃の声は冷静だったが、僅かに震えている。
遼介は紫乃の指先が膝の上でかすかに動いたことに気づいた。
悲しみ、あるいは怒り……そんな感情の名残りだろうか。
「刺されて殺されました。夜の帰宅途中に路地裏で……」
「物盗りの犯行、という線ですか?」
「いいえ。財布も時計も無事だったんです。それよりも」
紫乃は一瞬、言葉を飲み込んだ。
遼介はその間に、事件の輪郭を頭の中で思い描いた。
「むしろ、恨みによる犯行に見える……と?」
「はい」
紫乃の眉間に皺がよる。
「警察にはその可能性も伝えました。でも、本気で捜査しているようには思えないんです」
「なるほど。もう少し本腰を入れてほしいと」
「だからこそ、探偵事務所に依頼したいんです。でも……」
紫乃は、ため息をついた。
「他の探偵事務所では断られたんですね」
「ええ。最初の事務所では、遠回しに断られました。『7割が浮気調査。その他は人探しや身辺調査で、殺人事件は扱っていない』と」
「まあ、それは確かにそうでしょうね」
「次の事務所では、もっと冷たく言われました。『探偵事務所は警察でもなければ殺し屋でもない』と」
遼介は苦笑した。
まあ、正論ではある。
大半の探偵事務所は、実際その通りだろう。
現実には浮気調査と素行調査で食っている事務所がほとんどだ。
実際のところ「殺人犯探し」なんてやっているところがあるのだろうか。
でも……
「それで、ルブラン探偵事務所に?」
「はい。ここなら、受けてもらえるかもしれないと聞きました」
「どこでお聞きになりましたか?」
「近所の奥様からです」
「以前の依頼者ですかね」
遼介は軽く肩をすくめた。
「喜んでお受けしますよ。御安心ください」
つい美女には安請け合いしてしまう。
男なら誰だってそうだろう。
「よかった……」
紫乃の声には、安堵の色が混じっていた。
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