陽菜 〜④ 嫉妬とサプライズ〜[短編]
古 司
さらに確かめあう二人
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
____小さい頃に見ていた夢。大人になってからは見なくなっていたのに。
その夢のせいか少し気持ち悪さを感じた。もう年の瀬も近づいてきて、冬が本番になろうかというのにじわりと寝汗をかいていた。
隣では幸せそうな顔をして、義妹であり愛すべき彼女でもある
「またお腹出して。しょうがないやつだな」
小さい頃から寝相が良くなく、パジャマをはだけて寝ていることが多かった陽菜。
大きくなってからは、かなり育ってしまった胸のせいで生地が上の方に引っ張られるのか、お腹を出して寝ていることが多い。
風邪をひいてしまわないようにと、パジャマの上着の裾を腰までさげ、陽菜の身体に密着させるように掛け布団を直す。
スマホを手に取って時計を見やると、もうすぐ5時になろうかというところ。
「今からではそんなに寝られないし、起きてシャワーでも浴びてくるか…」
いつもより高めの温度でシャワーを浴びる。頭から熱めの湯をかぶりながらさきほど見た夢のことを考える。
細微な部分は多少違うところはあれど、9回とも夢の中で同じセリフを言ったのは交通事故で亡くなってしまった俺の両親。生前には聞いたことのないセリフ。
____あなたは幸せになってね。
両親は幸せでは無かったのだろうか?
記憶にあるのは夫婦仲睦まじく親子三人で楽しく過ごした日々。それでも、あまりにも生命を閉じたのが早すぎたから幸せだったとは言えないのだろうか。
引き取って育ててくれたじいちゃんたちも他界してしまい、俺に残ったのは陽菜だけ。いずれ陽菜と別れてしまう日もやって来るのだろうか?
それだけは考えたくもなかった。
シャワーを止めて風呂場から出て、バスタオルで身体の水気を拭き取り、リビングに行って暖房をつける。
頭からバスタオルを被ってソファに座り、髪を拭く間も心はザワザワして少し憂鬱だ。
「切り替え切り替え」
「
大きな口を開けてあくびをしながら陽菜が起きてきた。「今日はなんだか寒いよぉ」と言ってソファまでやって来て俺の体にしがみつく。胸にゴシゴシと顔をこすりつけて、スンスンと俺の匂いを嗅いでいる。
「おはよ陽菜。まだ寝ててもいいんだぞ」
「目が覚めたら政くんの姿がなくて寂しくなって。それに今日も朝活だから」
ある日から突然、陽菜はいま流行の朝活を始めた。陽菜が何かを一人でするということはないだろうからおそらくは短大の友達と。
「今日もご飯は食べずにいく?」
「今日もカフェで待ち合わせだから、そこでホットショコラとクロワッサンでも食べる。陽菜もシャワー浴びてきまーす」
最後にチュッと軽く唇を重ねてから抱きついていた陽菜が離れた。
◇
ネットの受注販売だけではなく店舗販売も再開した『やよい庵』。
店の前の掃き掃除を終えて、朝の仕込みをし始めようとした時に陽菜が顔を出し、いつものようにギューをしながら「いってきます」と言って最後に長めのキスをして元気に出かけていった。
「朝活か。相手は誰はなんだろう。今日の香水の匂いはいつもと違ったような…」
もしかして、男? まさか陽菜が浮気? そんなことをするような陽菜ではない…と思いたい。でも可能性はゼロではない?
「ダメだ。あの夢のせいでネガティヴに考えがちになってる。作業に集中して忘れよう」
生菓子の仕込みを終え、小豆色に白字で店舗名が入った大きめの日除け幕を垂らし、立て看板を出して店を開ける。
それからは焼き菓子や干菓子といった日持ちする和菓子を作りながらお客さんが来るのを待つ。
カレンダーを確認すると、翌日、翌々日と予約をあらわす可愛いハナマルがある。陽菜が予約注文を受けると可愛いハナマルが書き込まれるのだ。
餅米の炊けた匂いがしてきたので日持ち菓子から一旦離れておはぎ作りに入る。それが終わると団子作り。
じいちゃん直伝『やよい庵』のお団子は上新粉を使ってない。じいちゃんが生前ずっと取引していた老舗の業者さんから仕入れるだんご粉を使う。
このだんご粉のうるち米と餅米の比率は『やよい庵』オリジナル。ある比率で白玉粉とを混ぜ合わせて『やよい庵』の串団子やみたらし団子になる。
作業を進めながら時折入ってきたお客さんの対応をする。徐々に客数が増えてきたので時計を見やると昼になっていた。昼休みのお客さんがおやつの時間のお茶請け用にと買っていくことが増えるのだ。
一人で慌ただしく接客対応をして、いつものようにある時間になるとバッタリと客足がなくなる。その時間を利用して俺も軽めの昼食にする。
「日持ち商品はストックがあるし、今日はこの後から陽菜が言ってたタピオカ粉と芋の新商品の開発でもするか」
そう呟いてまた陽菜のことを考える。
「浮気…はないよな?」
仕事中以外の時間はずっと、陽菜のことばかり考えてしまっている。これは今朝見た夢のせいだけではない。陽菜が誰と朝活してるのか気になってしまっている。
「いつか俺から離れるなんてこと…」
と想像するだけでぞっとする。
そこにスマホの通知音。
(注文か予約でも入ったか?)
スマホを確認すると陽菜から。
『いまから帰るよ!
政くん、もうお昼食べちゃった?
まだならなんか買ってこっか?』
『ごめん、さっき食べ始めたところ。ありがとう』
そう返信して、食事を終えて作業に取り掛かると陽菜が帰ってきた。
「政くんただいま!」
俺の後ろから抱きついてくる。振り返るといつものように唇を重ねてきた。
「おかえり。着替えてごはん食べておいで。今日は前に陽菜が言ってたタピオカ粉の新商品を模索してみるから陽菜も手伝って」
「分かった! やったぁ! ついに『やよい庵』に陽菜の商品が並ぶんだね!」
(店頭に出すか出さないかは仕上がり次第なんだけど…)
苦笑するが嬉しそうに飛び跳ねる陽菜を見るとそれを言うのもヤボか。
しばらくするといつものエプロンをつけて陽菜がやってくる。たまに入ってくるお客さんの接客対応はほぼ陽菜に任せて、陽菜と新商品の開発に没頭して一日を終えた。
◇
「ね、政くん、なんかあった? お店の売上げよくない?」
夕食を終えてリビングでテレビを見ていると、片付けを終えた陽菜が隣に来て抱きついたあと心配そうに言う。
「売上げはすごく良いとは言えないけど、しばらく閉めていたにしては想定以上だよ。再開したのを聞きつけて予約注文も増えているしネット注文も増えてる」
「じゃあ何? 今日は作業中もご飯中もたまに考えこむ感じがするし商品のことを考えてる時とはなんか違う。テンションもいつもより低い気がする」
さすが陽菜。敏感に察知されてしまっている。
「ん…、多分今朝見た夢のせいだと思うんだけど…」
昔から繰り返し見てしまう夢のことを嘘偽りなく打ち明ける。
「それだけ? もしかして陽菜のこと冷めちゃった?」
「え? そんなことあるわけない」
抱きついていた陽菜を引き剥がして両肩に手をやり陽菜の目をまっすぐ見つめる。
「俺は陽菜のことが大好きだ。これまでもこれからもずっと。俺から陽菜を手放すようなことは一生ない。もし冷めるとしたら、それは陽菜の方なんじゃ、」
あ、しまった。そんなこと言うつもりはなかったのに。陽菜の目に涙がたまり始めた。
「そんなこと言わないで。陽菜も政くんのことこれまでもこれからも大好きなんだから。陽菜が心変わりするようなことを言わないでよ」
「ごめん、つい…。陽菜が夏休み前から朝活を始めたから誰と一緒なのか、心の片隅で、ずっと気にはなってしまってたんだ。今日つけてった香水も今まで嗅いだことのないやつだった。もしかして、と思ってしまって…」
ハンカチで溢れ始めた陽菜の涙を拭いながら正直に話す。
「陽菜が浮気してるかもって思ったの?」
「うん、ごめん」
「毎日陽菜といて、一緒にお店やって、いつも一緒にごはんを食べて、一緒にお風呂入って、いっぱいキスもして、毎晩いっぱい身体も求めあってるのに?」
「うん…ごめん」
陽菜の目に今まで見たことのない怒気がこもっているように感じる。
「朝活の相手は
「そうだったのか。寒川さんだったんだ…」
胸のつっかえが根こそぎ取れた気がして、脱力してボスっと陽菜の大きな胸に顔を埋める。陽菜が俺の身体を抱きしめて頭を撫でてきた。
「ずっと政くんに朝活の相手を内緒にしててごめんね? 実は、政くんと『やよい庵』のために陽菜に短大在学中でも何か出来ることはないかって千里先生と話してたら、陽菜のスキルアップにもなるし、まずは色彩検定をとってみたら? って言われたんだ」
色彩検定は俺も広告代理店時代に最初に取らされた文部科学省が後援する資格だ。
「政くんは、確か前のお仕事の時に二級をとってるんだったよね?」
陽菜の胸に埋まりながらコクっと頷く。
俺の頭を撫でていた手が離れ、陽菜がソファから立ち上がって、いつも持ち歩いているバッグの中から一枚の紙とカードケースを取り出す。
「ジャーン! この度、陽菜は一級に合格しました!」
その紙には合格証明書と記載がされており、カードケースから抜き取られた一枚のカードには、1級色彩コーディネーターの文字と、HINA MACHIDA、そして資格証番号と日付が。
「え? マジ?」
「マジ、マジ。めちゃくちゃ褒めてくれていいんだよ?」
ふんすっ! と鼻を膨らませてこれまでに見たことのないドヤ顔をしている。俺はただポカンと大口を開けたまま。
「千里先生も、和菓子作りにきっと役立つと思って取ったった聞いてね。陽菜も頑張ってみたら? って勧められたんだ。最初はとりあえず政くんも持ってる二級を取ろうと考えてたんだけど、千里先生が『これなら多分一級でも受かるかも? もし今回ダメだったとしても一次さえ通っておけば、二年間は一次を免除されるから試しに受けてみなさいよ』って言ってくれて」
陽菜が差し出した資格証を手に取ってテーブルの上に置く。けつポケットから財布を取り出して自分の証明書をその横にならべる。
「えへへ、陽菜の勝ち!」
「陽菜、おめでとう! お祝いしなきゃ」
「ありがとう。お祝いはいいよ。陽菜は政くんが喜んでくれただけで嬉しい」
殊勝なことを言って再び俺に抱きついてくる陽菜。
「お祝いはいいから、今日もい〜っぱい愛して、ね?」
長い睫毛を閉じて陽菜はウインクした。
◇
もちろん言われなくてもいつも以上に時間をかけてたっぷりと愛してやった。
「ね、政くん。この新しい香水の匂い嫌かな? もしそうなら前のに戻す」
二戦目が終わった後、俺の胸に寄りかかっていた陽菜がおもむろに尋ねてくる。
「ん〜、この匂いも好きだよ? 前の香水の匂いに慣れてたというのはあるけど」
「千里先生に一次の合格祝いで貰ってたから今日初めてつけたんだよね」
「そうだったんだ。陽菜ごめんな? 陽菜が浮気するような子ではないのに少しでも不安に感じてしまって」
陽菜の髪に手櫛を入れるように撫でながら陽菜に謝った。
「もういいよ。そんな些細なことでも不安に思ったのは、陽菜と離れたくない、一生陽菜を手放したくないって思ってくれてるからでしょ? 陽菜も前に政くんが専門の時の知り合いと浮気してるの!? って言ったことがあったからこれでおあいこ」
「そういえばそんなこともあったな」
「そそ、だからもう気にしないで。でもちょっとだけ怒ったんだからね。こんなに毎日のように身体を重ね合わせてて、真っ白になるまで政くんに攻められて、身も心も政くんのモノになってる陽菜が余所見するわけないの分かるでしょ!」
そうダイレクトに言われるとかなり恥ずかしい。そのまま首筋から胸から何箇所も強く吸いつかれてキスマだらけにされてしまう。
「ごめんって。もう不安になったりしないから許して」
「じゃあ、お詫びにもっかい」
「ダメだって! そろそろ寝なきゃ明日に差し支える」
「明日から学校お休みだし、陽菜も朝からお店手伝うから、ね? もっかいだけ」
陽菜の「もっかいだけ」は一回で済んだことがない。小さいころの折り紙にせよゲームにせよ。
俺は腹を決めて陽菜を抱き寄せて深いキスをした。
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