第8話 報い

 浩輔はまどかを失って以来、死んだような毎日を過ごしていた。

 仕事に向かっている間は何とか気丈に振る舞っているが、自宅に戻ると罪悪感が押し寄せ、部屋の隅で膝を抱えて座り込むこともあった。


(綾乃にも、まどかにも、僕は何一つ誠実じゃなかった……)


 ゲームの中で「先生」と呼ばれ、信頼される喜びに浮かれていた自分。綾乃が東京に行っても平気だと思い込んでいた自分。すべての現実から目を背け続けた自分――それが今の苦しみを生み出した。


 診察室で患者に優しく微笑みかけるたびに、胸が苦しくなった。


(僕には誰かを幸せにする資格なんてないのに……)


 日に日に痩せていく浩輔を見て、職場の同僚が心配して声をかけたが、彼は曖昧な笑みでごまかすしかなかった。


 夜になるとスマートフォンを手に取るが、まどかへの連絡先を開いても、メッセージを送る勇気は湧いてこない。自分に与えられた罰だと受け入れつつも、その罰がいつ終わるのか、出口は見えなかった。


「僕は、自分の弱さを認めたくなかっただけだ……」


 浩輔は一人、誰もいない家のリビングで、真っ暗な画面のスマートフォンを握りしめていた。


(まどかが悪いんじゃない、僕が臆病だっただけだ。)


 思い返せば、綾乃ともまどかとも、どこか本気で向き合うことを避けてきた。自分の本音を伝えることを恐れ、現実から逃げ続けた結果、全員を傷つけてしまったのだ。


 浩輔の目に涙が浮かび、手が震えた。


「僕は……最低だ……」


 胸が苦しくてたまらない。これは自分が背負わなければならない罰なのだと、浩輔はようやく悟った。


(これから先、僕はずっと一人でこの罪を背負い続けるのだろうか……)


 浩輔の心に絶望が深く刻まれていった。


―――


 浩輔のもとを去った後、まどかはひとり、夫との思い出が詰まった部屋に戻り、ただ立ち尽くしていた。

 壁には幸せだった頃の写真が飾られている。結婚式、旅行、何気ない日常――全てがまどかを責め立てるように映る。


(私はただ、自分が寂しかったから……それだけの理由で、二人の男性を裏切った。)


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 まどかは泣きながら震える手で写真を一枚ずつ壁から剥がした。剥がした写真は床に散らばり、その中心で彼女は静かに座り込んだ。

 胸を締め付ける罪悪感が、次第に彼女自身を押し潰していく。


 どれほどの時間が経ったのだろうか。食欲も湧かず、動く気力もないまま、彼女は何日もただぼんやりと過ごしていた。


 ある朝、ふと洗面台の鏡を見て、まどかは自分の姿に愕然とした。


(これが……私?)


 頬はやつれ、目の下には濃い隈が浮かんでいる。以前の天使のような美貌は見る影もなく、そこにはただ疲れ切った一人の女性の姿があった。


(ひどい顔……でも、当然だよね……)


 美しさを失った自分の姿は、まどかの心をさらに深く傷つけた。浩輔にも夫にも、そして自分自身にさえ、許されないことをしたのだから。この惨めな姿こそが、罪を犯した彼女への罰のように思えた。


 罪悪感と自己嫌悪の沼に深く沈んでいくように、まどかは再び床に崩れ落ち、小さく嗚咽を漏らした。


(もう一度やり直すなんて、私にはありえない……)


 出口の見えない苦しみに囚われたまま、彼女はただ静かに自分自身を責め続けていた。

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