(二十)ただ憧れてしまっているだけ?
「わたしの家、ここです」
「近いですね……」
あっという間に花世ちゃんが住んでいるアパートに到着した。ちなみに、一人暮らしだとのこと。
「じゃあ、ここまでで大丈夫です」
「いえ、部屋の入り口まで同行します。何が起こるか分からないので……」
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて……」
「はい。こちらこそ最後まで、よろしくお願いいたします」
オレ、ストーカーっぽくならないか……?
そんなことを思わなくもなかったが、オレがいなくなった途端、花世ちゃんの身に何かあったら嫌だという気持ちの方が大きかった。花世ちゃんの家を覚えたところで、オレはストーカーなんて絶対にするもんか。第一、そんなことする奴がいたらオレは許さない。
「今日は色々と、お世話になりました。本当に、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ楽しかったです」
果たしてオレのこの返しは、合っているのだろうか。でもオレは、自分の気持ちを素直に伝えただけだ。何も問題は、ないはず……。
「今度は道場で、お待ちしております」
「はい!」
この機会に、オレは拱手を花世ちゃんの前でして見せた。すると勉強したのか花世ちゃんも、オレと同じ手の組み方をしていた。
「失礼します。お休みなさい」
「はい、お休みなさい!」
花世ちゃんは部屋のドアを開けながら、去り行くオレに手を振ってくれた……笑顔で。歩きながら、オレも花世ちゃんに手を振り返した。
「すみません! 戻りました!」
「ああ、お龍。お帰りぃ」
店に戻ると出迎えてくれたのは、ギャルのお姉ちゃんだった。他のスタッフもチラッとオレを見て「お帰り」と言ってくれた。
「道、迷わなかったんだね」
「まあ近いし……ちゃんと道を覚えていたから、迷わなかったアル」
「……なーんか、お龍の口から久々に『アル』って聞いた気がするぅ~」
「えっ、そうアルか?」
「そうだよ。あのお客さんと喋っているときは、常に敬語だったじゃん」
「……あー、確かに……」
だからといって別に特別とか、そういうわけではないだろう。花世ちゃんとオレは、まだ2度目ましての人間同士で、花世ちゃんは年上の女性で……礼儀正しくするのは当然だ。それにアルヨロシを使う余裕がない相手は、花世ちゃんの他にもいる。例えば、真男とか。いや花世ちゃんは真男とは全く違うジャンルの人ではあるが……。
「とりあえず仕事する前に、うがいと手洗いを済ませてくるアル」
「はいはーい」
オレは戻ってくるなり、この店にある洗面所へと向かった。
「ふう……」
きれいに手を洗って、ちょっと息を吐く。花世ちゃんと別れて、謎の緊張感から解放された。これは恐らくオレにとって、花世ちゃんが初めて関わるタイプの受講者だからこそ抱いているものだろう。
あとオレはガキということで……一時的に、お姉さんという存在に憧れてしまっているのだと思う。なぜかギャルのお姉ちゃんには、そういう感情を全く持ったことがないが。
「あ」
うがいしようと紙コップに手を伸ばしたとき、ふと思った。餃子を食べた後のブレスケアは、どうしよう……と。もうやってしまうか。それとも明日、真男に近距離で嗅がせるために残しておくか……。うーん。やっぱりオレは、まだガキだ。
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