四十路童貞、妖精になる。舞台裏

那由羅

子供は親を選べない

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 頼り甲斐のあるお父さんが笑っている。華奢で綺麗なお母さんが抱き締めてくれる。絵に描いたような家族の姿がそこにあった。


 しかしこう何度も見させられれば、理想の夢とて食傷気味になるものだ。


「九八三ちゃーん」


 遠くからの声に、トリは我に返った。どうやらぼうっとしていたらしい。

 見上げれば、自分によく似た鳥もどきがこちらに飛んできている。


「九五四先輩ぃ」

「そっちの具合、どう?」

「それがぁ、なかなか交尾してくれなくてぇ」


 電柱の席を先輩トリに譲り、トリは眼下へ目をくれた。


 家から放り出された四十路妖精・南足きたまくら歩夢あゆむは、その後妖精のフェロモンで魅了された者達に追いかけ回され、居合わせた会社の後輩・月城つきしろかなでのマンションに身を寄せていた。


 この奏という男、実は密かに歩夢へ好意を寄せており、盗聴盗撮などで歩夢が童貞である事も知っているストーカーだ。

 そんな彼にとってこの状況は絶好の機会のはずだが──事に及んで嫌われたくないのか、自身の情欲を必死に堪えており、それがトリをやきもきさせていた。


「神様はなんて?」

「『四十路童貞襲いたくてうずうずしてる好青年萌え。自然に任せよう』と」

「神様の悪い癖出ちゃってるね……」


 先輩トリが撫で肩を下げて呆れている。神様の悪癖にも困ったものだ。


「先輩の所は行けそうなんですかぁ?」

「うん。もう少しで安定期に入るし、そろそろいいかなって」

「じゃあ、お別れですねぇ」

「うん。九八三ちゃんもさっさとつがわせて、早く生まれておいでよ」

「はいぃ。頑張ってみますぅ」

「妖精生まれ同士、どこかで会えるのを楽しみにしてるねっ」


 上機嫌な先輩トリは羽根をばさりとはためかせ、トリから離れて行った。


「はぁ……早く交尾して下さいよぉ……」


 歩夢達が暮らす部屋を見下ろし、トリは溜息を吐く。


 魔法使いや妖精に宛がわれるトリは、彼らを親として生まれてくる子供の魂だ。

 かれらが子作りしてくれないと現世へ生まれて来られないから、子供トリにとっては文字通り死活問題だ。


 夢に見る程の理想像はある。しかし子供トリは親を選べない。

 ただ親の行く末を見守る事しか出来ないのだ。



 〜四十路童貞、妖精になる。舞台裏〜 おしまい

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四十路童貞、妖精になる。舞台裏 那由羅 @nayura-ruri

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