第6話 ミノタウロスのステーキ
ミノタウロスの肉を鼻歌交じりに調理している母親。
匂いも牛肉を焼いているような物に近い。
不快感はおろか、涎が出てくるほど美味しそうな匂いだ。
椿姫は特に腹が減っているのか、何度も喉を鳴らしている。
「お待たせ~。今日はお母さん特製、ミノタウロスのステーキで~す」
「いただきます!」
全員が一斉に食べ始めた。
簡単にナイフが通り、肉の柔らかさがそれで分かる。
フォークに刺して肉を口に運ぶと――甘い肉汁が口内に広がるではないか!
香ばしさが鼻を突き抜け、熱々の肉が喉を通っていく。
「美味い。美味いよ母さん」
「美味しいわね~。これは肉が良かったのかしら?」
全員が母親の料理に大絶賛。
こんなに美味しい物はこれまで食べたことはない。
母親の腕がいいのか、それともミノタウロスの肉が良いのか。
しかしこれまで毎日母親の手料理を食べてきたのだ。
彼女の料理の腕が急に上がるわけがない。
なので今回はミノタウロスの肉が美味いのだろうと判断をした。
しかし。
「お母さんのスキルって、料理人だったよね?」
「そうよ~。そんなこと覚えているなんて葵ちゃん頭いいのね~」
「そんなの誰でも覚えられるし。ってかそのスキルが影響してんじゃね? 肉の品質もあるかもだけど、ここまで美味しいのは異常だよ」
「確かにそうかも。ミノタウロスの肉って牛肉に似てるけど、特別美味いわけじゃないって分析できてたもんな」
分析していたことをうっかりと忘れていた。
高級品というわけではなく、牛肉に近いという情報しかなかったはずだ。
味はそれなりで……これも誰の主観かは分からないが、しかしこれほど美味いのには違和感を覚える。
姉の話を聞いて気づいたことだが、これは母親の料理のスキルが影響しているのは間違いないだろう。
「ええ~、じゃあママの料理の腕が上がったってこと?」
「美味いよ、母さん」
「ありがとう、紅葉ちゃん」
二人は視線を合わせてそんなやりとりをする。
いや実際に美味い。
とびっきりの美味さだ。
元々料理上手な母親の腕が上がったとなると、世界でもトップクラスでは?
そう思えるぐらい提供された物は美味かった。
「しかし椿姫……いつもよりよく食うな」
「うん。なんだかお腹が減っちゃって」
バクバク肉を食らう椿姫の姿に、父親が驚いている。
いつもは小食のはずだが、食べる量が半端じゃない。
「おかわり!」
「珍しいわね椿姫ちゃんがおかわりするなんて。ママ嬉しいかも~」
「俺はスキルの影響だと思う。悪い言葉を使えば、副作用じゃないかなって」
「副作用……僕らにもそんなのがあるのかな」
「さあ。あんまりそういう話を聞いたことないし、大丈夫っしょ」
基本的にポジティブな姉は、紅葉の言葉にあっさりそう返す。
俺も悪影響は出ていないみたいだし、姉じゃないけど大丈夫だろう。
「はい、ドンドン食べてね。お肉はまだまだあるわよ~」
「こういうお肉とか、私がいたらいつでも食べられるようになるんだけどな」
「そうよね~。パパと一緒にダンジョンに行って、ちゃんと許可が出たらいいわよ」
俺よりは椿姫の方を心配しているのか、すぐに良しと言わない母親。
男よりも女が可愛いと感じるの母親なら致し方あるまい。
可愛そうだが、自分の実力で未来を勝ち取ってくれ。
「それで、姉ちゃんが言ってた儲け話ってどんなの?」
「儲け話なんて言ってないし」
「でも儲け話でしょ?」
「うん。儲け話」
歯を見せて笑う姉。
美人の笑顔は胸に響く。
毎日見れるのは弟の特権だな。
「太陽が食料を手に入れて、椿姫がそれを食べられるようにする。さらにお母さんの料理の腕がとんでもないことになったこともあるしさ……料理屋なんてやったら儲けんじゃない?」
「それは……上手くいくのか?」
父親の厳しい視線。
商売はそんな簡単なものじゃない。
そんなことを物語っているようだ。
「いけると思うよ。私だって力貸すから」
「力って、葵は何をするつもりだ?」
「私? 私はインフルエンサーと動画配信者。私って親父とお母さんの両方に似てて美人じゃん? だから十分に武器になると思ってんのよ」
「動画配信って……そんなものが仕事になるのか?」
「なるでしょ。一般サラリーよりずっと儲けるはず。ってか私の計画通りにいったら、皆金持ちになれると思ってんの。あ、紅葉以外はね」
「僕はどうでもいいよ。ゲームさえできたらそれで」
紅葉は肉を食べており姉の方を見ることはない。
そんな弟の言葉に反応することなく、姉は続ける。
「私、SNSやっててそれなりにフォロワーはいるんだよね。両親譲りの美貌だけで人気者ってわけ。そこから店の情報発信すれば……予想以上に人気店になると思うよ。お母さん美人だし、余計に簡なのはず」
「え~、ママそんなに美人さんかな~?」
「美人っしょ。超が付くぐらいの美人。ね、太陽」
「うん。綺麗だよ、姉ちゃんも母さんも」
隣に座る椿姫が俺の腕をツンツンしてくる。
彼女の方を見ると、上目遣いでこちらを見上げていた。
「私は?」
「椿姫だって可愛いよ。そんなの当たり前じゃないか」
「えへへ。やった」
椿姫は喜び、新しく出された肉を食べ始める。
「適当に聞こえるかもだけど、それなりに勝算はあるって考えてる。どうする? 悪くない話しだと思うんだけどな」
「俺はいいよ。食料取って来るだけだしね」
「私もいいよ。家族のためならやる。でも討伐者をさせてくれたらだけど」
「それは……困った」
父親も姉の話に乗ろうと思っていたのか、椿姫の言葉に愕然とする。
すると姉は苦笑いし、椿姫よりも父親の説得を始めた。
「椿姫は大丈夫だと思うけどな。それに食材費がかからなかったら、家族皆が楽できるんだけどなー」
父親も家族という言葉に弱い。
姉の言葉はプロボクサーのパンチのように父親の頭部に鋭く突き刺さり、フラフラしだしている。
「うーん……」
「そういうのも含めて、できるかどうか判断したらいいじゃん。危なくなさそうなら許可する。それでいいっしょ」
父親はまだ判断に困っているようだ。
母親の言葉もあり、これなら椿姫に許可出ししそうだけど。
「とにかくだ……お母さんの料理は美味しい。それを世間に分ってもらえるだけでもお父さんは嬉しいんだ。これまでそんなことをする暇は無かったが、良い機会かも知れんな」
「じゃあ決定だね。ってことで店はどうする? キッチンカーとかもありかもだけど」
「キッチンカーか……ママ運転できるから頑張ろうかな~」
「ちょっと待て。運転はお父さんがする」
母さんの運転に不安を感じているのだろう、父さん焦った顔で母親の言葉を遮るようにしてそう言った。
「でもキッチンカーってことになると、初期費用はどれぐらいになるんだろう。あ、忘れてた。これ今日の報酬。キッチンカーをやるなら、これを使ってくれていいから」
「報酬か……って、こんなに貰ったの!?」
俺が手渡した金額に姉が驚く。
今日の報酬は分割無しだから、相場よりは随分高いと思う。
車を買う程の金額ではないが、高校生のバイト代と比べれば圧倒的のはずだ。
「えええ……やっぱり皆で討伐者しない? その方が楽に稼げそう」
「でもママ、キッチンカーもやりたいな~」
母親はキッチンカーで料理をすることが楽しみらしく、目を輝かせている。
討伐者をするより母さんはその方が似合いそうだから、俺は良いと思う。
「じゃあそれでいいんじゃない。母さんはキッチンカーを。俺と父さんは討伐者。で、姉ちゃんは配信者ってことで」
「私も討伐者するからね!」
「僕もゲーム配信者でもしようかな」
「いいんじゃね? 天性のような気もするし」
ということで家族全員のやることが決まった。
これから楽しくなりそうだな。
俺はワクワクしながら食事の続きをするのであった。
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