第7話 商売開始
平日の金曜日午後。
両親はトラックの購入に行き、俺は普段通り学校にいって、授業終わりにあくびをしていた。
明日はまたダンジョンへ向かう日だ。
今からすでにワクワクしている。
多くの生徒が帰宅準備をする中、俺はのんびりとトイレに向かう。
部活があるわけではないが、すぐに帰らない理由はある。
それは姉と妹と一緒に帰宅するからだ。
姉は友人と遊びに行くことは多々あるが、妹とは必ずと言っていいほど一緒に帰っている。
椿姫も姉も友達と話をしているパターンが多いので、待ち合わせ時間はゆっくりとしているのだ。
俺は特に仲の良い友人がいないので、トイレなどに行って時間をつぶす。
この時間が一番寂しいんだよな。
だがトイレで用を足していると、隣から声をかけられる。
「なあ、堂道。お姉ちゃんか妹をさ――」
「二人とも無理だと思うぞ。金は持ってる?」
「も、持ってない」
「姉はその時点で無理。妹は好きな人がいるからはなから無理」
「そ、そうか、ありがとう」
また二人を紹介しろという話だった。
そろそろ無理だってことを理解してくれよ。
でも人気は一切衰えないな。
中学に入ってからずっとだから、もう5年以上。
どれだけモテるんだよ、あの二人は。
「お兄ちゃん、お待たせ」
携帯をいじりながら校門前で待っていると、妹が駆け寄って来る。
まるで小動物のようだ。
その愛らしさにほっこりとする。
「堂道椿姫だ」
「可愛いよなぁ。付き合いたい」
「彼氏いないって話だったよな? 俺チャレンジしてみようかな」
「止めとけ止めとけ、78連続で彼女に振られてるらしいぞ。男どもが」
「じゃあ俺は記念すべき100人目に振られに行くか」
「撃沈前提で勝負に挑むのか!?」
椿姫のことを遠くから眺める男子生徒の会話。
彼女の可愛さに見惚れているやつも多い。
「よっす。帰ろっか」
そこに姉も登場。
椿姫に負けず劣らず、彼女に釘付けとなっている男の数々。
「姉の葵さんだ。美人だよな」
「俺、SNSでフォローしているよ。結構有名人なんだぜ」
「芸能人もフォローしてるって言ってたな」
「モテまくりで毎日何か貢がれるって聞いたことあるけど」
「貢ぐって、高校生だぜ。流石にそれは嘘だろ」
姉に対する会話も聞こえてくるが、俺たちは気にしないようにしてその場を立ちさることに。
「って言ってたけど、実際のところどうなの?」
「あんなの嘘に決まってんじゃん」
「だよな」
「うん。毎日は貰ってない。三日に一回ぐらい」
「本当に貰ってんのかよ!」
さも当然みたいな顔をしているので、貢がれているのは本当のことだろう。
誰に貰ってんだよ、誰に。
「ちなみにだけどお姉ちゃん、プレゼントはどうしたの?」
「ん? 好みじゃないのは全部換金した。結構いい金になったよ」
なるほど。
姉の貯金の正体が判明した。
働いてもないのにそこそこ貯金があるのはおかしいと思ってたんだ。
この人は天性の男たらしだな。
でも変な噂は聞いたことはない。
上手いことやってんだろうなと俺は考える。
「明日は親父とダンジョンに行くらしいけど、どんな感じよ?」
「大丈夫なはず! 私は強いんだもん。ね、お兄ちゃん」
「ああ。それなりに経験がある人が手も足も出ない相手に、大きくダメージを与えていたからな」
「ふーん。でも燃費が悪いのはちょっといただけないわね」
「そこが問題なんだよね……携帯の充電が切れたみたいに、いきなり動けなくなっちゃうからどうしよう」
燃費が悪く、この間は戦いの最中にへばってしまった椿姫。
お腹が空いて動けなくなってしまうとなると……常に補充したらいけるかも?
「俺の深淵の中に食料を持ち歩いて、それを合間合間に食べるってのはどうかな」
「それいいアイデアかも! お腹が空いて動けなくなるなら、お腹を空かせなかったらいいだけだもんね。お兄ちゃん頭いい」
「それでしのぐしかないでしょうね。後は親父にいいアピールできるよう、頑張んなさい」
「うん、ありがとうお姉ちゃん」
姉の腕に抱きつく妹。
椿姫の行為に嫌がる素振りを見せることなく、姉は笑いながら会話をする。
姉妹仲がいいよな。
俺も同じぐらい仲がいいつもりだけど、血の繋がりが無いのによくしてくれている。
心から感謝の念が溢れ出す。
皆のために、自分ができることはやってあげたいな。
俺は頷き、椿姫の横を歩いて口を開く。
「明日は俺がサポートするから、安心しろ」
「うん。お兄ちゃんがいてくれたら百人力だよ」
可愛い妹の笑顔。
そして温かく見守る姉の微笑。
椿姫が父親に良いところを見せられるように立ち回ろう。
◇◇◇◇◇◇◇
「よし、行くか」
「へー、中々いいじゃん。キッチンカー」
「でしょ~? お父さんが知り合いの人に頼んでくれて、一日で完成したのよ」
小さなトラックみたいな見た目のキッチンカー。
塗装は母さん好みなのか、ピンク色。
車自体は軽であろう、小型で可愛らしい外見だ。
母親と椿姫がそれを見て感激している模様。
外装はこれでもまだ未完成らしいが、中身はすでに出来上がっているようだ。
「看板などはまだできていないが、商品を売り出すことはこれでできるはずだ」
「後は俺が食料を取ってきたら完璧だ。あ、なんならモンスター食を売り出しらいいんじゃない? それなら他と違いが出るしね」
「いいじゃん。モンスター食専門店。他に無い強みで、差別化できてるし。競合相手もいないとなれば、無敵じゃね?」
「なるほど。その辺りはお父さんにはよく分からないから、お母さんと葵に任せる」
父親の言葉に姉はニヤニヤと笑う。
「モンスター食専門にするなら、椿姫の協力は必須だよ?」
「ん、うん……」
父親の機嫌は少し良さそうだったが、複雑な物に変化する。
俺だって似たような気持ちだから分かるけど、危険が無い範囲なら大丈夫だってところを証明したい。
そのために今日はそういうところをアピールしないとな。
「この辺りでレベルが低くて、近い門は……と」
俺はアプリで門の情報を確認する。
どうやら近所の小学校に門が出現しているようだ。
父親はキッチンカーに乗って母親と共に門の近くまで移動を開始する。
俺と椿姫は歩いて現場まで向かうことにした。
「じゃあ頑張っておいで」
「姉ちゃんはどうするんだよ」
「私? 私は紅葉と動画配信。いきなりコラボで、ゲームを紅葉に任せてダラダラやってるわー」
そんなので人気者になれるのかよ?
だが姉曰く、力の入れどころと抜きどころというのが必要らしい。
ずっと全力で走り続けるのは疲れるので、力を抜ける時は抜くようだ。
でも初手からそんなので大丈夫かと不安にもなる。
まぁ姉ちゃんのことは本人に任せておいて、俺は俺のこと。
父親と椿姫を守るぐらいの気持ちで戦いに挑もう。
小学校に到着すると、運動場の中央付近に門があるのを確認できた。
その門の少し手前に、我が家のキッチンカーが止まっている。
こんなところで商売始めるつもりかよ。
その根性には驚くが、家族がそんなことをしているのに恥ずかしさを覚える。
「ここで商売するの?」
「いい売りになると思ってな。門の前でキッチンカー。意外とやってる人も多いらしい」
「そうなんだ」
これは常識なのか?
疑う気持ちもあったが、誰も気にすることなく母親のキッチンカーの前に立っている。
「お姉ちゃん、メニューはどんなのがあるの?」
「今日は~、ミノタウロス丼ですね~」
「ミ、ミノタウロス丼!? それってモンスターの……?」
「はい。でも私の娘が浄化してくれているので、ちゃんと食べれるんですよ~。それに美味しいですから食べていってください」
「娘!? 娘がいるような年齢?」
「はい。可愛い子供が4人もいま~す」
モンスター食料よりも、母親が子持ちだということに驚愕する討伐者たち。
実年齢には全く見えないもんな。
だが討伐者たちはそんなことは気にすることなく、母親の美貌に見惚れながら注文を開始した。
「一つちょうだい」
「俺も」
「じゃあ俺もお願い!」
こうして突然キッチンカーでの販売が開始された。
皆はその味にどんな反応をするのだろう。
俺は緊張しながら、彼らが母親の手料理を食べる様子を窺っていた。
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