第10話
「
新歓ライブが終わり、新入生と他の部員が講堂から去った後、部長の福島那奈は、浅野皆実に詰め寄る。その声は平静を装ってはいるものの、明らかに怒気を孕んでいた。
「どういうつもりって、さっき話したとおり。今年は管楽器もちゃんと募集しますって。管楽器をやりたい子にも等しく門戸を開くってこと」
「そういうことを聞いてるんじゃなくて! こんな勝手なことをされたら、みんなが混乱するじゃない! 管楽器が苦手だって子だっているんだし!」
「本当にいるの、そんな子?」
「……何が言いたいの?」
「数年前の、会ったこともない先輩たちの教えを愚直に守って、何になるの?」
皆実は、微笑を崩すことなく、那奈に突っかかる。
静かに、視線が交差する。
「何で一言も言わずにこんなことするの?」
「物事を大きく変えるには、正規のやり方じゃ通用しないと思ってね」
「……皆実、どうしたの、急に? 春休みは普通にヴァイオリン、弾いてたのに」
「あれが弾けてるように見えたんだ……相変わらず、那奈は優しいね」
「皮肉で言ったつもりじゃないんだけど」
空気が張り詰める中、皆実は穏やかに言葉を紡ぐ。
「私、貴重な高校生活、後悔したくないから。先月辞めてった先輩たち見て思った。やって後悔とやらなくて後悔、こんな選択肢しかない時点で、どっちにしろ後悔することにはなる。だったら私は、より後悔の少ない方を選ぼうって、そう思っただけ」
「だからって、こういうやり方は困るよ。私は部をまとめる立場として、部長として、看過できない。いくら幼馴染だからって、こればっかりは譲れない」
「分かった分かった。ごめんって。今後は一言、那奈に声かけるから、今日のことは許して」
「声かけるだけじゃなくて、ちゃんと全員で話し合ってから決める。それに従って」
「それは約束できないかな~」と、浅野は、聞こえないほど小さな声でつぶやいた。
「じゃあ、謝罪の意味を込めて、講堂の片づけは私がやるから、那奈部長は持ち場に戻ってください!」
皆実はその場に直立し、かわいらしく右手を額に添えて、敬礼して見せた。那奈はその様子を怪訝な眼差しで見つめながらも、言葉を飲み込み、部長として他にやることがあるのか、講堂を後にした。
「大丈夫? こんな挑発的なことして。那奈、ご立腹だったじゃん」
ひとり、講堂に残って新歓ライブの片づけをする皆実に、声をかけた姿があった。
「大丈夫大丈夫。あの子、優しいから」
「何で那奈に何も言わずに動いたの?」
「……那奈は、現状に満足してるからね。事前に相談なんてしても、苦しめるだけで物事は何も変わらない」
「……」
「それに、いざとなったら千代が何とかしてくれるって。風紀委員なんだし」
「風紀委員に期待し過ぎ。そもそも私が一番校則破ってるし」
「入部直後に部活来なくなったと思ったら、髪染めちゃってね。これが噂の高校デビューかと思って、私、爆笑したわ」
皆実は、1年前のことを思い出したのか、肩を震わせて笑い始める。しかし、千代は何が面白いのか分からないといった様子で、自身の1年前の行動を思い返しつつも、そのまま話を続ける。
「皆実、言葉にしなきゃ伝わらないことだってある。いくら幼馴染で付き合いが長いからって、以心伝心は成立しないよ。特にあんたは、飄々としてて掴みにくいんだから」
「いいんだよ、これで。私にはもう、こうすることしかできないから」
千代はやれやれと、ため息をつく。
「ほんと、律儀なんだか裏切りなんだかよく分かんないね」
「さすがは幽霊部員、物事を俯瞰して見れるんだね」
「自分の暴走を客観的に見て欲しいから、呼んだんでしょ? アンサンブルだって、別に私いなくても十分だったじゃん」
「……全部お見通しか」
皆実は舌を巻いた。
「那奈との喧嘩は自由にすればいいと思うけど、後輩たちを巻き込むのはどうかと思う」
千代は振り返り、講堂の出口へと向かって歩き始める。
「別に喧嘩したいわけじゃないんだけどな……」
「素直に話しなよ、那奈に」
「そうすれば、千代も協力してくれる?」
「曲による」
伝えたいことを伝え切ったのか、じゃあねと手を振って、千代は姿を消した。
「現金な子」
取り残された皆実はふふっと笑みをこぼしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます