第9話

「仁義、だよね?」


 夕暮れに染まる教室で呆ける佐伯を置いて、ひとり帰ろうと教室から出たところで後ろから話しかけられた。


「?」


 振り返ると、そこにいたのは、黒のボブに、左目尻のあたりにある涙黒子が印象的な女子生徒。


「……桜?」

「そう! 大きくなったね〜! 一瞬誰か分からなかった!」


 村上桜。小学校6年間同じクラス。親同士も割と仲が良かったため、小学校の時は結構な頻度で遊ぶことも多かったけど、中学進学のタイミングで、親の仕事の都合で隣の市に引っ越して行った。こうして顔を合わせるのは、小学校の卒業式以来だ。


「あれ? 市内、戻ってきた?」

「いやいや、片道1時間半かけて通ってますよ……」

「……それは、おつかれ」


 島附は県内有数の進学校ということもあって、島瀬市外から通う生徒も少なくない。たまに、新幹線で通う人もいれば、隣の県から通う人もいるし、フェリーを使って瀬戸内海の島から通う人もいる。


「というか、さっき、なんであんたが演奏してたの?」


 桜、管弦楽部の新歓ライブに来てたらしい。そういえば、小さい頃からヴァイオリンやってたか。


「成り行きで」

「変な成り行き」

「それは俺も言いたい」


 3年ぶりに会った桜は、小学校の時よりも身体の曲線が増えていて、高校生真っ盛りの俺からすると、正直、目のやり場に困った。


 並んで歩いて、校門へと向かう。


「仁義、高校でも楽器やるんだね」

「まだ決まってない」

「さっき、みんなの前で吹いてたのに? てっきりもう入部したのかと思った」


 そう思われても仕方ないよなぁ。


「私の中学でも、仁義のこと有名だったよ。めっちゃうまいトランペットの子が吹コン出てる! って。続けなよ~。そんなに吹けるのに、もったいないよ」

「そういう桜は、部活決めた?」

「管弦入ろっかな~と思って。スポーツだめだめだから」

「いいじゃん、弦なら歓迎されそうだし」

「でも私、やるなら弦楽だけじゃなくてオーケストラやってみたいよ。映画の曲とかもやってみたい。そうなると、金管いたらかっこいいでしょ? あのサイドテールの先輩が言うこと、ごもっともだと思った」


 そう思う弦楽器奏者がいても、不思議じゃない。


「何でこんなことになったか聞いた?」


 女子は情報網が早いから、何か知ってるかも。


「クラスの子に、3年のお姉ちゃんがいる子がいるんだけど、その子いわく、5年くらい前に、管と弦が大喧嘩して、管楽器の子たちが全員辞めちゃったんだって」

「何で?」

「練習方針、練習場所と、演奏曲をめぐっての対立だったらしいけど、そこに色んな人間関係とかしがらみが複雑に絡み合って、大騒動になったらしい。ほら、吹奏楽経験者の子って、中学の頃から吹コン目指して、スパルタ練習して来てるじゃん? たぶん、温度差あるんだよ」

「笑えん」


 ほんと笑えない。そして、その時と同じような騒動がこの先起きそうなのも、笑えない。


「でもさ、それを乗り越えてこそのみんなでの合奏でしょ? 私、ヴァイオリンしか弾けないから、何十人もの人が色んな楽器持って集まって、ひとつの曲を一緒に演奏するって、憧れてたんよね~。かっこよくない? 弦が綺麗な演奏して、木管がそれに合わせてくれて、金管が時おりかっこいいフレーズ吹くの。みんな全く音の出し方が違う楽器なのに、心をひとつにして、ジャン!って音合わせて響かせたりとか……え~っと、あれ、何て言うんだっけ?」

「オーケストラ・ヒット?」

「そうそれ! 仁義も入ろうよ」

「ん~考えとく」

「前向きに考えておいて。じゃ、私、駅方面だから、ここで。またね」


 校門で別れた桜は、駅の方に向って歩き出す。南に見える島瀬城が夕焼けに染まる。


 俺も、近くのバス停に向った。越智、どうだったかなって考えながら。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る