第6話

 昼休み、佐伯と一緒に、それぞれ楽器をもって音楽室へと早歩きで向かっていた。


「浅野先輩って、この1年、弦楽器に転向したとはいえ、心はクラだったわけだろ? 何か、隠れキリシタンみたいじゃね?」

「ぶっ」


 佐伯の口から出た的確な例えに、思わず吹いてしまった。


「踏み絵とかさせられてたんかな?」

「どうだろ。まあ、浅野先輩はメンタル強いとは思う」

「そうか?」

「確実に、他の先輩たちとの間に亀裂は入るだろ」

「女子同士の対立か。お~こわ!」

「吹部ならめずらしい話でも何でもない」


 そこまでして管楽器にこだわる理由。おそらく、浅野先輩も浅野先輩で、何か訳ありなんだと思う。


 そんな雑談をしながら、渡り廊下に繋がる十字路差し掛かったところで、どさっと身体に衝撃が走った。


「ごめん。大丈夫?」


 すかさず声をかける。体勢を崩した相手は、黒髪が印象的なセーラー服姿の女子生徒だった。その顔を見て、「あ」と、不意に声が漏れる。


 越智だった。


「……」


 越智は、相変わらずの寡黙さを貫きながらも体勢を立て直す。その際、一瞬だけ目が合った。


「佐伯、後で行くから、先行っててくれん?」

「そう言って、逃げるつもりだろ?」

「俺は嘘はつかん。いいから早く行け。もうこの昼しか練習時間ないんだろ?」


 佐伯は疑いの眼差しを向けながらも、腕時計を確認し、早歩きで音楽室へと向かい始める。このために早弁までしたらしいから、早く音合わせしたいのだろう。


 残された俺と越智は、何とも重苦しい空気に包まれる。そういえば、ふたりきりで話したこと、あったっけ? 中学時代も特に親しくはなかったか。


「お、越智も、”島附とうふ”だったのか」


 越智は、俯き、目を合わせることなく、こくりと頷く。


「きょ、今日さ、放課後、ひま? 先輩と新歓のアンサンブルに出ることになったんだけど、来ん?」


 約束された無反応。


「あ、演奏を誘っとるわけじゃないよ? 当日に誘うなんて無茶言わん。ただ、来てくれたらなと思って」

「……?」


 どうして私に? とでも言いたげな様子で首をかしげる。人見知りなのに、言葉を発さずに意思を伝えるって、1周まわってコミュ力高いだろ。


「ほら、ここの管弦楽部って、管楽器がいないらしい。その勧誘」


 まだ自分が入るかも決めてないにもかかわらず、いっちょ前に部活を紹介してしまった。でもやっぱり、越智の反応はない。


 風が吹き抜け、再び沈黙に支配される。


「河野! 早くしろ!」


 楽器を持った浅野先輩と佐伯が、しびれを切らしたのか、わざわざ見えるところまで来て手を振っている。


「ごめん、これで! 夕方、講堂、来てくれたら嬉しい!」


 そう言い残して、その場を去った。


 そもそも、今まで越智と、落ち着いて話したことなんてなかった、というか、今だって、俺しか話してないけど、つい口走ってしまった。


 越智、まだ中学最後の吹コンのこと、気にしてるのかもしれないな……ん……? 今日、先輩たちと演奏するのはダッタン人。あの時吹いたのもダッタン人……というか、あの時ソロ吹いたの、越智だったじゃん。あ、やば。これ、地雷踏みぬくパターンだわ……。

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