妖精はイタズラ好き
はぐれうさぎ
第1話
女神信仰というものがある。
何を隠そう、この国で主流となっている信仰がそれだ。
精霊信仰というものがある。
女神信仰には負けるが、こちらもこの国で広く信仰されているものである。
女神信仰と精霊信仰。
この2つが、この国において国民に広く信仰されている。
まあ、精霊信仰については女神信仰の一部と見る向きもあるので、大きく女神信仰がこの国で信仰されていると言っていいのかもしれないが。
そして、主流から外れたものに妖精信仰というものがある。
「貴様のような妖精に堕落させられた者など、王太子である私の婚約者にふさわしくないっ!!
今、このときをもって貴様との婚約を破棄するっ!!」
目の前の男が私に向かって怒鳴りつけているように、この国では邪教とされる信仰である。
『うわー、なんでミアが私たちのことが見えてるってバレたんだろ。
ミア、何かやらかした?』
『別に何もやらかしてないわよ。
さっきの“妖精に堕落させられた”っていうのは、この国における侮辱の言葉の1つというだけの話よ。
もし本当に私があなたたちのことが見えると気づかれていたのであれば、こんな茶番なんかしないでさっさと騎士団とかが捕縛しに来るわ。
それくらいこの国ではヤバいものなのよ、妖精が見えるっていうのは』
こちらがうつむいて反論せずにいることに気を良くしたのか、目の前の男は先ほどからつらつらと私の罪を言い募っている。
それを聞き流しつつ、周囲にばれないように念話で会話を続ける。
『えー、なんでそんなに妖精が敵視されているのよ。
別に私たちは悪い存在じゃないわよ』
『そりゃ、国を2度も壊しかけてれば恨まれもするでしょ……』
寝ぼけたことを言うリリララに対して呆れたように返す。
確かにこの国の妖精、妖精信仰に対する敵視具合は度が過ぎているように思えるが、この国に起きた過去の出来事を知れば、それも仕方ないのではないかと思う。
1度目はまだ妖精に対する悪感情がそれほどでもなかった時代、妖精がただのイタズラ好きだと思われていた頃だ。
まあ、これも妖精にとってはイタズラの1つだったのだろうが、その規模と内容が悪すぎた。
王国全土の小麦をすべて観賞用の花に変えてしまったのだ。
チューリップやバラ、菜の花やラベンダーなど、季節を無視して満開となったそれらは、それはそれは見事な光景だったらしい。
だが、その感動も一時のこと。
変えられてしまった花たちが元の小麦に戻らぬと知ったときの混乱はすごかったらしい。
何しろ、王国全土の小麦が消えてしまったのだから。
一部の花は利用できるものもあったらしいが、そもそも小麦を育てていた農家にそれらを利用するための伝手などあるはずもない。
仮にあったとしてもそれだけの量すべてを捌くだけの受け皿がなかった。
結果、王国は妖精のイタズラにより大飢饉に陥ってしまったのだ。
幸いというか、当時の王国は裕福な国であったため、他国から小麦を買いつけることでこの危機を乗り越えることができたらしい。
まあ、干ばつなどの自然災害ではなく、王国一国だけの局地的な飢饉であったことも良かったのだろう。
他国は例年通りの収穫となっていたのだから。
ただ、当然ながらこの小麦の買いつけで王国の国庫はかなりの打撃を受けた。
他国とて自国でも小麦は必要なのだから、当然買い付ける小麦はそれなりの値になるし、そもそも他国が弱みを見せればそこに付け込むのが国というものである。
幸いにして隣国から侵攻を受けるというようなことはなかったので国土は守られたが、国庫は大いに蹂躙されることとなった。
正直、この1度目の騒動でも大概だと思うのだが、これが起きて以降も特に妖精信仰に対する取り締まりなどはなかったらしい。
まあ、妖精信仰といってもただ単に妖精を見たりすることができたり、しゃべったりすることができるというだけだったので、取り締まるという類のものでもなかったからかもしれないが。
ちなみに、1度目の騒動の原因はとある村の少女が、妖精に目の前いっぱいに広がる花畑が見たいといったことだったらしい。
当然少女に悪気があったわけではなく、妖精が悪ノリしただけではあるが、件の少女一家は追放の憂き目にあったらしい。
とんだとばっちりだと思う。
で、2度目の事件。
こちらは王国に対する被害というよりは王家や貴族に対する被害といった方が良いのかもしれない。
王国の次代を担う若者が通う学園で、生徒のほぼすべてが妖精に魅了されるという事件が起こったのだ。
ちなみに、魅了されたといっても学園の生徒たちが妖精を好きになったというわけではない。
なんといえばいいのだろうか、全員が恋愛脳になったとでもいえばいいのか。
要は全員が勉強などそっちのけで恋愛に走ったのである。
最初はそう大きな変化ではなかったらしい。
学園内で婚約者同士がイチャついたりというような害のないもので、周囲もうらやましがったり、ほほえましいものを見るような態度だったそうだ。
だが、それがいつの頃からか、婚約者を無視して誰彼構わず愛をささやくような人間ばかりになっていたらしい。
学園内のナンパも貴族が通う学園なので当然良い目で見られることはなかったが、学園の空気が空気なのでそれに当てられたのだろうと、最初は放置というか見逃されていた。
それが次第に婚約者を無視するような者が出始め、気づけばろくに授業も受けずにデートばかりという状況になってしまった。
教師の中にも同じような影響を受ける者が出ていたため、この騒動に気づいたのは学園外でも影響が出始めてからだった。
しかも、この学園が全寮制となっていたため、長期休暇になるまで発覚せず、被害を受けた生徒たちは手遅れになっていたのである。
その生徒の中には当時の王太子を含め、王族が3人いた。
というか、当時の王家の子供すべてが学園に通っていたのだ。
当然、そんな状況であれば王子や王女と面識を得ようと他の貴族の子たちもこぞって同じ学園に通うようになる。
結果、その世代の貴族家の子女がほぼ全滅した。
学園は中等科、高等科からなる6年制を採用していたのでその6学年が全滅。
王家のみならず、有力貴族から木っ端貴族まで軒並み被害を受けたため、王国の各貴族は混乱した。
一応、各貴族の当主は健在なので影響度合いとしては1度目よりも軽微なものであった。
この時点では。
そもそも貴族などというものは家の存続のためには平気で子供の存在をなかったことにしたりするものだ。
偏見だが。
ただ、どんなことにも例外というものはあるもので、当時の国王はとても子煩悩な王だったらしい。
そんな子煩悩な王が子供たちを妖精に壊されたことを知ったらどうなるか。
結果は、妖精、妖精信仰に対する弾圧である。
だが、妖精というものは王国全土の小麦を花に変えたりできるように力のある種族である。
そんな妖精にケンカというか戦争を仕掛けた王国もただでは済まなかった。
基本的に妖精は快楽主義というか、面倒ごとを嫌うのでほとんどの妖精は争うことなく王国外へと出て行ったのだが、一部は王国とはっきりと敵対した。
結果、王国全土で被害が多発することになった。
これにより、王国では、王家や貴族はもとより、平民に至るまで妖精憎しという風潮となったのである。
『やっぱり、どう考えても妖精が悪いよね』
『いやいやいや、私たちを受け入れきれなかった王国が悪いのよ。
現に他の国では私たちもうまくやっているでしょ?』
いや、それは間違いなく見逃されているだけであって、絶対に上手くやっているというわけではないはずだ。
実際、こまごまとした騒動をそれなりの頻度で起こしていると聞いた気がするし、かつての王国の二の舞を恐れて手出しできていないだけだと思う。
内心でそんなことを考えていると、怒鳴り声により現実に引き戻された。
「おいっ、聞いているのかっ!!」
どうやら私が話を聞いていないことに気づかれてしまったらしい。
うっかり怒鳴り声に驚いて顔を上げてしまったし、どうしようかな?
……とりあえず、しおらしく謝っておくか。
「申し訳ありません。
あまりのショックに呆然自失となっておりました」
そう言葉で謝罪しながら、ゆっくりと深く頭を下げる。
学園の教師からも褒められたお手本通りのきれいな礼のはずだ。
なのに、目の前の彼は気に食わないらしい。
「ふんっ、今更そんな形だけの謝罪など意味はない。
教師連中は騙せていたのかもしれないが、貴様が形だけで中身が伴っていないことなどお見通しだ。
だが、まあいい。
貴様と顔を合わせるのも最後だしな。
妖精を信仰する者がどういう扱いとなるかくらいは知っているのだろう?
喜べ、貴様はこれから妖精どもと共に魔の森へと追放されるのだ」
とりあえず、頭を下げたまま私に対する決定を聞く。
どうやら、私への沙汰は魔の森への追放となったらしい。
妖精信仰がらみで一番キツイのを持ってくるあたり、本当に嫌われていたらしい。
一番マシなのが修道院送り、次が他国への国外追放、その次が魔の森送りだ。
といっても、他国でも妖精信仰はあまりいい顔をされないので、実質、修道院か魔の森かの2択だけど。
他国への国外追放は政治的な判断で妖精信仰による断罪をされたケースの場合に選択されることが多い。
今回の私の扱いも、それに該当しそうなのに魔の森送りというのが恨みの深さを物語っている気がする。
「……妖精を信仰しているという事実はありませんが、それがこの国の決定だというのであればそれに従います」
結局、頭を下げたままそう答えを返し、騎士に連れられて別室へと移動することになった。
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