第36話 覚醒

 翌日も翌々日も、ソーニャとユリウスはカリーナの家に足を運び、それぞれ訓練に励んだ。ソーニャは風を起こす練習をし、ユリウスは掃除などの雑用をしながら弓を射る練習をした。ユリウスは生来の運動神経の良さもあってか、めきめきと弓の腕を上げていったが、一方のソーニャは力の制御に苦心していた。


「集中が足りないわ! もっと体の中の力の流れを意識して。それを指先から出力するイメージよ」

「うむむ……こう、か……?」


 カリーナの指導を受けて、ソーニャは目を閉じ、眉間に深いしわを刻みつけながら、指先に力を入れた。しかし、やはりうまく風を操ることはできず、積み上げられた葉をほんの少し動かすことしかできなかった。


「これだけやってもうまくできないなんて、あなた相当才能がないのね」

「そ、そんな……」


 カリーナにばっさりと切り捨てられ、ソーニャはひどくショックを受けた。と、そこにユリウスが割って入ってきた。


「いやでも、ソーニャって巫王の娘なんだろ? だったら、ちゃんとしねえと里の人たちに示しがつかねえだろうが」

「それはそうだが……」


 ため息をつくソーニャを横目に、カリーナは何やら思案している。


「ん? カリーナさん? どうかしたのか?」

「……普通は、これぐらいやれば、それなりにできるようになるはずよ。何か他に原因があるのかも」

「他に原因?」

「ええ。ソーニャさん、心当たりはない?」


 そう問われ、ソーニャは目を伏せて考えた。突然聞かれても、よく分からないというのが正直なところである。


「……やはり、浄者としての教育を受けてこなかったのが災いしているのだろうか?」

「教育……ねえ。一つ、考えられることはあるわ」

「そ、それは?」


 身を乗り出すソーニャに、カリーナは一つ咳払いしてから告げる。


「あなた、剣を使ってみる気はない?」

「はっ……?」


 ソーニャは首を傾げた。ユリウスが、


「いや、剣なんてねえけど? ソーニャがもともと使ってたやつは没収されちまったわけだし」


と突っ込んだ。しかし、カリーナは涼しい顔で、


「剣ならあるわよ。ほら」


と言って、両の掌を宙に向けた。すると、その手の中に、光を発する白い粒が集まり始め、それはたちまち剣の形をとった。ユリウスは息を飲み、叫んだ。


「ど、どうやったんすか!?」

「簡単なことよ。空気中の氷の粒を集めて、武器を作ったの。まあ、普通の人には難しいことかもしれないけどね。さあ、ソーニャさん。いずれはこういうこともできるようになってほしいけど、とりあえず、これを貸してあげる。これに力を込めてみて」


 ソーニャはカリーナに手渡された剣をまじまじと見つめた。刀身は半透明のガラスのようで、きらきらと光を放っており、柄の部分には蔦と花の優美な彫刻が施されていた。


「あなたは、騎士団で剣術を学んでいたんでしょう? それなら、あなたの得意な剣と魔法を融合させてみたらどうかと思ったのよ。そうした方が、うまく力を使えるんじゃないかと思って」

「……なるほど……」


 ソーニャは剣を握った。氷でできているだけあって、ひんやりとした感覚が伝わってくる。彼女は目を閉じ、自分の力を剣に注ぎ込む想像をした。


 すると、次の瞬間、ソーニャは強い風が頬に当たるのを感じた。いや、強いどころではない。油断すれば吹き飛ばされそうなぐらいの凄まじい風圧だった。彼女が恐る恐る目を開けると、吹き荒れる風に必死で耐えるユリウスとカリーナの姿が目に入った。


「ソ、ソーニャさん! ちょっと、風、強すぎよ! 早く止めてちょうだい!」

「やべえよこれ、吹っ飛ばされちまうって! ソーニャ、何とかしてくれ!」


 二人の叫び声が、ものすごい風の音に混じって途切れ途切れに聞こえてきた。ソーニャは慌てて力を込めるのをやめたが、すぐには風が収まらない。彼女はたまらず、剣を投げ捨てた。するとようやく、風はやんだ。周囲を見回すと、傍に生えていた木の葉はほとんどが吹き飛ばされ、荷車はひっくり返っており、強風の痕跡を伝えていた。ユリウスとカリーナが駆け寄ってくる。二人とも、髪がぼさぼさだ。


「……制御にかなり難はあるようだけど、ひとまずあなたが強い力の持ち主だってことは分かったわ。慣れている剣を使ってみるっていう、わたしの考えは間違ってなかったみたいね。おかげで、あなたの力を引き出せた」

「すげえな、ソーニャ! ……ちょっとすごすぎた感じはあるけどな。やっぱあんたには、剣が似合うぜ」


 笑みを浮かべる二人に、ソーニャは戸惑った。


「い、今のは、本当に私がやったのか?」

「当たり前じゃない。魔力を出すっていう第一段階はクリアね。次は、うまく制御できるようにならないと。訓練はまだ始まったばかりよ。これに驕らないで、努力を続けることね」


 カリーナの言葉に、ソーニャは頷いた。まだ自分が浄者の力を使えたという実感は湧かなかったが、彼女の言うことを信じるならば、一歩前進したということなのだろう。


「ソーニャが覚醒したことだし、俺も負けてらんねえな。よっしゃ、やってやるぜ!」

「気合いを入れるのはいいけど、ユリウスくん、あなたはとりあえず、ソーニャさんが散らかしたものを片づけてちょうだい」

「えー、めんどくせえな……」

「四の五の言わずにやって。ほら」

「へいへい」


 ユリウスはぼりぼりと頭を掻きながら、箒を取りに行った。

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