第35話 苦心

 カリーナの家の台所はあまり広くなく、二人で並ぶといっぱいいっぱいになってしまった。その中で、ソーニャとユリウスは料理を進めていく。作るのは、スクランブルエッグだ。魔力で冷やされている食料保存庫から卵を取り出し、ボウルに割り入れ、塩と牛乳を加えて混ぜる。火をつけようとしたが、浄者の力でないとそれはできないため、カリーナを呼んできて着火してもらった。彼女は詠唱をすることもなく、かまどに手をかざしただけで、たちまち薪にボッと火がついた。


「おお、すげえな! どうなってんだ?」

「あなたには理解できない原理よ。ほら、これでいいでしょ」


 ユリウスは鉄製のフライパンに卵液を流し込み、へらで混ぜながら加熱した。やがて卵は半熟状になった。美しい黄色に仕上がった。ソーニャは付け合わせの葉物野菜と薄切り肉を用意した。肉の焼ける香ばしい匂いが、台所中に広がった。


 ソーニャとユリウスはできたものを陶器の白い皿に盛りつけ、ダイニングの木製のテーブルに置いた。匂いに誘われたのか、カリーナが寄ってきた。


「あら、できたのね。じゃあ、いただきましょうか」


 その言葉を合図に、ソーニャとユリウスも席に着いた。早速食事に手をつけたユリウスに対し、ソーニャは目を閉じて指を組み、カリーナは頭を垂れて両手を合わせた。


「ん? あんたら、何やってんだ?」


 ユリウスの疑問に、カリーナが呆れたような顔になる。


「何って、自然に感謝の祈りを捧げてるのよ。浄者は皆こうするわ。……ところで、ソーニャさん。あなたは何をしているの?」

「うん? リーアス神に捧げる、食前の祈りだが……あっ」


 ソーニャははっとして組んでいた指を解いた。ユリウスとカリーナが、彼女に複雑な顔を向けている。


「……すまない。もう、聖光教を信じるのはやめたはずなのに、身に染みついた習慣というのは、なかなか抜けないものだな……」

「いや、しょうがねえよ。長年やってきたことなんだろうしな」

「でも、聖光教の神に祈りを捧げるなんて、見ていてやっぱり不快だわ。一刻も早くやめてちょうだい。そして、わたしたちと同じように、自然に感謝なさい」

「分かりました……」


 ソーニャはうなだれた。部屋に沈黙が降りる。気まずい空気を破ったのは、ユリウスだった。


「まあまあ、いいじゃないっすか。とりあえず、今は食うことに集中しましょう。で、特訓も始めないと。カリーナさんは、早くソーニャに一人前の浄者になってほしいんでしょう?」

「それもそうね。じゃあ、いただくわ。……うん、悪くないわね。及第点ってところかしら」

「ユリウス殿、この卵、なかなか美味だぞ」

「そーだな。我ながら、結構うまくできたと思うぜ」


 ユリウスは胸を張った。皆は黙々と食べ進め、食事の時間は穏やかに過ぎていった。










 食後、ソーニャはカリーナの家の庭で、彼女と対峙していた。ソーニャの目の前には、ユリウスが集めてきた木の葉が山と積まれている。夏に葉を落とす種の植物が、近くに生えていたらしい。


「今からあなたにやってもらうのは、これを吹き飛ばすことよ」

「吹き飛ばす……?」

「そう。具体的に言えば、風を起こして葉っぱを散らしてちょうだい」

「風を起こす? どうすれば良いのですか」

「まったくもう、世話が焼けるわね、本当に。わたしがお手本を見せてあげるわ」


 カリーナはそう言うと、落ち葉の山に手をかざした。すると瞬く間に旋風つむじかぜが巻き起こり、積まれていた落ち葉を四方八方に散らした。


「おお……すごい」

「何言ってるの、これぐらい子どもでもできるわ。早くやってみなさい」

「え、どうやって!?」

「はあ……。しょうがないわね。初歩的なことから教えてあげる。でも、まずはユリウスくん、ちょっと葉っぱを集めて山にしてくれる?」

「ええ、またっすか!? さっきやったばっかでしょ」

「今わたしが散らしたから、もう一回元の状態に戻して。ほら、早く」

「うへー、人使いあれえな」


 ユリウスはぶつくさ文句を言いながらも、散らかった木の葉を集めて再び山を作った。ソーニャはカリーナに言われるまま、試しにその山に手をかざし、教わった呪文を唱えてみる。


「……いにしえの精霊よ、我に力を。今ここに、疾風を!」


 しかし、何も起こらなかった。ソーニャはがっくりと肩を落とす。


「やはり、私には浄者の力などないのではないか……?」

「そんなわけないわよ。ただコツを掴めてないだけ。練習あるのみよ! じゃあ、次はもっと力を抜いて……」


 カリーナの助言に従い、ソーニャは何回も挑戦したが、やはりうまくいかない。数百回目にしてようやく木の葉を少しだけ動かすことができたが、カリーナのようにはできなかった。


「はあ、はあ……」


 息を切らし、ソーニャはその場にへたり込んだ。もう気力、体力ともに限界であった。


「ふん、初日にしてはなかなか粘った方じゃない? 流石、騎士団で鍛えていただけのことはあるわね」

「だが結局、ものにすることはできなかった。……私は、本当に巫王などになって良いのだろうか……?」

「いいわけないでしょ。それを何とかするために、今修行してるんじゃない。……また明日もやるから、せいぜい今日はよく休みなさい。じゃあね」


 それだけ言うと、カリーナはさっさと家に入ってしまった。

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