第11話 魔女を巡る動き

 よく晴れた空の下で、ソーニャはヒルダと剣を合わせる。オリヴェルとの手合わせとはまた違い、ヒルダはかなり柔軟で想像の上を行く動きをしてきた。


「ヒルダ、また腕を上げたな。私の見ていないところで、随分と努力したのではないか?」

「ソーニャちゃんこそ、前よりもっと強くなってるよ! もうわたしなんか、足下にも及ばないぐらい……はっ!」


 口では謙遜するようなことを言いつつ、ヒルダは果敢に攻めてくる。ソーニャが彼女の剣を正面から受け止めたと思いきや、次の瞬間にはヒルダはソーニャの背後に移動し、彼女の首筋めがけて突きを放ってきた。ソーニャは間一髪でそれを躱し、何とかヒルダの剣を止める。


「ほら、また防がれたぁ! ソーニャちゃんってば、強すぎるよ!」

「いや、こう見えて、私は結構必死なんだぞ? 私にここまでさせるとは、貴殿はすごい」


 そう言うと、ソーニャはヒルダの剣を弾き飛ばした。武器を失ったヒルダは、その場にがくりとくずおれた。


「はあ、また負けちゃった。本当に、どうやったら勝てるの? ……でも、ちょっと安心した。少なくともソーニャちゃんは、ラストヴァリアになんて負けないだろうから」

「私の心配はせずとも良い。だが、貴殿も、そうやすやすとはやられないだろうから、安心しろ」

「本当……?」

「ああ、本当だ。私が保証する」


 ソーニャはどんと胸を叩いた。ヒルダの顔に明るい笑みが広がる。


「そっか……ありがとう、ソーニャちゃん!」


 ヒルダはソーニャに抱きついた。突然の行動に、ソーニャはバランスを崩しかける。


「わっ……危ないな、まったく。ヒルダ、その、……健闘を祈る」

「うん! わたし頑張るね!」


 ヒルダはそう言うと、どこへやら駆け出していった。その途中、ソーニャの方を振り返って、大きく手を振り、また走り出した。


「……戦争、か。皆もこの国も、何とか無事でいられれば良いが……そうはいかないだろうな」


 ソーニャは独り言ち、大きなため息をついた。



◇◇◇



 一方その頃、修道服に身を包んだユリウスは一人、大聖堂で祈りを捧げていた。しかし、その胸中は全く別のことを考えていた。


「はあ、戦争か。ラストヴァリアっつう国は、なんか知らんが、どうもきなくせえんだよな。怪しげな術を使ってるって噂もあるし。ま、この国もこの国で、変な宗教を国教にして、みんなを騙してんだけどな。そういう意味では、同じ穴の狢か」


 その時、部屋の扉が叩かれた。ユリウスは「はい、どうぞ」とにこやかに答える。


「ユリア。きちんと心を込めてお祈りをしているのかね?」


 ユリウスにそう問いかけてきたのは、ティデリア教会の聖職者の中でもトップに君臨する、大司教のハンス・ノルマンである。彼は中年で、恰幅の良い体つきをしており、黒い祭服を身につけ、首からはユリウスと同じく菱形の石がついた数珠を下げていた。


「ええ、もちろん。リーアス神に、戦勝祈願をしていました」


 その言葉に、ハンスは破顔した。


「おお、それは良い心がけだ。まだ戦争状態に突入してはいないのだがな。だが、お前がそうやって毎日敬虔な祈りを捧げることで、きっとリーアス神も恩寵を授けてくださるだろう」

「……だから、神なんていねえっつってんだろ」


 小声で吐き捨てたユリウスに、ハンスが首を傾げる。


「ん? ユリア、何か言ったかね?」

「いえ、何でもございません」


 ユリウスは満面の笑みを浮かべてみせた。ハンスは「そうか」と頷く。すると、不意にハンスが顔を寄せてきた。ユリウスは一瞬眉をひそめたが、すぐに笑顔を貼りつけて問うた。


「何でしょう、大司教様?」

「……ユリア。お前は、魔女というものを知っているかね?」

「魔女、ですか? ……いえ、存じませんが」


 実際のところは、ユリウスは魔女という言葉を知ってはいた。以前教会を掃除していた時、偶然見つけた本の題名の一部に、古語で魔女を意味する言葉が入っていたからである。それに興味を持ったユリウスは、他の聖職者に見つからないように、こっそり私室に隠し、密かに読もうとしていたのだった。しかし、その本は全編古語で記されていたので、古語を少ししか知らないユリウスには読めなかった。


 ハンスは、さらに声の調子を落として続ける。


「これは決して口外しないでほしいのだが、魔女というのは、かつてこの国に存在した、異形で恐ろしい力を持った者たちのことだ。彼らは、その得体の知れない力を使って、この国を転覆させようと企んでいたという。まあ、もっとも、彼らは皆処刑されて、今は存在しない……とされていたのだが」

「『だが』?」

「近頃になって、その血を引くことが明らかになった者が現れたのだ。ここ最近のラストヴァリアとの緊張感の高まりは、その者の出現に由来すると考えれば自然だろう。魔女は、この国に災厄をもたらすとされているからな」

「そう、ですか。……それで、なぜその話を私になさるのです?」


 その問いに、ハンスは一つ息を吐いてから答えた。


「ユリア。お前に、その者を処刑してもらいたいからだ」

「……はい?」


 ユリウスは笑顔のまま、首を傾げた。

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