チャンネルはこのままで

セツナ

チャンネルはこのままで

 妖精を見たんだ。

 先輩たちの卒業式。桜の木の下、散りゆく花びらに囲まれていたその人が、まるで空想の中の存在のように錯覚した。

 とても綺麗で可憐で、でも触れたら壊れてしまいそうな儚さを秘めた人だった。

 その様子があまりに美しくて、私はカメラのシャッターを切った。


***


 無許可で彼の写真を撮ってしまった私は、こちらに視線を向けた彼に歩み寄った。


「あの、ごめんなさい、あなたがあまりに綺麗で勝手に撮ってしまいました」


 誠意を持って謝ったが、中々失礼なことをしている自覚はあったので、怒られるかとしれない、いや怒られて然るべきだと思った。

 頭を下げると彼は「えっ」と気の抜けた声を出した。


「僕が、綺麗……?」


 ゆっくり顔を上げると彼は不意を突かれたような表情を浮かべていた。そして嬉しそうに顔をほころばせ「そんなこと言われたの初めてだよ」と笑った。

 先程の様子とは全く違う、彼の無邪気な笑顔に、私はすっかり彼のことが好きになってしまった。

 一目惚れだと思う。


「あなたは綺麗だよ」


 心の底からそう言うと彼は「ありがとう」と嬉しそうに笑った。


***


 彼はの名前はるいと言うらしく、涙と言う名前を持つ彼は、涙の雫のように儚く、繊細な人だった。

 桜の木から少し離れてベンチに座った私たちは、宙を舞いながら落ちてくる花びらを見つめながら言葉を交わした。


「桜が好きなの?」

「うん、好きだよ。とても綺麗だから」

「男の子なのに珍しいね」

「性別は関係ないんじゃないかな。桜は日本人みんな好きでしょ」


 そう笑った涙だったが、なぜか少し悲しそうだった。


「もしかして今日卒業だった?」

「ううん、僕はまだ一年生だから。知り合いの先輩もいないし、ぼーっとしてたら写真を撮られちゃった」

「ごめんって」


 私が謝ると彼は「冗談だよ」と笑った。


「あ、そろそろ撤収みたいだね、僕もう帰るよ」


 涙はそう言うと私に手を振った。


「またね」


 私はそれに「またね」と手を振って、去っていく彼の背中を見えなくなるまで見つめていた。


***


 それから私は彼と仲良くなる努力をした。

 意識してると、意外と彼を学校で見つけることができた。

 3年もこの学校にいて、彼を知れなかったのは本当に残念に思えた。

 ある日、学校の花壇で花の世話をしている彼を見つけて、私は涙の元へ向かう。


「涙くん、何してるの?」

「委員会活動だよ。お花の水やり係」


 彼は手に持ったじょうろで水を花たちへ降らせていく。

 その目が眩しいものを見るように細められていたので、私はつい尋ねてしまった。


「涙くんって、お花好きなの?」


 問いかけると彼は「うーん、特別好きって訳じゃないけど、花とか綺麗なものは好きだよ」


「そうなんだね」


 私は頷く。でも、私は花は花で、それ以上でもそれ以下でもなく思えてしまうから、涙の感情を理解できなくてそれがとても悔しかった。


「綺麗なものって目の保養だよね」


 だからつい、そんな事を言ってしまう。

 的外れな言動なのは理解していたが、涙は微笑みながら「そうだね」と肯定してくれた。

 きっと彼はこういうすれ違いが多いのだろう。とても慣れた様子で私の言葉に寄り添ってくれた。


「眼福ってやつだね」


 涙くんの優しさは、時に私を傷つけるのだ。


***


 ある日、放課後に2年生の教室を通りかかった時に、涙くんの姿が見えたから近づいてみた。


「涙くん、何してるの?」


 机に向かっていた彼に近寄ると、雑誌を広げていた。

 それは男子向けっぽい雑誌で、紙の上ではアイドルがこちらを見て笑っていた。

 グラビアのような水着の写真ではなく、清楚な白いワンピースを着ている写真だったのが何よりの救いだった。


「涙くんもこういうの見るんだね……」


 普段の彼からは想像ができない雑誌との組み合わせに、驚きを隠せない。


「クラスの子が貸してくれたんだよ」


 慌てて否定をする涙くんだったが、それを見てると言う事は興味がない訳では無いのだろう。


「やっぱり涙くんも男の子なんだなぁ」


 気まずさを隠すように、冗談めかして笑うが、彼は煮え切らない表情を浮かべた。


「うーん……まぁ、そうだね」


 その言葉を不思議に思った私は首を傾げた。


「どうしたの?」


 しばらく悩むように視線を動かした彼だったが、私から視線を逸らしたまま口を開いた。


「僕、可愛くなりたいんだ」


 思いがけない言葉に、私は驚いた。

 確かに涙くんは繊細で、線が細く中性的な雰囲気ではあるけど、でも――


「……それって、女の子になりたいって事?」

「うーん、ちょっと違うけど……まぁ、そんな感じ」


 気まずそうにそう答える涙くん。

 私は、彼が女の子になりたいんだと、彼の恋愛対象に私はなれないんだと、色んな感情が頭の中で駆け回り、そして気付いた時には私は大声を上げていた。


「涙くんには無理だよ!! だって……だって涙くんは男の子なんだもん!」


 そう叫んだ瞬間、涙を浮かべた私よりもずっと、るいくんの方が悲しい顔をしていた。

 けれど、彼は大人だった。


「分かってるんだ。ごめんね」


 何も謝る事なんてないのに、謝るのは私のほうなのに。

 自分がとても恥ずかしくなって、私は彼に背を向けると駆け出した。

 教室を飛び出した私の背後で、涙くんがどんな顔をしていたのかは、分からない。


***


 結局、それから涙くんとは卒業まで話すことが無かった。

 卒業の日も、わざわざ卒業式に来てくれた涙くんが私に「おめでとう」と言ってくれたのに「ありがとう」としか返せなかった。

 出会った時は仲のいい先輩なんか居ないから、と話していた彼が私の卒業を祝ってくれた意味が、その気持ちが今なら分かるのに。


 社会人になって一年目の三月。

 社会の荒波に揉まれきって、疲れた身体を引きずって帰宅する日々だった。

 いつものように帰宅して、メイクも落とさず、買ってきた惣菜と冷凍ご飯で用意した夕食を机の上に並べながらテレビをつける。

 するとそこには、何度も夢で見た人物が映し出されていた。

 キラキラと輝くステージで、照明にも負けない程の笑顔を浮かべて手を振っているのは、紛れもなく涙くんだった。

 私の大好きだった人。

 彼は可愛らしい洋服に身を包み笑顔を浮かべていた。

 隣に立っていたのは、今最も人気のあるアイドル、天川きら。

 二人が視線を合わせ、アイコンタクトを取りながら微笑みあってる様子を見て、私は寂しい気持ちと、同時にとても嬉しい気持ちになった。


「夢を叶えられたんだね、涙くん」


 呟いた言葉は、テレビから流れる音楽と共に流れていった。

 一瞬カメラ越しに涙くんと目があったと錯覚したが、もう彼の瞳に私が映る事はない。

 それで良かったかもしれない。

 私はそっとチャンネルを変え、夕食に手をつけた。

 いつか、彼の笑顔をしっかり見ることができる日がやってくるまで、チャンネルはこのままで。


-END-

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チャンネルはこのままで セツナ @setuna30

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