♦問いと解
ミアは俺と目が合うと、ぱちんとウインクする。
そんな彼女を見た途端、俺は安堵したと言わんばかりに深いため息を出す。
「……ギリギリで、本当に死ぬかと思った」
「死んでませんよ。ほら、生きてるじゃないですか」
「ちょ、頬を引っ張らないで」
ミアは俺の頬をムニムニ引っ張ってくるが、なんとなくこの優しい手つきが心地よくてしばらくそのままそれを受け入れた。
ムニムニされ終わったところで、俺はミアに尋ねる。
「ミアこそ、生きてるんだよな? 大丈夫だよな?」
「はい、大丈夫ですよ。作戦成功です。グレイくんが私を信じて最後まであきらめなかったおかげで、勝ち筋が生まれました」
正直に言えば、俺はまだミアの考えた作戦とやらの中身を知らない。
けれど、彼女が俺に「信じろ」と言ったのだ。想い人がそう言うならきっと何か考えあってのことだろう。
だから俺はミアが何かを仕込んでいることを前提に、なるべく隙ができるように立ち回ることにした。
それが功を奏しただけである。
「ありがとうございました、グレイくん」
ミアは、満足げに頷いた後、ミレイシュが吹き飛ばされた方に目を向ける。
見れば、ミレイシュは体にはいくつもの穴が開き、そこから大量の血を流していた。
血反吐を吐きながらも彼女はふらふらと立ち上がり、依然として鋭さを持った眼光をミアに向ける。
「小娘……いったい、何をしたのだ。貴様は確かに、我の業火に飲み込まれたはず。それに、今の魔法は何だ。先刻よりも威力が倍以上だった……。どんな、からくりだ」
ミレイシュの声には、戸惑いの色があった。
初めてミレイシュが俺たちに見せた、弱気の姿勢。
その言葉を聞いたミアは不敵な笑みを浮かべる。
「さきほど、あなたはどうして私が強力な魔法を打てるのかと聞きましたね。その答えを、今お教えしますよ」
そう言った彼女は、あるものを衣服の中から取り出した。
それを見た俺は、「あっ」と声を上げる。
「これって、さっきの」
「そうです。……これこそが、答えです」
そう言ってミアが取り出したのは────小さなサイズの、革袋だった。
ミレイシュは彼女がそれを取り出した意味を理解できないようで、無言でその続きを促した。
「この袋には、回復薬が入っていました。万が一に備え親が私に持たせてくれたいざというときのための薬……。この薬には、ある効能があるんですよね。あなたもよく知っている力です」
「我が知っている、だと?」
「はい。なら、直接あなたの目で確認してみますか?」
ミアはそう言うと、手に持った革袋をミレイシュの方に投げ渡す。
ミレイシュは片手でそれを受け取り、少々乱暴に袋の口を開けて袋の中身を確認する。
その時袋から、薬の魔力の残滓がすこしだけ空気中に漏れ出した。
「これは」
一拍空けて、ミレイシュがはっとしてミアの方を見る。
俺もその魔力の正体に気づき、ミアに視線を向けた。
ミアは俺と目が合うと、静かに頷いてから再度ミレイシュの方に向き直る。
「この回復薬に含まれている成分を、あなたはきっと知っているはずです。なぜならその薬にはあなたの血液、黒龍の血が調合されているから」
なるほど、と俺は合点がいった。
これこそが、ミアがあの炎の攻撃を受けてもなお生きている理由だ。
俺がミレイシュの血を取り込まされてあらゆる傷を強制的に癒されていたように。
ミアも黒龍の血が調合された薬を飲んで、自分自身の死を覆したのだ。
「正直、この薬の効果自体はなんとなく知っていましたが、信じ切ることはできませんでした。でも、この大きな穴に落ちてきたときに感じた魔力……眠りについていたあなたから放出され洞窟を満たしていた魔力に、私は妙な懐かしさを感じました。そして、その違和感はあなたと戦っている最中も感じていました」
彼女は「でも」と言葉を続ける。
「その正体が、私が両親にもらったこの回復薬と関係していることに気が付いて……この薬に、賭けてみることにした。だから私はあなたの攻撃を受けて、一時的な死を選んだんです。あなたの隙を突くために」
「我の血を、取り込んだのか……。なるほど、それで攻撃の威力も上がったわけか」
「作戦がバレないように、多少なりとも威力はセーブしてましたけどね」
ミレイシュは珍しく苦悶の表情を浮かべながら、ミアのことを睨みつけた。
唇をきつく嚙み締めているからか、口から血が一筋垂れ落ちる。
隙を作るために自身の死を選ぶなど、完全に常軌を逸している考えだ。
一度死を経験している身とはいえ、ほいほいと死ぬことができるとは誰も想像できないだろう。
実際、仲間であるはずの俺もミアがやられたときはかなり動揺した。
しかし、だからこそ敵であるミレイシュの油断を誘うことができたと言うこともできる。
ミアはそこまで考えて、戦っていたのだ。
「グレイくんがこの薬を事前に飲ませてくれていたのは想定外でしたが……そのおか
げで、結果的にミレイシュさんに気づかれませんでしたしね」
「それは……まあ、なによりだよ」
こんなことができる魔法使いの少女が俺の仲間で恋人だなんて、本当にいいんだろうか。
というか、今後はミアを主体に動いていった方が良いんじゃないだろうか。これを
機に、俺がミアの尻に敷かれることになりそうな気がしてならないけれど。
「ああ、完全にしてやられたな……。まさか、ここまで貴様がやるとは……我も思わなんだ。疑問が一つ解決して、清々した」
自嘲するように笑い、膝をつきながら肩で息をする。
気が付けば、彼女の足元には血だまりができていた。
ミレイシュの血を取り込んだミアの攻撃は、どうやら治すのに時間を要するらしい。
それを察してか、ミアは背後に雷属性の魔法陣を出現させる。
回復しきる前に、ミレイシュを倒しきるつもりなのだろう。
俺も剣に魔力を流し込み、構えた。
「……だが、我も黒龍としての威厳がある。そうやすやすと、倒れるわけにはいか
ぬ」
ここまでしてもなお、倒れることを知らない目の前の敵。
やはり不意を突いてダメージを与えられたとはいえ、実力差は埋められないようである。
「これで、最後にしよう」
ミレイシュはおぞましい魔力を、全身に循環させ、放出する。
その瞬間、彼女の体が紅蓮の炎に包まれた。
びりびりと、空気が震える。
炎の中に映る影が、ひと際大きくなっていく。
人の形をしていたはずが、その形はだんだん未知の姿へとへと変化していった。
背中からは翼が生え、頭部は龍の形へと変化する。影が蠢くにつれ、その形は巨大な存在へと変貌していった。
そしてついに、瞬きのあとに現れたのは漆黒の鱗を身に孕んだ、黒龍そのものだった。
「お前の本来の姿、か」
恐ろしいという気持ちがある反面、どこか神聖で美しささえ感じてしまうほどのシルエット。
その口腔から吐き出された蒼炎は、どれほどの人を焼き尽くし、その咢はどれほどの
獲物を噛み砕いてきたのか。
息をするたびに、肺が押しつぶされそうになるほどの威圧感がのしかかってくる。
『ゆくぞ』
その一言を合図に、黒龍は高らかに咆哮し、翼をはばたかせる。
そして体を包みように炎を全身から放ちながらこちらに向かって突進してきた。
まさに、全力を籠めた容赦ない捨て身の攻撃。
接近するほどに、灼熱の炎の熱がこちらに伝わってくる。
「ミア、俺がやる」
そう言ってミアのことを庇うように進み出ると、「わかりました」と背後から声が聞こえる。
それと同時に、俺の全身から莫大な魔力が溢れ始めた。
黒龍の血により効果が絶大となった状態での、身体強化。
これほど心強い支援魔法はなかった。
「任せましたよ、グレイくん」
その言葉に答えるように、俺は剣を高々と振り上げ渾身の一撃を放つ準備を整える。
大気中の魔力の全てを、この剣に捧ぐ。
あまりの負荷に、剣身がキリキリと悲鳴を上げる。
二撃は放てまい。
だから、これで決めなければならない。
ミアがここまで舞台を整えてくれたのだ。
最後は、俺が。
「かあっ!」
強く、強く踏み込みをかける。
地面が割れ、岩のかけらが飛び散った。
そして炎を纏う巨大な塊に向かって、剣を振り下ろす。
刹那、凄まじい轟音と共に二つの魔力が激突した。
衝撃に、大地が震える。
高温の炎と、硬質な鱗に阻まれた刃は勢いが殺されかけるが、さらなる踏み込みをかけてカバーする。
『──────!』
けれど、全力なのは向こうも同じであった。
負けじと咆哮し、ばさりと翼を振るう。
その瞬間、黒龍の巨躯が一気に前進し、俺は為す術もなく壁まで追いやられた。
それでもなお勢いは止まらない。
黒龍はさらに翼をはばたかせ、さらに加速する。そしてそのまま俺を巻き込んで、壁に激突し、突き破る。
「っう……!」
背中に激痛が走る。
岩壁を貫通しながら、突き進んでいるのだ。
前方からの攻撃を受け止めながら、背後から襲ってくる絶え間ない岩の衝撃に耐える。
身体強化で体が丈夫になり、かつ黒龍の血の影響で死ぬことはないとはわかっていても、何度か意識が飛びかける。
「ごふっ」
血反吐を吐きながらも、何とか剣だけは離すまいと力を籠める。
この状況から何とか抜け出す方法はないのか。
そう思った矢先、突如として俺は謎の浮遊感に包まれた。
意識が定まらぬまま、目に突き刺さるのは眩しい太陽光。
視界が徐々に澄み、目の前に広がったのは、地上の夕焼けの景色だった。
橙色と赤紫のグラデーションが空を染め、遠くの地平線では太陽が大きく、まるで溶鉄のように燃え盛っている。
下方に広がる荒々しい岩肌が剝き出しになった地形は、夕日の光を浴びて岩の凹凸が鮮明に浮かび上がっていた。
遠くには、まだ日の光を受ける山々のシルエット。
その稜線は鋭く切り立ち、荒々しくも美しい輪郭を描いていた。
不思議と、時の流れが遅くなったように感じる。
俺は剣を握る手に、改めて力を入れる。
灼熱の炎は、俺の魔力に押し返されその勢いを弱めていく。
ミレイシュが、ゆったりとした口調で俺に問う。
『最期に一つ問う。貴様らの名前は、なんだ』
思わぬ問いに俺は一瞬驚くも、すぐに口を開いた。
「俺は、グレイ。『小娘』の方は、ミア……いや、ミア・ドラコヴィッチだ」
その瞬間、龍の瞳が驚いたように見開かれる。
そして、ふっとわずかに口角を上げた。
『そうか、だからあの薬を』
その声は、先ほどまでの冷酷な彼女から発せられたと想像もつかないものであった。
まるでなにかを悟り、安心したかのような。
『見事であった。この命が果てても、我は貴様らを忘れることはないだろう』
その言葉と共に、黒龍の瞳が静かに閉じられた。
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