♦再臨

俺はただその場に呆然と座り込むことしかできなかった。


目の前で起きている現象を信じることができない。


死者の蘇生なんて、本来この世の理に反していることだ。


「グレイ、くん」


でも、間違うはずがない。


これはこの声は紛れもない彼女の声だ。


先ほどまで息絶えていた、心臓の鼓動を完全に止めていた彼女だ。


彼女の肌は冷たく、瞳は光を失い、呼吸は止まっていたはずなのに。


「ミア……お前、生きて、るのか」


かすれた声で、その名を呼ぶ。


「死んじゃ、駄目ですよ? 馬鹿なんですから」


ミアは俺を見ると、泣きそうな表情でそう言った。


「グレイくんまで死んだら、私が落ちた意味ないじゃないですか……って、きゃっ!」


俺は気が付けばミアのもとに駆け寄り、力強く抱きしめていた。


女の子らしい柔らかい香りと、柑橘系の匂いが鼻をくすぐる。

俺の記憶に深く刻まれた、ミアの香りだった。


脳がふわふわとしていた。


これは現実なのか、はたまた俺が夢を見ているだけなのか。

彼女に触れて、直接確かめたかった。


「生きてる……。嘘じゃ、ないんだよな」


「嘘じゃないです。私、生きてます」


彼女の温もりに、嘘偽りはなかった。


まぎれもなくミアだ。


そう認識した途端に、目からボロボロと涙が溢れ出す。


自分がした行動で彼女を傷つけてしまったことに対する情けない気持ち、謝りたい気持ち。


今まで自分がやろうとしていたことに対する呆れ。


死んでしまったものがこんなにあっけなく戻ってきてしまったことへの戸惑い。


いろいろな感情がこみあげてきて、心がぐちゃぐちゃになっている。


でも、真っ先に心に浮かんできた感情は。


「ミアが生きてて、良かった……!」


俺は涙を流しながら、より強く彼女を抱きしめる。


「もう、グレイくん。顔ぐしゃぐしゃじゃないですか」


ミアは呆れたように笑いながらも、俺の背中に腕を回してくれる。


とくん、とくんとミアの心臓の鼓動を感じる。


あたたかい。


このあたたかさが、俺の削れた心を癒してくれる。


「ごめん、ミア。俺、ミアにひどいことをたくさん言って、ミアの気持ちを否定する

ようなことを言って」


「はい」


ミアは、非難するわけでもなく、俺の謝罪を受け入れるように静かに頷いた。


「自己中心的な考えしかできてなかった。ミアの思いを、全く考えもせずに無責任なことたくさん言った」


「そうですね」


「ミアが落ちた瞬間、すごい後悔したんだ。謝ればよかったって、そう思った」


「知ってます。グレイくんなら、絶対そう思うでしょうね」


「だから……ごめん」


俺は腕の中にいるミアに、何度も「ごめん、ごめん」と謝った。


五回目の「ごめん」で、ミアは俺から体を離して、頭を撫でてくれる。


「分かってくれてありがとうございます。でも、そんなに謝られたら困っちゃいます。もう謝らなくていいですよ」


ミアの表情は優しさで満ちたものだった。そこに憎しみや怒りの色はどこにもない。


「何度謝っても足りない気がする」


「まったくもう……」


ミアは困ったように笑う。


正直ミアには何千回でも謝り倒したいくらいではあるが、これ以上やると怒られそうなので我慢する。


俺は涙を拭い「でも」と続けた。


「ミアに謝れてよかった」


俺は顔をほころばせ、彼女の頬に優しく触れる。


ミアはくすぐったそうに目を細めて「なら、よかったです」と頷いてくれた。


「さて、グレイくんとの感動の再会はここまでにしましょう」


ミアは俺の手をぎゅっと握り、その場にゆっくりと立ち上がった。


そして、ミレイシュの方に視線を送る。


「えっと、ミレイシュさんでしたよね。まずは私を生き返らせてくださってありがとうございます」


そう言って、ぺこりと頭を下げた。


ミレイシュは一瞬虚を突かれたような表情を見せたが、すぐに不快だと言わんばかりにため息をつく。


「はっ、誤解をするな。我はあくまで余興としてお前を生き返らせただけだ」


「そうですよね、聞きましたから。グレイくんを痛めつけて、楽しんでましたよね。だから私、怒っていますよ」


ミアは手に力を籠め、静かに怒りの炎を瞳に宿す。


対称的に、ミレイシュは面白そうに口元に笑みを浮かべる。


「ほう。まるで先ほどまでの我とそこの小僧とのやり取りを知っているような口ぶりだが」


「……だから私は、怒っているんです」


「あくまでタネは明かさぬつもりか。いいだろう。口先は達者でも、実際にはどうだか」


ミアはミレイシュの言葉に返事はせず、そのかわり自分自身に身体強化と体の動きを軽くする風魔法をかけた。


まさか、ミレイシュと戦うつもりなのか。


俺は慌てて立ち上がり、ミアの肩を掴む。


「ミア、待ってくれ。あいつは前の王国を壊滅させた黒龍なんだ。俺たちが勝てる相手じゃない」


「はい、分かっていますよ」


ミアは俺を見て、神妙な面持ちで答える。


なにかの覚悟を決めているように見えるが、その手は少し震えていた。


それを見て俺は、はっとする。


ミアも、怖いんだ。


俺は少しずつミレイシュの圧に体が慣れ始めたところだが、ミアは違う。


ミレイシュと初めて相対したときのようなあの圧倒的な魔力の圧をひしひしと受け止めているのだ。


これで戦う意思を折られないだけ、まだ良い方なのかもしれない。


「ここで戦っても、死ぬかもしれない」


「はい」


「それでも、ミアは戦うんだな」


「……はい」


ミアの声は小さかったが、確かな芯があった。


俺はこの短時間で、何度も心を折られている。


けれど、今こうして立つことができているのはミアが俺を許してくれたからだ。


謝りたいという俺の後悔が無くなったからだ。


今もなお変わらないこの絶望的な状況で、俺は想い人と共に立つことができている。


共に戦うことができる。


……孤独より、断然ましである。


なら今の俺ができることは、ミアを孤独にしない。


ただそれだけだ。


俺は一歩踏み出して、ミアの隣に立つ。


そして剣をゆっくりと構え、呼吸を整えた。


「俺も、戦う」


俺の決意の籠った声が、少しだけ空気を震わせる・


ミアは一瞬目を見開いたが、すぐに「はいっ!」と力強く頷いてくれた。


「二対一か。想定とは違う形にはなるが……いいだろう。まだあの違和感の正体が分からない以上、心が折れられては困るからな」


戦闘態勢に入った俺とミアに対し、ミレイシュは不敵な笑みを浮かべる。


気が付けば、彼女の背後には巨大な魔法陣が出現していた。


「こちらからいくぞ」


ミレイシュは背筋が凍るほどの殺気に満ちた魔力を纏うと、口から炎をこぼす。


蒼い炎。


かの王国軍を焼き尽くした、最恐の咆哮だ。


「ミア、防御!」


俺の言葉を聞いたミアは頷き、素早く魔法陣を展開する。


防御魔法の中でも上位の、防御結界を生成する光の魔法。


光の結界が俺たちとミレイシュを隔てる壁のように立ち上がる。


それを合図に、ミレイシュの業火の咆哮が炸裂し、空気を震わせる。


炎が結界に衝突すると、凄まじい衝撃がこちらに伝わってくる。


「なんて、力なの……!」


ミアは歯を食いしばり、両手を前に突き出し結界を維持しようと魔力を注ぐ。


とてつもない熱気で、額から汗が流れ落ちるのが見えた。


空気中の酸素がたちまち消費されて行き、息苦しささえ覚えるほどだ。


「防御という選択を取るのは、自分で死を選ぶのと同義であるぞ」


その言葉と共に、ますます炎の威力が増した。


ビシビシっと、結界に亀裂が入る。


このままでは結界が破られる。


「ミアっ!」


俺はミアに目配せすると、彼女も同じことを考えていたのだろう。

すぐさま回避特化の魔法を詠唱する。


「──────、──!」


詠唱が終わった瞬間、炎が結界を破壊する。

それより一瞬早く俺たちの体が霧のように霧散した。


「なるほど、その魔法も使えたのか。存外やるようだな」


炎の渦が壁に激突し、激しい爆発を引き起こした。


霧散した霧が再び人間の形へと集合し、元通りの姿になる。


ギリギリのところで回避することができた俺たちは、すぐさま体勢を立て直し畳みかける。


俺はミアの雷の魔法で強化した身体能力で、雷光のように地を駆ける。


「はっ!」


風を切る音と共に、ミレイシュの背後を取った。速度を存分に生かした俺の刃が雷を纏い閃く。


だが、彼女は振り向くこともせず炎で生み出した大剣でいとも簡単に攻撃を受け止めた。


火花が走り、空気が揺らぐ。


俺は殺気を感じ身を捩るが、彼女の蹴りが俺の脇腹を捉えた。


「がっ……!」


骨が軋む音がするとともに、内臓がぐらりと揺れる感覚が襲ってくる。


攻撃の威力を打ち消せないまま、俺は壁まで蹴り飛ばされた。


背中が固い岩の壁に叩きつけられる衝撃で、肺の中の空気が絞り出される。


ミレイシュは大剣を振りかぶり俺に追撃を放たんとしたが、それを阻止するようにミアの氷の槍がミレイシュを穿つ。


「はっ、舐めるな」


ミレイシュは空中に飛び上がり、槍を難なく躱す。


「それは、こちらのセリフです!」


ミアは瞬時に、ミレイシュの真上に重力の力場を生み出し、ぶつける。


轟音と共に、ミレイシュは地面に叩きつけられた。


煙が舞い、一時的に制限される。


俺はその隙にミレイシュと距離を取るため、一旦ミアのところまで後退する。


「やっぱり、俺が足を引っ張ってるよな。悪い」


「大丈夫です。グレイくんの足りないところを補うのが、私の役目ですから」


ミアは俺を元気づけるように、小さくガッツポーズをしてくれた。


そんなミアが妙に頼もしくて、俺も負けじと気合を入れ直す。


前々から思っていたことだが、やはりミアは魔法使いとしてかなり優秀なのだ。


本人はそんなことないと否定するかもしれないが、少なくとも素質はあるように思える。


魔法の扱い、それを駆使した戦闘での立ち居振る舞い。


鷲獅子に食らわせたあの炎魔法もそうだが、強力な技をいくつも扱える点においても頭一つ抜けているはず。


そんな彼女を手放した前のパーティーはつくづく勿体ないことをしたものだ。


とはいえ、その良さを俺が足を引っ張ってることで潰している気がしないではないけれど。


その直後、なにかが地面に落ちる音が聞こえた。


見ると、そこにはミアの意識がなかった際に飲ませた回復薬が入っていた革袋があった。


咄嗟にポケットにしまっていたのが落ちてしまったようだ。


「グレイくん、それ……」


俺が袋を取ろうとしゃがみ込んだところで、ミアがはっとしたような声を上げる。


「ミアが持っていた回復薬が入ってた袋だけど」


「中身は、どうしたんですか?」


「転落して死んでたミアを何とかしようと思って飲ませたんだよ……あまり効果がな

くて意味はなかったんだけど」


「えっ」


その言葉を聞いたミアは目を見開き、袋の中身を確認する。そして、「本当になくなってる……」と呟き、なにかを考えるような仕草を見せる。


「グレイくん」


「なんだ?」


ミアはじっと俺を見つめて来たかと思うと、おもむろに口を開く。


「……私を、信じてくれますか?」


そう言った彼女の瞳には、先ほどとは違う何かが宿っていた。


決意か、希望か、光明か。


その正体は分からないけれど、ミアの心に強い何かがあるのは確かだ。


「言われなくても、信じてる」


俺がそう応えると、ミアは嬉しそうに唇を緩ませた。

そんなやりとりをしていると、粉塵の中から濃密な魔力の気配を感じた。


すぐに剣を構え、新たな攻撃を警戒する。


「解らんな」


ミレイシュによる大剣の一薙ぎで、煙が晴れる。


彼女は何事もなかったように立っていた。


服こそ多少なりとも汚れているが、その肌には傷一つ付いていない。


俺は心の中で、ミレイシュがあの攻撃を食らっても微動だにしていないことに驚愕する。


「空間を歪ませるほどの重力魔法……小娘、お前は何者だ?」


彼女は眉をひそめ、不機嫌そうにミアに向かって問いを投げかけた。

それに対し、ミアはあっけらかんと答える。


「ただの田舎の村の出身の魔法使いです。でも、どうして私はあんな魔法を打てるんでしょうね。普段は失敗するのに、でも今はすごく調子が良いんですよね。不思議です」


ミレイシュは目を細め、何かを観察するかのようにミアをじっと見つめる。


だが結局何もわからなかったのか、深いため息をついた。


「また、疑問が増えてしまったな」


ミレイシュはゆらりと体を揺らす。


刹那。


彼女は、その姿を消した。


「っ!」


俺はほとんど勘で、ミアの目の前の空間に斬り込む。


刃と刃が擦れる、不協和音。


間一髪のところでミレイシュの攻撃を防ぐことができた。


俺はそのまま力を籠め、思い切り剣を振り抜く。


が、ミレイシュは後ろにバク転し軽々と回避。


そのままの動きで俺の顔をかかとで思い切り蹴り上げてくる。


「ぐうっ!」


脳天を衝撃が貫き、世界が揺れたような感覚がした。


一瞬白目をむき倒れ込みそうになるが、何とか気合で倒れまいと踏みとどまった。


まずい、先ほどから攻撃を食らってばかりだ。


何とかして反撃の一手を……!


俺は肩で息をしながら、剣を両手で握り直す。


口の中に、じんわりと血の味が広がるのを感じる。


「グレイくん、援護します!」

「わかった」


ミアは複数の魔法陣を出現させて雷撃を放つ。


それに合わせて俺は勢いよく地を蹴り、加速。


自身の魔力を高めると、剣身がミアの魔法の恩恵で紫電を纏い、火花が散った。


「はあっ────!」


俺は雷を宿した剣で、斬撃を放つ。


稲光のように速い斬撃がミレイシュの肩を走り抜け、鮮血が舞った。


「ちっ」


ミレイシュは舌打ちをするとすぐさま大剣を横に薙いで、迫る俺を断絶するように炎の壁を前方に打ち出した。


しかし俺は止まらない。


ミアは風魔法による突風を炎の壁に放ち、僅かな隙間を作る。


炎の壁に空いた穴の向こうに、ミレイシュの姿が見えた。


俺はすかさずそこに向かって斬り込んでいく。


ミレイシュその動きを読んでいたかのように、大剣をこちらに投擲し俺を近づけさせまいとした。


咄嗟に俺は顔を傾け剣を刃を立て、軌道を逸らす。


鋭い金属音が耳元を通過していった。


なんて馬鹿力だろう。少し剣が触れただけのはずなのに、予想以上の攻撃の重みで手がびりびりと痺れる。


その一瞬の隙を逃すまいと、ミレイシュは新たに生成した炎の刀で衝撃波を放った。


地面の岩が衝撃で削り取られ、空気が震える。


俺は溜まらずバックステップをして距離を取るも、攻撃を受け流しきれず後方に飛ばされる。


剣を地面に突き立てスピードを殺し、なんとか壁への激突は免れた。


「はあっ……はあっ」


やはり、強い。


俺一人じゃどうにもならないが、ミアとの連携で畳みかければなんとか活路を見出せるかもしれないとは思っていた。


でも、それでも圧倒的な力の前に俺とミアの力はほとんど役に立たない。


どうする、どうすればいい。


ミレイシュは肩の傷を癒しながら、今度はミアの方にコツ、コツと歩み寄っていく。


「重力まほ────」

「遅い」


ミアは再度重力の力場を生成しようと試みるも、いつの間にか背後に立っていたミレイシュに強烈な拳を叩きこまれる。


「~~っ!」


彼女の声にならない悲鳴が、俺の鼓膜を貫く。


魔法こそ優秀だが、肉弾戦ともなると魔法使いのミアに対応できるわけもない。



その小さな体は軽々と吹き飛び、地面をボールのように転がった。


「ミアっ!」


俺はミアのもとに駆け寄ろうとするが、ミレイシュがこちらをぎろりと睨みつけて動きを牽制する。


次動けば、殺すと言わんばかりの眼光に、体が金縛りにあったように動けなくなる。


ミレイシュは俺とミアに交互に視線を向けると、呆れたように深々とため息をついた。


「いい加減、この勝負も飽いてきた。単調な攻撃、ただ威力の強いだけの魔法。これ以上のものが貴様らに出せるというのか?」


その口調は、もはや俺たちに興味を失ったかのように無機質なものだった。

確かにミレイシュの言う通り、俺たちにはこれ以上のパフォーマンスを出せる気がしない。実力の限界。


圧倒的強者から吐き出された正論に、俺は歯噛みし拳を強く握りしめる。


「貴様には我の力の一端を与え、小娘には新たな命さえも与えた。にもかかわらず、貴様たちは我に何も還元しない。疑問を解決するためにこれだけの機会と時間を費やしたが……無駄骨だったようだ」


ミレイシュの瞳には軽蔑と呆れ、そして静かな怒りが滲み出ていた。


そして、彼女の背後に魔法陣が形成される。


先刻の、咆哮を再び放とうとしているのだ。


「これで終いにしようぞ。喜べ、まずは貴様の想い人から屠ってくれる」


「なっ……」


ミレイシュの体から、おぞましい量の魔力が噴出する。


始めに打たれた咆哮より、何倍も大きい規模だ。


空気中の魔力が震え、猛烈な吐き気が俺を襲う。


地面に倒れ込んだミアは気絶しているのか、ピクリとも動く気配がない。


まずい、まずいまずいまずい……!


俺は這いずってでも、ミアのもとに向かおうとする。


「やめろっ……」


俺は苦し紛れに言葉を絞り出す。


が、もちろんそんな言葉を言ったところで何かが変わるわけでもない。


一秒、また一秒と時が流れるにつれ、魔法陣にみるみる魔力が収束していく。


「やめてくれ、本当に……」


ミアに向かって手を伸ばす。


頼む、せめて顔だけでも。


そんな心の願いも虚しく、ミレイシュはついに魔法陣を完成させた。


「手加減はなしだ。死ぬがいい」


炎がミレイシュの口から漏れ出した。


ゴウ、と灼熱の炎が空気を熱し、周囲の気温が急激に上昇する。


皮膚がチリチリと焼けるような感覚。


吸い込む空気までも、体を内側から焼くような熱を帯びている。


「やめっ──────」


次の瞬間、俺の視界は閃光に呑まれる。


爆炎に周囲が焼き尽くされ、激しくうねる炎がミアを一瞬で飲み込んだ。


続けて凄まじい熱波と、衝撃波が俺を襲う。


爆風に吹き飛ばされないように必死に地面にしがみ付き、なんとかミアの安否を確認しようと必死に目を凝らす。


だが、ミアの姿を捉えることはできない。


「ミア……!」


やがて炎は収まり、改めてミアのいたはずの方向に目を向ける。


が、当たり前というべきか。


ミアは髪一本も残らず燃やし尽くされ、どこにも残っていなかった。


かわりに、ミレイシュの炎の咆哮により抉り取られた岩肌と、壁に穿たれた巨大な穴がそこにあるばかり。


「そ、んな」


ミレイシュの高温の炎の残り火が、ところどころ地面に残っている。


それだけでも、先ほどの魔法の威力を物語っていた。


「さて、これで面倒な後衛は消した。次は貴様だ」


ミレイシュはいつの間にか、倒れ込む俺の前に立っていた。

冷酷なまなざしで、俺を静かに見下ろしている。


「ミアは、死んだのか」


俺がぼそりと呟くと、ミレイシュは興味がなさそうな表情を浮かべて「そうだな」と肯定する。


「また、死んだのか。……そっか、死んだのか」


心がギュッと締め付けられる。


一日で死を二回も体験することになるとは夢にも思わなかっただろう。


けれど、ミアが死んでもなお俺は涙が出なかった。


涙はとっくに枯れ果てている。


絶望もしたし、死にたくなるほど苦しい思いもした。


だから、もう何もかもがどうでもよかった。


悲しいという気持ちも、全部消えてなくなっていた。


諦めとも言い難かった。


強いて言うならば、無感情。


目まぐるしく流転していく現状に、心が追い付かなくなったのかもしれない。


俺の心は、ボロボロに近かった。


「ははっ、そうか……そうかよ!」


思わず乾いた笑みがこぼれる。


それと同時に、気が付けば俺の体は剣を振るっていた。


「ああっ、ああっ……あああっ‼」


ただ力まかせに、策略もなにもない、幼稚な剣。

縦に、横に、ひたすらに剣を振り回すだけの攻撃。


「呆れたな」


ミレイシュは軽蔑するようなまなざしで、淡々と俺の攻撃を避ける。


そして、腕に灼熱の赤い炎を纏い、固く拳を握りしめた。

拳の炎がミレイシュの莫大な魔力により増強され、激しく燃え盛る。


「塵となれ、名もなき剣士よ。ここまで耐え忍んだことだけは褒めてやろう」


ゴオオ、と炎がうねり、空気中の魔力を燃焼させる。

ミレイシュは目を細くし、心臓へと狙いを定める。


「死ね」


炎が爆縮し、目にもとまらぬ速度で拳が放たれた。




───その刹那。眩い閃光が俺の前を駆け抜けた。


「っ!?」


目の前のミレイシュの体を幾重もの光線が貫き、彼女を向こうの壁まで吹き飛ばした。


俺の視界に、見慣れた青髪がふわりと靡く。


「名演技でしたね、グレイくん」


目の前に立っているのは、先ほど目の前で蒸発したはずの、ミアだった。

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