第18話 きょうせい
「シャワー浴びたいわ! ランドリーも、着替えも必要よ! あと靴!」
駅舎に戻ってそうそう、ベイズがわめき出した。そして、言い終わってすぐに外に疾風のように駆け出して行った。と、思ったらすぐに帰ってくる。
「なにも変化ないわ!」
そう言うなりソファに倒れ込むベイズ。
「最低限しか助けてくれないってこと? それとも、願いは三つだけとか」
冗談めかして言ったけど、ベイズは疲れた表情をわたしに向けて言った。
「それなら最初に言って欲しいわ。ランプの魔神だって最初に教えてくれるじゃない。最初にファミレスと店員さん出して、って言えば良かったわ!」
「それはさすがに無理じゃないかな」
人まで出せたらさすがに怖い。いや、まって。下手したら人も出していた。わたしそっくりの、感情が感じられないあの子。
「ねぇ、ベイズ。わたしそっくりのあの子さ」
そう言い終わるか終わらないかのうちに、ベイズがガバッと顔をあげた。
「そうだわ! あの子、また来るのかしら。聞きたいことが山ほどあるの」
「うん、急にいなくなっちゃったけど。あの子は、別次元のわたし、なのかな」
見た目がわたしとほとんど同じだったと思う。別の次元の私であるコペンやベイズと比べても、その似てる度は際立っていた。
「違うと思うわ。わたしの見立てではね」
腕組をしながら、ベイズが言った。
「違う?」
「そう。あの子、『あきたんコピー』はね、ん、長いな。呼びやすく『リン』とするね」
また、ベイズの名付け癖がでたな、と思ったけど口にはださなかった。実際、呼びやすいしね。名前の由来とか知らないけど。
「で、そのリンなんだけど」
ベイズが続けた。
「あまりに異質なの。感情なさそうな表情や声のトーンとか、声掛けへの反応とか」
たしかに、リンはすっごく不気味だった。人間って言うよりは、ロボットみたいだった。
「リンは次元が生み出した存在だと思う。わたしは。トイレや自販機と同じでね。ラブロック次元が、最初からあきたんを標的にしていたかは分からないけど、あきらかにリンは、あきたんの方に興味があるみたいだった」
ベイズはわたしをまっすぐ見つめ、続ける。「だから、コミュニケーションしたかったんじゃないかな、あきたんと」
「わたしと?」
わたしはリンの事を思い浮かべた。敵意はなかった、と思う。わたしをじっと見つめていた作り物めいた瞳は、無機質だけど綺麗だった。ガラス細工みたいな。わたしはあんな眼していないだろう。
なるほど。たしかにわたしになにか伝えたいか、聞きたかったのかも知れない。わたしの真似をしていたのは、言葉を覚えようとしていた?
明日、また来るかな。外は暗くなってきた。ベイズに聞いたら、まだ18時まえだったけど、暗いとなにもできないわたしたちは、そうそうに休むことにした。
夢を見ていた。
夢の中のわたしは宇宙だった。
宇宙がわたしだった。
わたしの宇宙には、わたしと相互理解し合える存在は生まれなかった。
それでも、わたしにできることがひとつだけあった。
それは、ほかの可能性を覗きみること。
仲間の宇宙には、知的生命体が存在するところもあった。
わたしは、そんな知的生命体の営みをずっとひとりで眺めていた。
それはながいながい時間だった。
知的生命体は、人間といった。
しかし仲間の宇宙でも、人間と対話できるものはいなかった。
わたしと対話できる宇宙はいなかった。
人間と対話できる宇宙はいなかった。
孤独だった。宇宙はみな孤独だった。
「あきたん、起きて。あきたん」
声がする。優しい声だけど、なにかちょっと焦ってる?
「あきたん、起きてってば」
「わたしは、うちゅう?」
「何言ってるの! 起きて!」
う〜ん。わたしは眼を開ける。ほのかに明るい光が飛び込んできた。なにか妙なことを口走ったような気もする。
「起きた? あきたん」
「ん、ベイズ?」
目に前にはベイズの顔があった。違う次元の、わたし自身。わたしのひとつの可能性?
あれ、わたしって宇宙じゃなかったっけ?
「あきたん、リンが来てるわ」
「えっ」
わたしは一気に夢から現実に引き戻された。リンが来ている? わたしのそっくりさん。ガバッと跳ね起きる。
たしかに、そこにはリンがいた。なんだか曖昧な笑みを貼り付けていた。無理して笑っている子供のようだった。けど、昨日みたいな能面のような、氷のような表情ではなかった。
「おはよう」
わたしはリンに言った。リンの眼が本当に微かに大きくなった。注意してみないと分からないくらいの変化だった。
「おはよう」
昨日の、無機質な、出来の悪い合成音声のような声とは少し違った。そこにはたしかに、感情の初露のようなものがあった。
「お話しにきたの?」
わたしはできるだけ優しく問いかける。
「お話しにきた」
会話が成立した。オウム返しとはちがう、明確な意志の現れ。
「わたしは戸叶アキラ。あなたは?」
「わたしは、わからない。あなたはわたし」
ん、少し意思疎通ができ始めたと思ったけど、また分からなくなった。
「わたし、名前、アキラ」
少しずつ区切って言って見た。小さい子に話しかけているような気分になった。チラっとベイズを見ると、なんだか難しい顔をしていた。
「名前」 と、リン(仮称)が答える。本当の名前があれば、『リン』という名前は必要ない。
「そう、名前、あなたの」
また、ゆっくりと伝える。あなたの名前を教えて欲しいと。
「あなた」
リンが言った。
うーん、どうしたものか。話を先に進めたいんだけど。
「あなた、『リン』」 わたしはリンを指さして言った。あまり人を指さしたくないんだけどね。
「リン」
「そう、リン、あなた、なまえ」
「わたしリン」
良かった。どうやらわたしの意図は通じたみたいだった。
「リン、あなたひとり? ここには他に人間はいないの?」
「他に人間いない」
まだちょっとたどたどしいが、これはオウム返しでは無いと思う。多分。
リン言うことは鵜呑みにはできないけど、他に人はいない。思った通りだったので驚かない。リンが知らないだけかもしれないけど。ベイズはわたしたちの会話(?)口を挟まず、観察するようにわたしたちを見ていた。
「リン、あなた、わたしに、用事?」
「あなたに用事」
「それは何? ……用事は、なに?」
本当に会話が通じているか分からなかったけど、会話っぽくなってはいるからこのまま続けてみよう。
「きょうせい」
「え、なに?」
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