第5話 次元間通信装置〜

まったく、なんなんだ。違う次元の『わたし』を名乗るあの子。もうさ、何度も目の前に瞬間移動してきてるのを見ているから疑いはしないんだけどさ。急にくるのはいいんだけど、(よくないけど)。

とにかく、急にいなくなるのはなんだよ! あと、靴返せ!


  あの子が急に消えてから、なんだか物足りない生活を送っていた。

え、いや待て! わたし、あの子が来なくて寂しいの? 認めたくはないし、きっと気の迷いだ。そう、あの子は幻だったんだ。 幻を見る前の、次元がどうの宇宙がどうのなんて話とは関係な、普通の生活に戻るだけだ………。そう、普通のね。学校に行って、友達とおしゃべりして、家に帰ってきて、ひとりで過ごして。

そんな、今までの生活に戻るだけだ……。あーもう、なんなんだよ! なんでわたしが、こんなにあの子の事を考えなきゃならないんだよ!そんな事を考えながら、家路を急いでいたわたし。

  夕暮れの橙が、藍色の夜に溶け込んでいく。家の近くまで来て、あることに気づいた。あれ、わたしの部屋の明かりついてない? お母さん? いや、お母さんだとしても、わたしの部屋の明かりだけが点くなんて無いはず。 

意識せずに早足になる。鍵を開ける手がおぼつかない。まさか、あの子? ドアを乱暴に開けて、中に入った私の目に飛び込んで来たのは、「うぁっ!?」  目をまん丸にして驚いている、『別の次元のわたし』だった。



「アンタね! 黙っていなくなってどういう事」

  わたしが腰に手を当てながらがなる。

「そんなに怒らないでよぉ。ちょっと次元跳躍装置がエラー吐いてさ。戻れなくなるかもって焦って跳んじゃったんだ」

  彼女はちょっと涙目で答えた。  戻れなくなるって、大変なことじゃない。そう言われてしまっては、わたしも返す言葉がなかった。

「それは……。そうなったら、大変だけどさ」 

急にトーンダウンしてしまう。

「うん。ごめんね」 

神妙な顔で俯く彼女。そんな殊勝な態度とられたら、わたしにはもう何も言えなかった。

  彼女は上目づかいでわたしを見ていたが、急に元気になって言った。

「そういうわけで、コレを作って来ました! じゃーじゃーじゃーん。次元間通信装置〜」

妙に音が外れた節をつけながら言った彼女が持っていたのは、分厚いくて黒いスマホのような機械だった。普通のスマホの5倍くらいありそうだ。続けて彼女が言った。

「これはスゴいよ! これは量子テレポーテーションを利用した次元間で通信ができる装置なんだ。今回心配かけちゃったと思って、大急ぎで作ったんだよ」

  なんというか、ネーミングがそのままだった。

  それはともかく、神妙なのは一瞬だけで、またすぐにいつもの調子に戻っている。でも、こうじゃないとわたしも調子狂っちゃうしね。

「へー、コレどうやって使うの」

  諸々のツッコみは封印してわたしは聞いた。

「ふふん。今から実験するね、まずはスイッチを入れてね」

  そう言いながら、分厚いスマホを裏返してスイッチを押す。電灯のスイッチみたいだな、とわたしは思った。

  すると、ザザッというノイズが走った。

「いい? 次元はもう調整済だから、なにもいじらなくていいの」

彼女が装置を手に持って、振りながら言った。

「ただ、スイッチをいれるだけ。おっ手軽ゥ」 

ノリが軽かった。結構すごいことなんじゃないのかな、コレ。彼女が続ける

「おーい、聞こえる? 『わたし』」  すると、スマホから声が漏れ出てくる。

『……はぁーい。こち……たしでぇーす。……ざざー』

  今のざざー、は口で言ってるな。それはそうと、実際に声は聞こえたけど、口調的にはどう考えても彼女だった。

わたし、担がれてる? ただ録音しただけなんじゃないの。

「これ、録音しただけじゃん」

と、思わず口をついてでた。

「違うよー」と口を尖らせながら、「ちゃーんと、『わたし』をスタンバイさせてるの」そして続けて、「ほら、なんか話してみなよ」

  と、わたしに分厚スマホを寄越してきた。

  えー、何を喋ればいいんだ。

「ね、ねぇ。本当にアンタなの?」

  言うに事欠いてこれである。急に渡されても困るって。

『そうでぇー……。ざざー……』 

明らかにやる気のない声。ノイズに混じって、自分でもざざー、と言っている。

「ねぇ、なんでそんなにやる気無いの?」

『……それはぁ。……すぐ……実験……失敗……るから』

「え、何? 失敗?」 

音声が不明瞭だった。こっちの彼女も怪訝そうな顔をしている。

『…ん……にー……ち……ゼロ』 

その言葉を最後に小さくプツッと音がして、ノイズだけが響く。

「うそでしょお!?」

  彼女が焦ったように分厚スマホをわたしからひったくった。そして何やらぴっぴこ操作していたが、ついぞそれが繋がることはなかった。

「がーん」と彼女。  なんか会う度にアホっぽくなってるな、この子。次元跳躍とかポンポンしてくるくせに。

「ねぇ、それよりさ」  わたしは気になることがあった。

「さっき電話にでたのって、本当にあなたなの?」「電話じゃなくて、多元宇宙通信機!」

  次元間通信装置じゃなかったっけ。適当だなぁ。

「間違いなくわたしだよ。わたしは自分の次元に帰る時には跳んだ場所、跳んだ時間に戻るようにしているからね。きょう、わたしがここに来てから二十分経ってるからね。わたしも帰ってから二十分待ちぼうけかぁ。失敗するって分かってるのにな。あ、だからやる気なかったのかわたし」

「へぇ? どういう事?」

  わたしの頭は『???』で埋まる。言ってることが分からないのは、いつもの事だけど。

「だからぁ、わたしは自分の次元の跳んだ時間に戻るんだよ。それで、わたしとあなたの次元は重ね合わせ状態だから、同じ時間が流れているんだ。戻ったわたしは、向こうで二十分待てば、いま、ここにいるわたしに時間的に追いつけるんだ」

「え、じゃあ、あなたはこっちで過ごしている時間、得してるの?」

「うん、まぁそういうことになるのかな」

「ええー、いいなぁ。朝もうちょっと寝ていたい時とか、こっち寝られるじゃん」

「なに言ってるの?  そんなくだらない理由で次元跳躍できるわけないでしょ」

  きーっ。友達いないからツーショット撮りたいとか、ペプシの味を調べに来たとか、そんな、そんな超・くだらない理由で次元超えてくるヤツに言われるとはッ! 

とりあえず言いたいことは胸にしまって、頭をいっぱつ、ペシッと叩いてやった。 



後日の朝、急に次元を超えてきて、「あと5時間だけ……」とわたしのベッドにもぐり込んできたことは、この際は語らないでおこう。  


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