第3話 夜の学校
日曜日の夕方。誰もいない家で、ベッドに転がりながら、 気まぐれに一枚、タロットなんぞ引いてみた。
引いたカードは、ワンドの8。 うーん。なんか起きそう。なんか起きるとしたら、『アイツ』が来るとか。いや、まさかね。
自嘲気味に「フッ」と笑ったその瞬間、ベッドサイドの空気がうわんとひずむ。そして、
「大変大変、たいへんだよ!」
さわがしい『アイツ』がやってきた。
何となくタイミングでわかってしまうのが腹立たしい。
別の次元の、わたしらしい。
「わたしにとって、アンタの存在が大変なんだよ! 帰れ!」
言いながら、彼女の頬を両側からふにーっとつぶす。
「ひふぉひ(ひどい)!」
おお、めっちゃやわらかい。タコみたいな顔してら。わたしもこんなやわらかいんかな。
「ふぁなひふぉひいへー」
多分、話を聞いて、かな。なんかおもしろー。なんて言ったらまた調子に乗るから黙ってよ。
今度はほっぺをつかんで横にひっぱる。
「はひふんふぉー!」 うーん、なにすんのー、かなこれは。いやぁ、しかし伸びる伸びる。上下左右にひっぱって遊ぶ。
うーん、楽しいかも。
「ひょっほー!」
アイツが、身体をねじってわたしから逃れる。 手の届かない場所まで退き、頬を守るように両手をあてて、わたしをにらんでいる。
はっはっは。迫力ないなぁ。せいぜい猫が威嚇しているくらいにしか感じないね。まてよ、ちょっとわたしよりつり目のコイツが迫力ないなら、わたしも迫力ないって事になる。
やめよ。なにをいっても自分に返ってくる。
「わたしのほっぺは、おもちゃじゃなーい!」
いーや、おもちゃだね。さんざん迷惑かけられたんだ。これくらい遊んだってバチは当たらないよ。「もう! ぜんぜん話がすすまないよ!」
腰に手を当ててぷりぷりしてら。怒ったって以下略だ。
「わかった、わかった。話を聞いてやるから言ってみな」
さんざん遊んでやったから、そろそろ話を聞いてやるか。わたしは寛大だからなァ。
アイツはちょっと腑に落ちなさそうな顔をしていたが、結局話したくて仕方ないようで口を開いて語り出す。
「この前さ、君の学校に次元移動の座標を記録したろ。そのとき、実は自分の次元に帰らなかったんだ。ちょいと消えて、帰ったフリをしただけなんだ」
は、なんだって? 消えられんの、アンタ。それに、あの時帰って無かったって? 初耳だぞ。言いたいことはたくさんあるが、いまは話を聞いてみよう。
「それでさ、そのまま君の学校にとどまって、色々見学してたんだ」
ふんふん。あとでほっぺが無くなるくらいひっぱってやる。
「音楽室を見つけてさ、ピッキングして中に入ったんだけど 」
いーやぁ、手癖わるっ。まぁ、次元跳躍装置を作るくらい器用なのはわかるけどさ。これ半分犯罪だろ。いや、全部犯罪か。
「そしたらさ、なんかいるの中に」
「なんかいる? 何がいたの」
なんか要領を得ないなぁ。
「影」
「かげ?」
「そう。なんか影みたいなのがさ、音楽室の中を右往左往していてさ」
なんか、その言い方だとあんま怖くないな。影が戸惑ってるみたいじゃん。
「いやー、怖かったよ」
は? 終わり? 話へたすぎだろ!
「結局、音楽室で幽霊見たってこと?」
「そうそう。幽霊幽霊」
なぁんかな。コイツの言うことだから話半分、いや、話一割で聞く方がいいな。どうせ、車のライトが上向きだったとか、月明かりの加減とか、そういうくだらない話でしょ。
「だからさ、確かめに行こうよ。一緒に」
「へぇっ?」
いけない。予想外の方向からきたもんだから、間抜けな声がでちったじゃん。いまから? 学校に確かめに? いくわけないでしょ。
まー、ちょっと。ちょっとだけ興味が無いわけでもないんじゃない。そういう話きらいじゃないし。でもなぁ。日曜の夕方超えて、もう夜だぞ。学校に忍び込んでバレたら、普通にタダじゃすまないぞ。「行かないっていうより、無理だよ。先生たちもいないだろうし、警備入ってるって」
至極まっとうな意見だな。ま、これが大人の対応ってやつ。コイツみたいなお子様にはわからんだろうけど。
あーあ、つまんない大人になっちまったなァ。
「ふっふっふ」
ん、なんだ。頭がどうかしちゃったか。くだらない事で、次元を超えてきすぎなんだよ。
「警備システムならおまかせアレ! 今日のびっくりガジェット! てーててーて、ててててー。その名も『セ〇ム無効化くん』だ!」
「やーばいでしょ。それ」
機能も、ネーミングも。あと効果音(?)も。見た目はチープなハンディサーキュレーター。どうすんの、そんなので。
「なにこれ。扇風機?」
「扇風機じゃなーい! これは警備システムを無効化するすんごいガジェットなんだ。システムが異常を検知しても、量子ビットを操作して、暗号化された通信を瞬時に『異常なし』にしちゃうんだ。ま、量子論をマクロ的に適用できていない君の原始的な次元じゃ、実用は無理だけどね!」
……なに言ってんのか全くわからんけど、ムカつくことだけは分かった。
「でもなぁ」
バレたら完璧に犯罪者だ。そんなリスクを負ってまですることじゃないよ、こんなこと。
というわけで、学校の前まで来てしまった。
あー、もう。ほんとになぜなんだ。でもさ、夜の学校、音楽室の幽霊。踊り場の鏡、十三段に増える階段。心惹かれないと言ったら嘘になる。
ちなみに今回も靴は貸し出した。わたしの靴が無くなっちゃう。
いや、しかし。ほんとに機能するのか、『セコ〇無効化くん』は。まじで機能した方がよりやばい気もするけど。
わたしたち二人は、人目を避けるようにコソコソと昇降口へ。あたりには誰もいない。猫の子一匹だ。猫みたいなヤツは隣にいるけどね。
ここまでは、まぁ順調だ。でも、当然出入口には鍵がかかっている。
「どうすんの。物理的な扉はさ」
「まぁ、任せてよ」
そう言って彼女はどこからかヘアピンみたいなものと、先細ったヘラのようなものを出した。両方を鍵穴に入れ、カチャカチャやっている。
これまで見たことのないような、それはそれは真剣な表情だった。
こんなことに真剣になってどうすんだとツッコみを入れたいところだが、それは野暮ってもんだね。 カチャカチャ。カチャカチャ。カチャカチャカチャ。カキンっと小気味よい音を立てて、どうやら鍵が回ったらしい。
わたしは正直引いていた。やばぁ、犯罪者じゃんコイツ。
鍵あけ自体はアナログ? な感じだった。コイツの事だから『次元ガジェット、形状記憶合金鍵!』とかやるのかと思ってた。それは置いといて、まじでピッキングしやがった。
「開いたね」
彼女はわたしを横目で見ながらニヤッとニヒルに笑う。こんな表情、見たことない。まぁ今回だけは、頼もしいじゃんと思ってやろう。
「いまだ! セコ〇無効化くん起動!」
彼女が叫んだ。アホか、叫ぶな! わたしは慌てて周囲を見渡す。ふぅ、誰もいないな。と思ったその瞬間、何かが視界を横切った、気がした。
「うーん?」
わたしはジッと暗がりを見つめる。何もいない。気のせいか。
「じゃ、開けるよ」
彼女はそんなわたしの様子に気づかずに、扉に手をかけた。手に持った扇風機が回っている。
「扇風機じゃないって」
なんも言ってないんだが。
と、彼女が扉を少し開けた瞬間だった。 ふぃーいーん!!!
と、大音量でアラームが鳴る。
「お、おい。話が違うぞ」
めちゃくちゃ焦るわたし。
「あ、あれぇ。おかしいな」
彼女は扇風機をカチカチいじっていたが、やがて。「あ、ダメだこれ。じゃあまたね」
と、腰の装置をいじったと思ったら、あっという間に闇に溶けて消えていった。
は、はあああぁぁああ!!?? ふざけんな! どーすんだよ、この状況!
くっそー! もう二度と、オマエなんかにかまってやんないからなー!
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