「書籍化おめでとう」をいつか俺も

白神天稀

「書籍化おめでとう」をいつか俺も

『書籍化おめでとうございます!』



 もう何十度目にもなるメッセージを、僕はタイムラインの投稿に送った。



「陸タコ焼きさん、ついに本出るんだなぁ! 追っかけてきて良かった。発売日リマインドしとこ」



 陸タコ焼きさんは学生時代から相互フォロワーだった仲だ。お互いに感想を送ったり、作家談義や即売会も一緒に回ってきたいわば戦友と言って良い。


 今となっては少なくなってしまった、俺の数少ない作家同期。そんな彼がついに、プロデビューすることになった。

 知る限り、彼が最後のアマチュア同期だった。



「牛本先生はコミカライズ化で、クラッスラさんはシリーズも四作目。空地の鎖先生とか、『このラノ』に去年ノミネートしてたしな」



 この業界は学生デビューの作家も多い。アラサーに片足を踏み込んだ俺と同い年の作家は、書籍化作家がゴロゴロいる。

 大学を卒業したと同時に、若手の称号も消えるのだ。



「お、プラチナばぶる先生、またバズってる。新作は……『人妻好きの俺、彼女の母親と関係を持とうとしたらNTR絶許お父さんに誘拐されて今、パナマでヤギと挙式中です』って、タイトルから既に面白いの反則だろ。ぷっ、あっはっは」



 もちろん書籍化だけがゴールじゃない。

 面白い作品を書き、全力で読者を楽しませる作家も大勢いる。タイトルだけでも人を笑わせられるというのは、文字のエンターテイナーとして重要な本質だと俺は思っている。


 だからこそ、安っぽい嫉妬なんて吹き飛んでしまうほど俺は小説家たちを尊敬している。全員が眩しい星で、追いかけたくなる背中をしている。



「ふっふふ、ふぅ。俺も気張んないとな……さて、『いもいも』の反応でも見ますかー」



『お芋好きな妹はあいも変わらず買いモノする』は俺がWebサイトで連載してるラブコメの最新作。

 前作の反省を活かしつつ、完結まで毎日投稿し続けた自信作だ。



「一昨日完結したし、ブーストでランキング載れても不思議じゃ……」



 期待のまま、作品ページに飛んで伸び率を確認する。ページを更新して数秒後、少し弾んでいた肩をスッと下ろした。


 昨日から動いていない閲覧数と、最終話の読者の数が俺を見つめる。失礼がないよう、頑張って微笑んでみた。



「最終話、四人か……うん。前回より一人増えた」



 作品の新しい改善点、投稿ペースとタイミング、タイトルのインパクト。どの要素が受けなかったのかとつい考えてしまうが、今だけは忘れる。



「それでも評価は増えてきたかな。前の作品より数ポイント上がってる」



 言い聞かせることで自分に優しくしてやる。子供の漢字テストを褒めるように。



「六年書いて、作品数も五十超えてきた。これは結構成長できたんじゃないかな!」



 作品一覧画面の上部と、下書きデータの容量が支えだった。目に見える形で残っている成果が背中を押してくれている。

 そして読んでくれた一人一人を、忘れることなく数え直す。



「お、ムロさんの通知じゃん! もう時間だったか。確認しないと」



 右上のベルマークアイコンに赤丸が付く。毎日午後六時に必ず付くその通知は大抵、ムロさんの更新か新作の通知だった。


 リンクから上がった最新話を早速巡回しにいく。昨日と変わらず、いやそれ以上のクオリティの話が平日水曜に上げられている。



「いやあ、ランカーさんは凄いよな。筆は早いし、新作出す度に人気爆発してる。そしてちゃんと面白い!」



 最新話を読み終えてから、無意識にムロさんの作者画面を開いてみた。ただそこに掲載されていた作品数は、思っていたより多くはなかった。



「……まだ、十作も書いてなかった、か」



 その中で二作ほど【書籍化】の文字がタイトル先頭にあった。ウィットに富んだタイトル群はスクロールであっという間に最下部へ到達してしまう。


 初掲載作は去年の夏の日付。だが綺麗に完結済の文字はある。

 そしてどれも、自分の作品じゃ見たこともないような評価やコメントで溢れている。


 まだ未読だったその作品を、勢い任せに早速一話から読み始めた。



「……おもしれ。初投稿、一話目から楽しいや」



 渇いた声は本音を添えて零れる。潤っている筈の喉は、なぜかその言葉で切り傷を負う。



「凄いよなぁ、書籍化。いつか、俺も」



 虚ろな目でスマホを傾けていた。最中、目の前を覆うように新たな更新通知がポップアップで表示される。

 活動ノートの題名が太文字で画面中央に出現した。



『活動休止のお知らせ』



「えっ、な、ムロさん急に!? そんな、せっかくこんなに人気なの、に……」



 何かあったのではと、急いでそのリンクから飛んだ。その先のメッセージには、短い報告だけが載せられていた。



『半年間、更新を休止させていただきます! 共テ終わりか合格発表のタイミングで投稿を再開しようと思いますので、よろしくお願いします!!』



 あまりに青く澄んでいて、眩しさが目に沁みる報告だった。



「……まだ高校生だったんだ」



 スマホを握る指先から力が抜けそうになる。そこで深く息を吸い込み、焦る心臓を抑えつけた。



「受験勉強でムロさんも頑張ってるんだ。俺も書かないと。最近インプットも出来てないから、そこも仕入れないとな」



 積読していた本とブックマークした小説を漁ろうと思った矢先、今度はサイト外の通知が流れてきた。


 珍しくそれはメールで送られてきた報せだった。



「同窓会のお知らせ?」



 しばし固まった後に、読み上げた言葉の意味を理解した。



「うわ、もうそんな時期か? やべ、今月資料買い過ぎて金欠なのに」



 立て続けに画面は通知を鳴らす。今度は通話のコール音を伴って。


 電話ボタンと猫のアイコンに並んでいたのは、大学時代の友人の苗字だった。



「狭山? 懐かしっ! 卒業以来じゃなかったっけか」



 緑ボタンをスワイプすると、聞き馴染みのある男の声がデジタルで出力される。



「はーい、もしもし。元気してたか狭山~」

「お、久しぶりー。さっきの同窓会の連絡見た?」

「ちょうど確認してたとこ。俺すっかり忘れてた」

「俺も。金も服も用意してなかったわ」

「それな。金まったく残してなかった」



 最後に話してから何年も経っているというのに、その会話には昨日まで会っていたような安心感があった。

 手に抱えていた本を棚に戻してから、椅子に深々と腰を下ろす。気づけば発泡酒を開けていた。



「どうする、狭山参加する?」

「俺は、やめとこうかな」

「えーマジ? ちょっと出費厳しいけど、俺は行くつもりだぜ。参加費足んなかったら、狭山の分も出そうか?」

「いや、参加費ぐらいはあるけど、そうじゃないんだ」



 初めは狭山も変わらないな、なんてことを言うつもりだった。だがその様子は明らかにあの頃の彼とは印象が違う。

 記憶の中にある陽気で底なしにアクティブな友人ではなく、電話の向こうには憂いを帯びた声の主がいた。


 何があったと聞く前に、狭山は重苦しい声音で告白する。



「俺、先月で仕事辞めたんだよね」



 疲れ切った男の声は安いスマホのスピーカーからでも鮮明に聞き取れた。



「辞めたって、転職するとか?」

「いや、辞めただけ。仕事は決めてなくて、とりあえず実家帰る」

「そう、か。話すの無理じゃなきゃ、聞こうか?」

「大した理由じゃないよ。普通にパワハラと仕事が合わなくて、ちと病んだだけ。今は薬飲んでるから平気」



 こういう時になんて声をかけてやれば良いのか、考えても一向に思いつかなかった。言葉を商売道具にしている人間がこれとは呆れたもんだ。


 狭山は流れ出した水の如く語る。



「酷い時は今日生きるのでも精一杯で、明日のことも考えられなかった」

「っ……」

「先輩にはいつまでも追いつけないし、後輩の方が仕事出来てさ。俺が働く意味、何か分かんなくなっちゃってさ」

「……辛い、よな」

「けど、死にたくはなくて! せっかく平和に生きてこれたのに、この程度のことで死ぬのは、馬鹿らしく思えてさ」



 その言葉で一つ思い出した。

 狭山は大学時代、履歴書に書くためのボランティア活動に参加してた。アフリカに炊き出しと井戸作りに行ったとか。


 打算的な理由だと思ったけど、帰国した狭山は達観した顔してた。

『平和な国で育ったから、こんなに苦しい生き方をしている人達がいるなんて』って泣きそうになって話してたこと、鮮明に思い出せた。


 そんな周りの見れる優しい奴だから、死ぬって選択肢はなかったんだろうな。

 きっとそれだけ優しいから、自分を追い詰めてしまったのかもしれない。



「……お前は強いよ」

「無理して言わなくて良いって」

「俺がお世辞言ったことあるか?」



 ハハハと、弱々しくも心からの笑いが聞けた気がした。


 彼の息遣いや声の調子から長くは話せそうにないと悟り、俺は一言一句に気を付けながら話をまとめる。



「けどそういう事なら、仕方ないか。俺は良くても他の同期は仕事の話とか聞いてくるかもだしな」

「うん。誤魔化せば良い話かもしれないけど、嘘言うともっと苦しくなっちゃいそうだから」

「分かった。少し体調良くなったら、また連絡くれよ。気晴らし程度なら付き合うぜ」

「ありがとう。落ち着いた頃にまた掛けるよ。それじゃ」



 赤い終了ボタンを押下した時、強張っていた上半身の筋肉がふっと解放される。近日は執筆でしか感じていなかった疲労が別ベクトルから突き刺さる。


 ぼんやり天井を見上げながら、俺は狭山が言っていたことを思い返す。



「明日が見えないぐらい、か」



 終わりがない。終わる気配がない。今の闇を抜けたとしても、またその先により濃い闇が待っている。自分だけがその闇に取り残されたまま。

 それがどうも、他人事のように思えなかった。タイミングが重なって自己投影しただけなのか、それとも人間は皆同じその闇に苦しんでいるのか、今は心底どうでも良かった。


 ただもし後者が真理なら、俺はきっと恵まれている。茨の道でも、進むべき方向は見えているのだから。



「……次の日すら見えない暗闇に比べたら、遠くても見えてる地獄の方がマシか」



 狭山と久しぶりに話しても変わってない印象を受けたのは、もしかしたら俺だけが変われてなかったせいなのかもしれない。あの卒業式から、まだ数歩しか進んじゃいないのかも分からない。


 狭山は足元もおぼつかない暗闇を進んで、今は命からがら抜け出した。棘を恐れて進めなかった俺にはない勇気が彼にはあった。



「アイツはなんとか踏み留まって生き延びたんだ。なら俺は、死なないギリギリまで命賭けてみっか」



 椅子に浅く座り直し、執筆用のPCを起動する。投稿サイトのトップ画面を舐め回して、一番新しいコンテストの応募規約を読み込む。


 提示された応募条件を理解し、頬を両手で軽く叩く。選んだ茨の道から目を背けないように。



「せっかく、平和な時代に生まれてこれたんだからな」



 新規作成ボタンを押して、俺はまた新作小説のタイトルを設定画面で悩み始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「書籍化おめでとう」をいつか俺も 白神天稀 @Amaki666

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ