第2話

 次の日、学校から帰ってきたジュリが、家の鍵を出そうとランドセルをもそもそやっていると、ふと気配を感じた。

 何気なしに顔を上げて、ヒエッと声が出かかる。いつの間にかジュリのすぐ隣に、同い年くらいの女の子が立っていたのだ。


「だれっ、アンタ」


 猫みたいに警戒するジュリに、その子はぺこーと深く腰を曲げてお辞儀した。それからゆっくりと姿勢を戻して、真面目な表情で言った。


「ワタシの角を返してください」


 沈黙が落ちる。

 その子は首を傾げると、もう一度口を開いた。


「ワタシの角を――」


「聞こえてるよ! 意味わかんないんだけど!」


 変な子だ、とジュリは思った。

 友達じゃない、顔を見たことすらない子がうちの玄関のすぐ前に立っていて、理解のできないことを言ってくる。失礼だし、イラッとくるし、何が目的なのかサッパリわからなかった。


 しかしその子はジュリに睨まれても動じず、たっぷり思案した後、一歩前へ踏み出した。

 ジュリは近づかれた分だけ後ろに下がった。


「これ、ワタシの角の根元」


 そう言って、その子は前髪をかきあげた。思わずジュリは、その子と鼻がぶつかりそうな距離まで近寄った。

 額の真ん中が赤く光っている。皮膚よりごくわずかに盛り上がったそれは、硬質で透き通っていて、まるでルビーが埋め込まれているみたいだ。


「ワタシ、あなた達の世界で言うところの妖精なの。訳あって角が折れて、こっちの世界に落としちゃった。角は力の源だから、ないとすごく困るんだ」


 ぱちりと至近距離で目が合って、ジュリはゲッと飛び退いた。そのまま更にじりじりと後退する。

 段々話がわかってきた。

 このおかしな子は、ジュリの拾った赤い宝石を狙っているのだ。


 妖精だとか角だとか、普通なら信じられない話だ。でも、ジュリはすでに石の魔法を目撃している。それに今見せられた角の根元も、赤い宝石と瓜二つだった。

 目の前の子は本当に妖精で、昨日ジュリが拾った石は、妖精の折れた角だったのだ。


「だから、ワタシの角を――」


「ヤだよ、返さない! あれは私の宝物だもん!」


 咄嗟にランドセルをかばうように抱きしめた。ジュリは夜散々眺めた赤い宝石を日中も肌身離さず持ち歩き、クラスメート全員に「キレイでしょ」、「夜光るんだよ」と自慢しまくっていた。

 もうとなっている赤い宝石を手離すなんてできっこない。


「もしそれでも返せって言うなら、お礼にアレよりもっとすごいものをちょうだいよ。私はアンタの大事な角を拾ってあげたの。タダで返すなんてイヤだからね!」


 あの角よりすごいものなんて出せないだろう。

 そう思って言った、イジワルだった。


 でも妖精を名乗るその子はしばらく考え込み、ひとりでうんうんと頷くと、ジュリに提案を持ちかけた。


「じゃあ、きんを出そう。この世界では貴重なもので、お金にも変えられるんでしょ?」


きん!?」


 ジュリの脳裏にお宝のイメージが浮かぶ。きんと言えば、とても高価ですごいもの。そんな漠然とした知識だけがある。


「で、でも妖精の角の方がめずらしい!」


「いくらでも出せるよ」


「いくらでも? じゃあ百キロ……いや、一万トン!」


「いいよ」


「いいの!?」


 無理難題を言ったつもりが、妖精はあっさりと承諾してしまった。

 慌てて、「今のは無し!」と言おうと思ったが、金塊に囲まれてみたい気持ちもむくむくと膨らんできた。ジュリにとっては、きんも魔法の宝石と同じくらい夢みたいなものだ。

 それに魔法の宝石は妖精の角で、自分のものじゃない。返さなきゃいけないということを、本当はわかっていた。


「契約成立だね。それじゃあ、石を一万トン集めてもらおうか」


「え? 石?」


「ワタシの力で、石をきんに変えるんだ」

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