第6話 渉の考察

どうやら莉子の母親は、彼女の異常な行動を垣間見て、精神が少し病みかけているようだ。

こんな不気味家で、一週間も、あの異質な莉子の看病をしていたなら、精神がおかしくなるのも無理はない。


リビングの入口の立って、部屋の中の様子を見ていた凪沙が恭子おばさんに駆け寄って隣に座る。

そして母親の背中を擦って、凪沙が落ち着かせようと試みた。


「おばさん、落ち着いて。莉子は今、静かに寝息をたてて眠ってるわ。だから安心していいですから。恭子おばさん、もう大丈夫ですよ」


「恭子おばさん、冷たい飲み物を飲みますか? 私、冷蔵庫の中を見てきますね」


葵も機転を利かせて、台所へと飲み物を取りにいった。

その様子を見ていた雄二が、顔を横に向けて、隣に立っている渉に問いかける。


「恭子おばさん、どうなったんだ?」


「莉子の異常な行動を見て、無理にでも娘は治せる病気だと思い込もうとしてるようだな。誰でも異質な光景を目の前にすると、自分の心を守ろうと、心の殻に閉じこもるからね」


そう告げる渉の肩に手を置いて、俺はジッと彼を見る。


「こんな状況なのに随分と冷静だな。こういう経験に慣れっこのように見える。渉、お前はいったい何者なんだ?」


「あの人のお告げの話をが聞いてきてから嫌な予感はしてたんだ。転校して間もないのに、こんなことに巻き込まれるなんて予想外だけどね。でも僕の素性についての説明は後だ。まずは 恭子おばさんに、今は娘の現状を教えないといけないからね」


あの人……お告げ……


二階で渉が見せた、莉子に対する儀式めいた処置。

それに部屋の中に貼ったお札、霊符、護符の類。


そこから導き出される渉の正体については、概ねの予想はできる。


しかし、近代化が進んだ今の時代に、そんな職業があるのか?


まるで小説の世界にでも突き落された気分だ。

あまりにも現実離れしていて、荒唐無稽すぎる。


俺は首を大きく左右に振り、渉の素性について考えることを中断した。


台所から戻ってきた葵から麦茶の入ったコップを貰うと、恭子おばさんはコクリコクリと飲み始めた。

どうやら凪沙と葵が近くにいることで、少しは混乱から立ち直ったようだ。


それを頃合いだと感じたのか、渉が「俺達も床に座ろう」と俺と雄二へ促してきた。


立っていても仕方がないので、俺達三人はソファの前の絨毯が敷かれた床に胡坐を組んで座ることにした。


すると恭子おばさんがピタリと渉を直視する。


「莉子に付き合っている彼氏はいないわ。いったいアナタは誰なの?」


「先ほどは嘘を並べ、強引に家の中に入り、失礼な行動をして申し訳ありません。僕は最近、霧野川高校へ転校してきた神代渉と言います。莉子さんとは同じクラスの同級生で、友達として仲良くさせていただいていました」


「恭子おばさん、渉も悪気はなかったの! 彼も莉子のことが心配で必死に助けようと! だからおばさん、彼のことを許してあげて!」


「さっきも二階の部屋で、渉は莉子を落ち着かせようとしていた。今、莉子が静かに寝ているのも渉のおかげなんだ。その様子を俺は見ていた。だから恭子おばさん、こいつのことを信じてくれ」


渉の顔を見ながら、莉子のおばさんは凪沙と雄二の言葉をジッと聞いている。

そして大きく頷くと、表情を和らげて俺達全員を見回す。


「渉君については何も知らないけど、凪沙ちゃん、葵ちゃん、雄二君のついては私も良く知ってるわ。莉子の友達のアナタ達が、私に嘘を言うはずがないわね。わかったわ、皆を信用する」


「「「ありがとう、恭子おばさん!」」」


恭子おばさんの言葉に、雄二、凪沙、葵、渉の四人は頭を下げる。


でも恭子おばさんは俺のことを忘れられているようで、名前を呼ばれなかった。

だから俺が礼を言う必要もないだろう。


そんな風に考えていると、渉が小さな声で囁いてきた。


「さすがは和也だな。あんな異質な光景を体験したのに、気持ちの切り替えが早い」


「……」


黙ったまま無視していると、渉は皆を見回してゆっくりと息を吐く。


「では莉子さんに何が起こっているか、僕の知る限りの範囲で説明します」


「莉子の病気について知ってることがあれば、全て教えてほしいわ」


恭子おばさんは、どうやら莉子の現状を、未だに病と思い込みたいようだ。

そんな母親の姿を気にせず、渉は話し始める。

すると雄二、凪沙、葵の表情も真剣に変わった。


「莉子さんの患ってる病は、通常の病気ではありません。一般的事象で言えば、霊障に該当する類もものです」


「霊障って……莉子は、まさか幽霊に何かをされていると言うの?」


「その通りです。莉子さんの体と精神に何かが憑依している状態です。それが幽霊だと断言はできませんが」


渉の話しを聞いて、恭子おばさんは両手で口を抑えて、大きく顔を左右に振る。


「とても信じられない。そんなのあり得ないわ。もし幽霊がいたとしても、莉子が憑りつかれる理由がないもの」


「家では憑依される理由がなくとも、外での莉子さんの行動は恭子おばさんの目には届かない。例えば学校などで」


そこまで渉が説明すると、顔色を青くした葵の体が急に震えだし、小さな声で「そんな……」と呟く。


すると渉は葵のほうへ視線を向け、大きく頷く。


「葵が思い出した通りさ。僕と和也も見ていたが、学校の昼休憩の時、莉子さんと葵は二人で『こっくりさん』をしていたんですよ」


「だって……今まで何回も莉子と二人で『こっくりさん』をしたけど、何も起こらなかったじゃない……今回だけ、どうして……」


戸惑う葵の体を恭子おばさんが優しく抱き寄せ、彼女を落ち着かせる。

そして渉に向けて話を続けるように無言で促した。


すると渉は一瞬だけ俺を見て、話を再開する。


「『こっくりさん』はただの遊びと思われていますが、一種の降霊術の儀式でもあります。なので稀にですが、霊の類を呼び寄せてしまうことがあるんですよ」


「その知識は俺にもある。でも『こっくりさん』は、十円玉を用紙に書かれている鳥居の上まで戻せば、呼び出された霊もどこかへ行くはずだろ」


「その通りだ。儀式というのはキチンと手順さえ踏めば怖いことはないさ。でも僕は二人が『こっくりさん』をしている様子をジッと見ていたんだ。彼女達は鳥居に十円玉を戻さず、儀式を中断したまま、次の授業の用意に気を取られてしまった。昼休憩が終る時刻が近づいていたからね」


そういえば俺も渉と一緒に、莉子と葵が『こっくりさん』している様子を眺めていた。

しかし、鳥居へ十円玉を戻して、儀式が終る瞬間を見ていない。


俺はそこまで気づいて、喉がカラカラに乾いていくのを感じる。


「まさか……」


「そう……彼女達は呼び出した霊を元の場所へ帰さずに、そのまま野放しにしてしまったんだ」

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