第5話 金策の準備 / 変な新人

「一色くんはソロだから、植物の採集で稼げると思う」



 白石さんから提案されたのは、【共贄の樹海】で稼ぐ方法だった。

 ダンジョン内のもので研究対象になるのは、モンスターの体だけではない。地球では栽培のできない植物も換金することができる。


 だが、これには大きな欠点が二つある。

 一つ、採集しやすい場所の植物は、とっくの昔に採りつくされてしまっている。

 二つ、わざわざパーティーでやる必要がない。


 この二点があるために、植物系の換金アイテムは慢性的に不足している。だからといって買取価格の引き上げにも限界があり……結果として、冒険者の間では「帰り道に拾えたらラッキー」くらいの扱いを受けているらしい。


 納得のできる話だ。俺だって、誰かとパーティーを組んでいたら戦闘を重視しようと思うだろう。実際、樹海を抜けられるくらいになると冒険者だけで食えるようになるらしいし。


 というわけで、この植物集めはスキマ産業としてかなり熱い可能性があるらしい。


 白石さんが言うならそうなんだろう。

 俺は白石さんを信じる。

 白石さん、嘘つかないボラ。





 ゲートを抜けた。


「……ん?」


 昨日とは違う感覚だ。

 全身をなにかで包まれているような気がする。だが、そのなにかには質量がなく、肌でとらえているわけでもない。

 もしかして、これがマナなのだろうか。


 一晩寝たら体に染みついてるこの感じ、魔法も勉強とスポーツみたいなもんらしい。


 とりあえず、迷宮の外に向かって歩き出す。出口を見つける方法は、普通の洞窟と同じだ。風が吹いてくる方へ進めばいい。


 歩きながら、魔法をいろいろ試してみる。

 まずは身体強化だ。中堅くらいの冒険者までは、わざわざ意識してしないと言う。だが、ダンジョンに潜っていればいつかは必要になる。今のうちからコツコツ育てていくに越したことはない。


 大気中のマナを取り込み、体の内部を循環させる。これで人間が本来持っている以上の力を引き出せるようになるらしい。魔法の原則から漏れず、使用できるマナが増えるほど強化も強まっていくらしい。


 足のつま先からゆっくりとマナを制御して、頭のてっぺんまで移動させる。この動作をひたすら滑らかに。


 歩きながら、モブマンに奇襲を受けないようにしながらなので、これがなかなかにキツイ。魔法を使うと、第六感とでも言うべき場所が刺激され――端的に言うとめちゃくちゃ疲れる。


 勉強で言うと、新しい単元の授業を聞いているような。

 運動で言うと、使ったことのない筋肉を酷使するような。


「なんだこれ……想像以上に、しんどいな……」


 歩きながら淡々と身体強化をするという、とんでもなく地味な行為。戦闘中みたいにアドレナリンもでないから、とにかく精神が削れていく。一秒が長い。


 迷宮から脱出する。

 燦然と光の降り注ぐ樹海。その入り口で、倒れるように座り込む。


 うっすらと全身に汗が滲む。まだ一円も稼いでいないのに……はぁ。道のりは遠い。


 ――でもって。

 ここまで来たら、休ませてもらえるほどダンジョンは甘くない。


「ギャッ ギャッ ギャッ」


 声が聞こえる。木々を伝って、確実にこちらへと向かってくる声が。

 アングリーモンキー。その名の通り、奴らは人間に対して強烈な敵意を持っている。特に相手が格下だとわかると、地の果てまで追いかけるという。


 立ち上がって、その場で軽くジャンプ。



 ――採集で収入を安定させるために、必須の条件。

 それは、樹海に生息するこの猿から逃げ切れること。



 真っ白な体毛。真っ赤な顔。長く発達した四肢。

 視線がぶつかる。


「鬼さんこっち、手のなる方へ!」


 拍手で挑発。にやりと笑って、背を向けた。

 足に魔力を込めての全力ダッシュ。決死の逃走である。


「ギャーッ!」


 明らかにブチギレた猿が、絶叫しながら追いかけてくる。

 昨日も思ったけど、こいつら速すぎるだろ!


 あっという間にアンモンは俺の真後ろに。これ以上は逃げられないと判断して、反転。


「【光球ライトボール】!」


 咄嗟に撃ったのは、ただ光るだけの魔法。火力はゼロだが、相手の視力を奪うには十分。


「ギャ」


 できた僅かな隙で体勢を整え、身体強化を全身に循環させる。


「ギャギャギャッ」


 視力を取り戻すと、アンモンはにやりと笑った。大きな雑食の口から唾液が落ちる。


 ――マナの流れが変わった。

 モンスターも魔法を使っているのだ。ダンジョンで生まれ育った生物には、おそらくそれが先天的な機能として備わっている。


 一口に身体強化と言っても、俺のものより遥かに練度が高い。


 学べ。

 目の前の敵から。


 アンモンが踏み込む。直線的な動きを予測して、左足を引く。直後、胸への衝撃。踏みとどまってカウンターの左ストレート。


 俺の拳が、アンモンの額に直撃する。


 とぷん


「は?」


 手ごたえがまるでない。なんだ、今の――柔らかい流体を殴ったような感触は。


「ギャッ」


 アンモンが叫び、顔面を殴り飛ばされる。今度は踏ん張れず、後ろにぶっ飛ばされた。

 頭がぐらぐらする。もろにいかれた。鼻血は出てない。目は見える。


「分子干渉 凝縮 活性」


 この戦闘はこれ以上続けられない。

 不安定な脳で、魔法を展開していく。


「ギャッ ギャッ ギャーッ」


 アンモンはふらつく俺を煽るように手を叩いて奇声を発している。

 この生き物、性格歪みすぎだろ……。


 けどまあ、そのおかげで助かった。


 狙いを定め――指を鳴らす。


「【宿り火やどりび】」


 アンモンの白い毛から黒煙が昇り、次の瞬間に発火する。

 完全な火の魔法はまだできない。だから温度上昇にだけ意識を振って、相手の体そのものを燃料にする。


「ギ……ャー!」


 目の前で生き物が燃えていくのは、なんとも壮絶な光景だ。

 アンモンの絶叫が樹海にこだまする。


「まずいな」


 嫌な予感がした。


 ギャーッ! ャ―ッ! ッ! ギャッ! ギャッ ギャッ ギャッ!


 木霊した声を押し返すように、遠くからまた叫び声が近づいてくる。


「剥ぎ取りは……ああくそ、そんな悠長なこと言ってる暇ないか」


 アンモンは右耳をはぎとれば、討伐報酬として700円がもらえる。だが、次の個体がもう目の前だ。


「来いよ。追いついたら戦ってやる」


 もう一度、身体強化へと意識を割く。


 模倣しろ。

 さっき触れたあの――柔らかい魔法を。



 それから四日間、俺は逃走と戦闘をひたすらに繰り返した。





 中堅以上の冒険者にとって、【共贄の樹海】はただ通り過ぎるだけの場所だ。

 踏み固められた道を歩く三人組の冒険者『マンスリー』にとっても、もはやこのエリアは帰還するための通路に過ぎない。


 重厚な鎧をまとった好青年が、威勢のいい声で言う。


「今回の探索はかなり儲かったな!」

「ぐぬふっ――我々が英雄になるのももはや時間の問題ぬくくっ」

「かっかっか! いいから酒だ! 一週間ぶりの外なんだ、景気よくいこうぜ!」


 眼鏡をかけた細身で陰気な男と、身長190センチの日本人離れした巨漢が後に続く。


 三人は冒険者としては中堅上位。第4エリアの後半まで探索しており、もうすぐベテランの仲間入りだ。期待の新人と呼ばれたのは昔のことだが、今でも着実に進み続けている。


 その三人が、樹海の真ん中でぴたりと足を止めた。


「なんだぁ、この気配は?」

「アングリーモンキー……ですか。我々に立ち向かってくるとは、命知らずですねぇ」


 後ろの二人が咄嗟に臨戦態勢になる。この切り替えの早さも、熟練の証拠だ。

 だが、殺気立つ二人を青年が手で制した。


「待て。モンスターだけじゃない」


 察知できる生物の気配は四つ。その中で、先頭だけなにか挙動がおかしい。

 それに、正確に言えば気配は向かってきているのではない。たまたま近づいてきているだけのようだ。


「人間だ。アングリーモンキーから逃げてる」


 その言葉を引き金に、三人は気配の方へ駆け出す。


 回り込んで、逃げている冒険者の正面に出る。冒険者は若い――幼いとも言える少年だった。額から汗を流し、顔は赤く、息は上がっている。


「君、よくここまで頑張った!」


 青年は声を上げ、剣に手をかける。

 その瞬間、少年と目が合った。


 ――結構です。


 そう言われた気がして、青年は剣から手を放す。

 逃げていた少年は思いっきり跳躍すると、空中で上半身をねじった。



「分子干渉 活性 三点凝縮」



 空気中のマナが、一斉に少年の指揮に従う。



「【宿り火】」



 指を鳴らすのと同時に、三匹のアングリーモンキーが発火した。

 危なげなく着地を決めると、少年はパッと頭を下げる。


「ご心配おかけしました」

「……や、こちらこそ勝手なことをしてすまない」


 少年は丁寧にもう一度礼をすると、すぐにモンスターの右耳を剥いで木々の奥へ消えていく。


 その背中を送ってから、『マンスリー』の三人は歩き出す。


「まったく。これだからダンジョンはやめられないね」


 青年は困ったように微笑んだ。

 とりあえず、戻ったらあの少年のことを聞いてみよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る