第4話 ブラコンでシスコン

 ダンジョンから脱出して医務室で怪我の処置をしてもらった。思いっきり噛まれた腕はひどい有様だが、骨までは折れていないらしい。

 包帯で巻かれただけで済んだことを報告すると、お姉さんにドン引きされた。


「えぇ……あんなに噛まれてたのに? レントゲン撮ってきた?」

「パシャっとやってもらいましたけど。綺麗な骨でしたよ」


 冒険者がダンジョンで負った傷は、基本的に無料で治療してもらうことができる。そうじゃなかったら、俺がレントゲンを撮るなんてありえない。


「ほんとにできちゃったんだ。魔法での局所的な身体強化」

「みたいですね」


 あの時は必死だったからわからなかったけど、お姉さん曰く、かなり高度なことらしい。


「ファイアボールが前進しなかった子の成長速度じゃない……」


 頭を抱えて突っ伏すテーブルに、ホールスタッフが近づいてくる。

 ここは冒険者専用の食堂。ライセンスを提示すれば、割引を受けて食事ができる。そうじゃなかったら、以下略。


 カレーを運んできた食堂のスタッフが仮面のお姉さんを見ると、首を傾げた。


「あれ。白石さん、そんな格好でなにしてるんですか?」


 パキッ

 凍結したみたいに、お姉さんの表情が動かなくなった。


「し、しし、白石って誰の事かな~。私は……ええっと、そう。私はボランティア仮面!」

白石しらいし遥香はるかさんですよね。みんなから【受付のお姉さん】って呼ばれてる」


「きゃーーーーっ」


 そっぽ向いてなにも知らない顔をする俺。

 いや、気がついてたけどね。こんな大胆な暴露を食らってると、すごい気まずい。


「冒険者に戻ったんですか? おめでとうございます!」

「きゃーーーっ! きゃーーーーっ!」


「カレー二つで注文よろしかったですか?」

「きゃーーーっ!」


「はい。では失礼します!」


 悲鳴を上げるお姉さん――改め、受付の白石さんを置いてホールスタッフさんは行ってしまう。


 後に残ったのは、げっそりした表情の白石さんと、俺。

 どうしてくれんだよこれ。


 沈黙。


「あ、あのぅ」

「私は白石遥香です……変な嘘ついてすいませんでした」


「名乗っちゃった!」

「受付のお姉さんが実は強くて初心者を育ててるみたいなやつ、やってみたかったんです」


「ああっ、言わなくていいことまでボロボロと!」


 仮面をすっと外して、出てきたのは知っている顔。換金してくれた優しいお姉さん。目を思いっきりそらして、ぐったりしている。


「え、ええっと……白石さん」

「はい」


「白石さんのおかげで俺、魔法のことよくわかりました。すごく助かりました」

「……」


 ぴくっと表情が動く白石さん。もう一押しすればいけそうだ。この人、すごく感情が豊かなのかもしれない。


「雷の魔法、すごくカッコよかったですし。俺もあんな冒険者になりたいって思いました」

「……そう?」


 上目づかいで、ちらっとこっちを見てくる。

 くっ、絶対に年上なのになんか可愛い。


「そうですよ。これからの俺があるのは、今日の白石さんがいたからです。すごく感謝してます」

「そんな、言い過ぎだよ。えへへ」


 チョロい。

 この人、すごいチョロい。


 恩人にそんなこと思っちゃいけないだろうけど、いや、でも白石さんがチョロいのがよくないよな。だって心配になるくらいだもん。借金取りとかに逆らえないタイプだ。


「あっ、カレー冷めちゃうね。食べよっか」

「はい」


 機嫌を取り戻したので、安心して食事ができる。


 空腹だったから、カレーはあっという間になくなった。疲労も相まって、食後もなかなか立ち上がれない。幸いなことに、食堂は空いている。もう少しゆっくりできそうだ。


「一色くんってさ、お金が欲しいんだよね」

「はい」


「嫌ならいいんだけど、理由を教えてくれる?」

「貧乏なんですよ、俺の家。六人兄妹で親はいなくて、働けるのは俺しかいないんです」


「そうだったんだ」


 同情でもされるかと思ったが、白石さんは何度か頷くだけだった。

 それから頬に手を当てると、考える姿勢になる。


「お金はどれくらい必要なの?」

「毎月最低でも40万、できれば50万は稼ぎたいです」


「なるほどね。六人もいたら、それくらいは必要だよね」


 白石さんは目を伏せて、それからじっと俺の顔を見つめてきた。


「私にアイデアがあるんだけど、聞いてくれる?」

「稼げるならなんだってします。教えてください」


 背筋を正すと、白石さんは柔らかく微笑んだ。


「大丈夫。君ならできるよ」





 家に帰ってから、料理と皿洗い、風呂に洗濯、軽い掃除、明日出すごみをまとめる。一通り家事が済んだら、ちゃぶ台を囲む兄妹たちのところへ。


 夜の時間は、みんなで宿題や予習復習をするようにしている。中学生の仁奈と三弦が協力してくれるおかげで、小学生の星奈と星花もせっせとドリルに取り組んでいる。幼稚園生の六月はまだやることがないので、絵本を読んだり、絵をかいたりしている。ときどき遊びたそうにしているので、その相手は俺がする。


 20時半になったら、六月を寝かしつける。21時になったら星奈と星花を寝かせて、22時に三弦が寝る。


 ほっと一息つけるのは、そのあとの時間だ。


「お疲れ様。樹にぃ」

「仁奈もお疲れ。今日もありがとな」


 一個下の妹である仁奈は、俺がダンジョンに潜っているからと家事を積極的にサポートしてくれている。夜の勉強会が守られているのは、主に彼女の功績だ。


「へーきへーき。これくらい当然のことだよ」

「お前には助けられてるよ」


「にひひっ。そう言ってくれると、私としてもやりがいあるね」


 腕を伸ばして気持ちよさそうに伸びをする仁奈。

 バッサリ切ったショートカットは、よく似合っているけれど。いつか女の子らしい服や、長い髪を楽しめるようにしてやりたいものだ。


「ダンジョンの調子はどう?」

「まあ、ぼちぼちかな」


 右腕の包帯をちらっと見て、仁奈は眉を顰める。


「無理はしちゃだめだよ」

「ふっ」


「なんで笑うのさ」

「いや、仁奈は優しいなと思って」


 首の後ろに手を当てて、俺は緩く笑う。


「大丈夫だよ。親切な人も助けてくれるし」

「本当に?」


「本当だよ。普段は受付のお姉さんって呼ばれてる人が、魔法を教えてくれたんだ」

「あー……。お姉さん?」


 急に温度が下がっていく仁奈。やけにジトっとした目を向けてくる。


「樹にぃ、モンスターよりお姉さん倒した方がいいんじゃない?」

「お姉さんは倒しちゃだめだろ」


「そうじゃなくて……まあいいや。それで、魔法ってどんな感じなの?」

「うーん。端的に言うと『現象の再現』かな。手の中で炎とか、雷とかを操れるみたいな感じ」


「魔法じゃん」

「魔法なんだよ」


 口を丸く開けて、「へー」と興味津々な様子の仁奈。

 わずかに身を乗り出して、首をかしげる。


「樹にぃは、どんな魔法を使うの?」

「それがムズイんだよな。仁奈はなんかいいアイデアないか」


「えー、そんなこと言われてもなぁ」


 仁奈は人差し指を頬に当てて、視線を斜め上に向ける。なんだかんだ言いながらも、考えてくれるのが彼女らしい。


「樹にぃのことだから、どうせ正々堂々近づいて戦うんでしょ」

「近づいた方が早く終わるからな」


「じゃあ、簡単に使える魔法のがいいね。パッと片手で出せるくらいの」

「そうだな」


 仁奈の言う通り、距離を詰めて戦うのが基本なら威力は低くてもいい。

 肉弾戦とは違う方法で攻撃できること。これが魔法を組み込む、最大のメリットだ。


「距離が近いから、自爆のリスクがある魔法はダメ。まあ、これは樹にぃもわかってると思うけど」

「……あ、当たり前、だろ……」


 調子に乗って白石さんの真似をした挙句、感電して気絶したことは言えない。兄としての威厳が失われてしまう。


「そうなると風とかがいいのかな。風、急に吹いたら目が乾いて痛いし」

「『ドライアイになる魔法』、ちょっと実用性ありそうで嫌だな」


「仁奈ちゃん天才?」

「ああ。仁奈は天才だ」


 実際に使うかは別として、俺にはない発想だ。

 片手で簡単にできて、俺への影響がない魔法……明日やってみるか。


 そうと決まれば、もう寝よう。

 立ち上がって、もう一度仁奈の方を見る。彼女はもう少し残って勉強を続けるらしい。


「仁奈は頭がいいし、三弦は運動が得意。星奈は絵が描けるし、星花は歌が上手い。六月はたくさん友達を作れる。――俺は、お前たちを誇りに思ってるよ」


 だから、家族のためならいくらでも頑張れる。


「樹にぃはほんとにブラコンでシスコンだね」

「当たり前だろ」


 にやりと笑うと、仁奈は呆れ顔で首を横に振った。


――俺が絶対、高校に行かせてやるからな。


 心の中で告げて、仁奈に背を向ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る