第二部 若葉

残響5 徒花

 黒い腕から射出された人間の拳大ほどある黒い鉄球が私の隣で身を屈めていた傀儡乙女ソウルドールの右半身を破砕していった。右手脚を失った彼女はなす術もなくその場に崩れ落ちた。誰かが彼女の名前を叫んだが、私にはそれが聞き取れなかった。大きくひび割れて、地面に叩きつけられたそのセラプラスト製の身体はバラバラに散乱した。


「みんな、逃げて……!」


 それでも、彼女のルミナイトは光を宿していた。首と繋がった右肩の先で、その腕がひっきりなしに動いている。私たちの隊からいくつもの悲鳴が上がる。私の腕にリナがしがみついた。一歩間違えば、今の一撃は彼女に直撃していただろう。


「全員、建物の陰へ!」


 ミラが号令を発して、スチールバーク銃を構え、複数の腕と足を持つ鉄の怪物へ向けて弾丸を発射した。私はリナの身体を強く抱き寄せて朽ちかけた建物の陰に退避したが、入れ替わるように別の傀儡乙女が身を乗り出す。


「あの子を助けないと!」


「やめろ!」


 こちらに飛び込んできたミラが強く声を飛ばした。


「でも!」


 統制体であるミラへ反抗するかのように、その傀儡乙女はツールバッグからセラプラストの丸いガジェットを取り出す。フラグボムだ。ピンを抜いた五秒後に炸裂する投擲武器だ。扱いに注意するように、とここに来る車両の中で私たちはミラに教え込まれた。


「無駄だ」


 ミラの言葉を裏づけるかのように、こちらに手を伸ばしていた半身の傀儡乙女は、新たに射出された鉄球の雨によって、粉々に吹き飛ばされた。こちらに向いて転がる彼女の顔にルミナイトの瞳が光を震わせる。


「いやだ……、まだしにたく──」


 バラバラと敵の方から発砲音がする。機銃掃射が地面ごと転がった傀儡乙女の頭をボロボロに打ち砕いていった。宙を舞う彼女の顔に嵌められたルミナイトはひび割れて、その刹那に一瞬で色褪せた。残されたのは、瓦礫と化したセラプラストと、原形を留める彼女の右脚だけだった。


 守れなかった──。


 私の中に唐突に湧き上がる熱く、冷たいなにか。私はこの感覚をよく知っている……そんな気がした。


「散開して遮蔽物から弾をブチ込め!」


 そばにいた傀儡乙女からフラグボムを取り上げてピンを抜いたミラが敵の方へ勢いよく投擲する。すぐに大きな爆発音がして、機銃掃射が激しさを増す。


「奴が爆発に気を取られているうちに、行け!」


 傀儡乙女たちが身を屈めて、建物の外壁沿いに駆け出していく。私もリナの腕を掴んで場を離れようとしたが、敵の方からウー、ウー、と強く空気を震わすような低音のサイレンが聞こえた。


「近くの敵を呼び寄せている! さっさと奴を沈めるぞ!」


 リナを厚い建材の瓦礫のそばに押し込んで、攻撃を仕掛けるミラのそばに駆け寄ろうとする。リナが私の腕を掴んで引き留める。


「危険だよ、エリス!」


 彼女の琥珀色の瞳が揺れているように見えた。恐怖を感じているのだ。今しがたバラバラにされた傀儡乙女を間近で目撃し、彼女自身もそうなっていたかもしれないという想像が彼女をそうさせたのだろう。何度も何度も、私は恐怖に支配された眼を見てきた気がする。


「今度は守るから」


 彼女にそう告げて、私はミラのもとに駆け出した。


 作られたばかりの私にそんな過去などないはずなのに、なぜ私は“今度”などと意味の分からない言葉を発したのだろう──。


 そんな自問は銃撃を行うミラのそばにひざまずいた時にサッと消えてしまった。スチールバーク銃の銃口を黒い鉄の化け物に向け、引金を絞る。発射された弾丸が黒い鉄の化け物の表面に爆ぜて火花を散らす。複数ある脚の関節部分に数発が命中し、敵の動きが鈍くなる。


「いいぞ、撃ちまくれ」


 ミラの言葉に従って、新しい弾倉に入れ替える。スチールバーク銃を構えようとした時、再び敵がサイレンが発報した。


「奴は通信機能を持たない個体だ。ああやって音で周囲の仲間を呼ぶ」


 散開した傀儡乙女たちの銃声が数を増す。それに対抗するように、敵の機銃も断続的に火を噴いた。


「もう、いやだ……」


 バラバラにされた仲間を助けようとしていた傀儡乙女が装備を放り出し、ボロボロの道路を横切って私たちがやって来た方向に逃げようとする。


「あ、ダメ……!」


 そばにいたリナが腕を伸ばすが、その手は空を切る。敵の発する赤い光が飛び出した彼女に向けられた。無数の小鉄球があっという間に傀儡乙女の身体を分解していく。四肢も胴体も失って横たわる彼女は嘆きを上げた。


「わたしは戦いたくなんてないの!」


「ああなれば、もう終わりだ」


 ミラが短く言って、地面に崩れる傀儡乙女にスチールバーク銃を向けた。


「やめて!」


 リナが声を上げる中、銃声がして、ルミナイトから光が消え去った。


「なんてことを……!!」


 リナが両手を地面について項垂れていた。戦場には恐怖と絶望が混在するのだろう。


「私たちの仲間だったはず」


「彼女は心を。お前も見たはずだ、工場で作られて間もない傀儡乙女が処分されるのを」


 少女の叫びと重い衝撃を伴った音……油と何かの焼ける臭気と共に記憶が蘇る。この嗅覚がこの戦場に漂うものなのか、分からなくなる。ミラがスチールバーク銃のボルトを引き絞る音で私は現実に戻される。


「それに、仲間を捨てて逃げる者を置いておくことはできない。エリス、お前は裏切るな」


 彼女の深い紫色のルミナイトが揺らめく光を帯びた気がした。


 なんなのだろう、その瞳の光は──。


「恐怖を──感じているのか?」


 そう問いかけると、彼女は肩にかかっていた髪を首の後ろに振り払った。


「恐怖を飲み込む暇など、戦場にはない」


 大きな爆発が立て続けに起こって、黒い鉄の化け物が巨躯を支える脚を折り崩す。辺りの大地を揺るがす震動と共に、その巨体が地面へと突っ伏す。頭に光っていた赤い光が不規則に明滅して、最後には火が消えるように暗くなった。






 私たちの初めての戦闘は勝利に終わったものの、払う犠牲もあった。傀儡乙女三体が完全に破壊され、二体が腕を欠損した。


「初戦にしては上出来だぞ」


 沈む傀儡乙女たちにミラは言い放った。傀儡乙女たちの反応は様々だった。戦いを主導した者たちはスチールバーク銃やフェアバークを掲げ、物陰に隠れていた者たちは一様に顔を地面へと向けている。彼女たちの破損・汚損状況は対照的だ。汚れ、傷ついた者は戦いに臨み、隠れていたものはみな一様に作られた時のままだ。


 私たちはおしなべて戦いのために生み出されたのではないのではないか……そんな疑問が私の中に浮かぶ。


 リナは作られた時のままだった。言葉のない彼女のそばで私はただその手を握っていた。


 片腕の前腕を途中から失った傀儡乙女が、手に持った前腕の先の方を抱えている。敵の攻撃で前腕が割れて分離したのだろう。割れた腕の中身は空洞だ。彼女たちが──私たちが人形であることを明確に物語っている。彼女は近くの傀儡乙女たちの協力を得ながら、割面にの辺りに鋭いボアピックで等間隔に穴を穿っていた。


『身体が壊れたのなら、繋ぎ直せ』


 教官がそう言っていた。


 この言葉に倣うように、その傀儡乙女はボアピックを操り、ツールバッグから取り出した革紐を割面の近くに開けておいた穴に通して縫い合わせるようにしていった。やがて繋ぎ合わされた腕は反対の前腕と長さがやや異なっていたが、動きも取り戻した様子だ。


 ミラが私たちに顔を向ける。


「前哨基地までもうすぐだ。気を引き締めろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る