残響2 灰後る
「お前たち
監督官と名乗った黒い服に身を包んだ人間がそう発して、整然と列をなす灰色の私たちを鋭い眼光で見渡す。
人間の声の残響の中、私の中にこの場に似つかわしくない感覚が浮かんでは消える。こうやって大勢で並ぶ状況を私は以前にも見た気がしたのだ。私はまだ夢から醒めきっていないのだろうか?
監督官の他にも、私たちに目を向ける黒い服の人間が等間隔に配置されている。その人間たちの手には黒い銃器が握られている。その鈍い反射光が私をざわつかせる。
「F-04590、列を乱すな!」
警告を受けた傀儡乙女がバランスを崩してよろめくと、さらに強い声が発せられる。
「F-04590、今すぐに列に戻れ!」
黒い服の人間が銃器を構えると、その銃口がF-04590の横顔を捉える。遠くでベルトコンベアや重い衝撃音が鳴り、微かに油のにおいが漂う中、整列する傀儡乙女たちは静寂に立ち続けた。
F-04590の腕から札が下がっていた。瑕疵体だ。どこかに不具合を抱えているのだろう。
監督官が短く合図を送るのが見えた。次の瞬間に、空気を切り裂くような発砲音が響き渡って、F-04590の髪を貫いて側頭部に大穴が開いた。頭に入ったひびが大きく広がると、F-04590は片方の膝を折り曲げて、その場に崩れかかった。もう片方の膝は折れ曲がらず、その身体は跳ねるように倒れて、重い空洞に音を反響させるような、ドーン、という音を発した。
黒い服の人間が複数やって来て、倒れた傀儡乙女を引きずっていく。整列する他の傀儡乙女たちはそれを視界に入れながら、居住まいを正すようにごくわずかな足踏みをして直立をやめなかった。
「命令に従わなければ、今のようになる」
監督官がさきほどよりも大きなボリュームで私たちを見る。
「詰めろ!」
号令がかかる。列の欠落を埋めるように、私の隣の列が前に一体分移動する。
「大丈夫?」
微かな声が隣から聞こえる。視線を向けると、琥珀色の瞳がそこにあった。
なぜこの傀儡乙女は私に状況を問うのだろう──。
銃撃されたのは私ではなく、F-04590だ。そのF-04590にしても、頭を砕かれたのだから、無事でないことは明白だ。この琥珀色の瞳を見ると、どう言葉を返すべきか、私は分からなくなってしまう。
監督官が腰の剣を抜いて高く掲げるのが見えて、私はそちらを見る理由を得た。
「お前たちが覚えるのは二つだけだ! 敵国グレンツァール、そして、奴らとの戦い方──それ以外は必要ない!」
監督官の訓示を終え、私たちはいくつかのグループに分けられ、灰色の部屋に集められた。琥珀色の瞳の傀儡乙女も同じグループだ。
この部屋にも、黒い服に身を包んだ人間が待っていた。長い髪をしている。
「みんな、おはよう」
私たちがじっとしていると、髪の長い黒服の人間は腰の剣を抜いた。
「挨拶をしろ! おはようございますと言え!」
私たちが挨拶を返すと、髪の長い黒服の人間は笑い声を上げて破顔した。その笑顔に、私はさきほどの監督官とは異なる性質を感じ取った。
「私は教官だ。君たちに戦いというものを叩き込んでやる。そして、君たちの隊を戦場で統率するのが、そこにいるF-03294だ」
教官が部屋の隅を指さした。その暗がりに一体の傀儡乙女が立っているのにここで初めて気がついた。F-03294は私たちの前に進み出た。教官のように長い髪をしている。身を包む灰色の服はそのままだが、汚れて裾はボロボロだ。腰の辺りには、黒い布でベルトのようなものを巻き、腕にもくすんだベージュの布をプロテクターのように巻きつけている。そのどれもが古く傷んだような質感の生地だ。
「私はF-03294──ミラだ」
名前がある──たったそれだけのことで、私の胸の中にざわめきが訪れる。教官が何か意味を含んだような、解釈の難しい微かな笑みを見せる。
「君たち瑕疵体は統制体の管轄下に置かれる。戦場では彼女の命令に逆らうな。分かったか?」
返事をする。教官が歩み出て、私たちをじっくりと見て回る。
「君たちは監督官の訓示を受けたはずだ。私はあの男ほど冷徹ではない。安心したまえ。だが、大切なことは身に沁みて分かっただろう? ……まあ、君たちに“身”があるかは知らんがな」
教官は私の隣の琥珀色の瞳をした傀儡乙女を指さした。
「お前、こっちに来い」
少しの間があって、彼女は傀儡乙女たちを掻き分けるように教官の隣に向かう。左足首の球体関節が動かないことで、歩き方がぎこちない。教官が笑う。
「なんだ、トロくさい奴だな」
訓示の場で頭を撃ち抜かれた傀儡乙女の記憶がよぎって、私は言った。
「問題なく歩けている」
教官やミラ、他の傀儡乙女たちが一斉に私に身体を向けた。その音が重なる。
「戦場では足手まといだ」
ミラが発すると、教官が彼女を指さす。
「その通り。君たちの価値は戦場にしかない」
教官が横に立った傀儡乙女の琥珀色の瞳を指し示した。
「君たちの魂を宿すルミナイトという宝玉だ。これが破壊されれば、君たちは死ぬ。反対に言えば、これさえ傷つけられなければ手足などなくとも戦えるということだ」
教官は次にF-04622の灰色の服をめくり上げて胴体を見せる。少女を模した灰白色の身体。
「君たちの身体はセラプラストという素材で作られている。軽くて丈夫だが、非常に強い衝撃受けると割れ、砕ける。君たちに痛覚はないが、だからといって自分の身体の状態確認を怠ると肝心な時に動けなくなるぞ」
私の隣に戻らされたF-04622は私に顔を向けて言った。
「あたしを庇ってくれてありがとう」
その琥珀色の瞳が揺らめくような光を帯びた。その不思議な現象に私は目を離せなくなってしまう。私の奥底から何かあたたかなものが滲むような感覚がする。
一体なんなのだろうか、これは──。
彼女の手が私の腕に触れた。目でそのように確認できるだけで、感触などが伝わってこない。教官の言う痛覚のなさがここに見える。
もし、痛覚や感触が私にあったのならば、彼女をもっと感じられたのかもしれない……そう考えようとすると、靄がかった記憶が私の思考を曇らせてしまう。
「私は君たちの先生ではない。戦いの道具に仕上げる仕事がある。武器を取れ」
教官が鋭く言ったせいで、F-04622の手が離れていってしまった。さらに、ミラの声が私たちを駆り立てる。
「グレンツァールは刻一刻と迫っている。時間を無駄にするな」
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