祈りと硝煙のラメント

山野エル

第一部 芽生え

残響1 破蕾

 夜の闇の中、辺りが燃えている。


 土に染み込んだ油に投げ込まれた燐火弾が火を入れたのだ。地獄に咲き乱れる熱い琥珀色の花がバチバチと爆ぜる。


 銃声がして、隣で悲鳴がする。


「私はもうダメ……! 置いて行って──!」


 脇腹に穴が開いて、血がとめどなく溢れ出している。小さな少女の身体は泥と煤にまみれ、ボロボロだ。手にした銃器の白い薔薇の紋章が炎に照らされて浮かび上がる。


「ごめんね、守れなくて……」


 少女はそう言った。顔が霞んで見えない。そう詫びるべきは、私の方なのに……。


 銃を握り、立ち上がる。少女の声が私を引き止めたような気がする。だけど、炎の向こうに揺らめく黒い影どもからみんなを守るために、


 私は突撃した──……、


 …………、


 ──。






 ゴウン。


 重い鉄のぶつかる音で目が覚める。断続的な音の中、私はベルトコンベアの上に横たわっていた。鉄骨の張り巡らされた高い天井が見える。点滅するランプが薄く漂う煙の影を壁に投影する。


 油と何かの焼ける臭気に包まれている。──……そんな夢を見ていた気がして、現実味を見失う。


 ガタン。


 ベルトコンベアの切れ目で私の身体が大きく傾いた。隣にも同じような鉄に縁どられたベルトコンベアがある。


 そこに雑多に横たわるのは──少女を模した、乾いた質感の灰白色の球体関節人形。一見すれば、艶のある髪を冠した頭は人間のようにも見える。ひしゃげ、潰れたものがあることでそれが人形であることが分かる。運ばれていく人形の中で声がする。


「嫌だ!! どうして私がこんな……!」


 ベルトコンベアは徐々に離れ、壁で仕切られた向こう側に消えていく。重い衝撃を境に、少女の嘆きもそのうちに聞こえなくなった。




 流される私の行き着いた先は、表情のない人間のもとだった。人間は呟くように言う。


「右肘の球体関節に歪みあり」


 その人間は私を抱え上げて、腕に札のついたワイヤーを括りつけた。


『瑕疵体──球体関節・右肘』


 両脇を支えるラックに立てかけられ、私は再びベルトコンベアで流される。次第に意識が身体に馴染む感覚が広がっていき、手足が動くようになる。右肘が曲がりづらい。ギシギシと音がする。


 ベルトコンベアの先に少女人形たちが集まっている。人間が灰色の布を人形に纏わせていく。その場所に到達し、私の身体にも灰色の服が着せられる。札のついた両腕が露出したままになる、側面が開いた一枚布だ。胸には「F-04617」という文字が印字されている。


「さっさと行け」


 人間が命じる。指さす先に通路が続いている。人形の群れが音を立てながらゆっくりと歩を進める。


 私の身体に何かがぶつかる。視線をやると、灰色の風に身を包んだ別の人形が奇妙な歩き方をしていた。胸には「F-04622」とある。腕から下がる札には「瑕疵体──球体関節・左足首」という文言があった。動作していないようだ。


「ごめんね」


 その人形が言った瞬間──、私の中に油と炎のにおいが瞬いて、意味も分からずに立ち止まった。


 この感覚はなんだろう──。


 後ろから別の人形の列が押し寄せ、私の背中を先に押し流そうとする。


「さっさと進め、出来損ないども!」


 人間の声が大きくなる。後ろからの勢いが強まり、私はバランスを保つため、右手を前に伸ばそうとしたが、不具合のある肘が稼働せず、前を行く人形の背中にうまく手を突くことができず、勢いに押されるままにそのまま倒れた。


 ドーン、という音が鳴る。振動が身体を駆け抜ける。すぐに腕を取られ、立ち上がらされる。──「F-04622」だった。


「私たち、一緒だね」


 なぜそんなことを言うのだろう──。


 ここにいる時点で、私たちは同じ人形にすぎない。それならば、共通項はこの流れ行く少女人形全てに当てはまるだろう。


「だから、置いて行かないでね」


 その言葉が、私の中に何か波のようなものを生み出していく。表情のない人形の顔が私を捉えていた。


 置いて行くことなど──。


 私という存在の内奥からそんな声がせり上がる。私はなぜそんな言葉を初めて目にする少女人形に返そうとしているのか、理解ができなかった。


「生きてさえいれば、それでいい」


 F-04622に向かってそう言っていた。自分自身のなしたことにもかかわらず、不思議だった。取り繕う言葉を探すべきかどうか、そして、それを投げかけるべきかどうか、私が分からないままでいると、F-04622から笑う声がした。


 なぜ笑うのだろう──。おかしなことを私は言ったのだろうか?


 答えがあるのかもしれない……F-04622を見る。


 どこかからか差し込む光にその瞳が照らされる。琥珀色の目が揺らめく炎のようにして妙な光を帯びたように見えた。


 そばにいて。


 夢の奥底から泡のように浮かび上がった声が聞こえた気がした。


 それを打ち砕くような人間の鋭い言葉が私たちの身体を押しやる。


「お前たちは戦いの道具だ──行け!」

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