第26話 遭逢
「ムゥ~~~~~~~~~………」
「いつまで頬膨らませてんだよ……」
東海枝さんからの説明を受け、俺達は中央研究棟から出て寮への帰路に着いていた。
隣を歩く那奈美は、左手の人差し指に嵌められた約定環を見ながらいつまでも不機嫌な顔をしている。
「薬指じゃないと意味ないのに……」
「いっ、意味ならあるさ!人差し指の指輪には”インデックスリング”っていう意味があって……えーっと、何かユピテルっつーすげぇありがてぇ女神が守護神として宿ってて、人とのコミュニケーションに積極的になれるとかなんとか……」
「……私より、AIとの会話の方が優先度高いんだ」
咄嗟に彼女の死角でスマホを起動し、AIアプリのチャット欄へ”人差し指 指輪 意味”と打ち込んでいたのが速攻でバレた。早速昨日手に入れた”眼”の透視能力だろう。これから先、彼女に隠し事など一切出来ない事を悟る。
「まぁ、全然意図を汲まないで雑に嵌められるよりはいいけどね。哉太も一応”左手の薬指”について、意識はしてるって事だし」
「だ、誰だって意識はするだろ……!それに、そもそもあんな場所で軽薄に嵌めて良い訳ない。大切な意味があんだから……」
そう言って、俺も那奈美に嵌められた指輪を人差し指に移した。
彼女は仕方ないといった様子で溜息を吐き、次いで口角を上げてにやけた。
「……ふーん、じゃあこれは、結婚式場までお預けって事で」
「いや、そういう事では……」
寮まで残り十数メートルあたりで、前方から見慣れた女性の姿が二人分歩いてくる。
向かって左側の橙色の髪の女性が、俺達に気付き手を挙げた。
「あっ!おーーいトワ君!那奈美ちゃーーん!」
「……イオナさん?と……あのアイマスクは……」
彼女の隣には、寝ているのか起きているのか分からない白目を湛えながら、アイマスクを頭に装着する白衣の女性。間違いなく八雲だった。
休日でも変わらぬテンションのまま目を輝かせるイオナさんは、八雲に肩を貸しながらこちらに走ってくる。成す術無く運輸される八雲の姿は宛ら市中引きずり回しの刑に処されているかのようだった。
「二人とも、どこ行ってたん?もしかしてデートとか!?」
「私と哉太が並んでるんだからデート以外にあり得ないでしょ!?何寝ぼけた事言ってんのよ!!」
「そんな摂理はねぇよ!!お前が寝ぼけてんのか!!」
思わず出た大声に反応し、ハッとした八雲の眼球に黒目が戻る。
周囲を見渡した後、俺達の姿に気付いた。
「はぇ?こんなろころでろうしたんれすかぁ?かなたくぅん……」
「一番寝ぼけてんじゃねぇか!!」
彼女の”睡眠”に対する執着には毎度度肝を抜かれてしまう。それとも、
「……っていうか、二人って知り合いだったのか?」
自分に振り向いたイオナさんに対して、申し訳なさそうな笑みを浮かべる八雲。
その様子に嘆息しつつも、彼女は事情を説明し始めた。
「実は私達……来週の”契約式”に出席する事になって……」
「えっ、つーことは……
二人揃って頷く。よく見ると、双方の首にはシンプルな銀のネックレスが掛けられていた。
「いやあ……私も初めは、研究所入りとはいえ『契約なんて恐れ多いなぁ』とか思ってたんですけど……哉太君と那奈美さんを見てから少し、憧れの様なものが芽生えてしまいまして……」
「お、俺達を見て……!?」
「哉太君………!?」
思わぬ発言に驚く俺と、俺とは全く別の部分に反応し負のボルテージが急上昇する那奈美。八雲の身に危険が及ぶ可能性を察知し、那奈美の前に立ちはだかりながら会話を続けた。
「ホムンクルスの方々は、誰もが私達より遥かに優れた知能と身体能力を持っています。私みたいな小心者の低能睡眠馬鹿は、勝手に彼女達に畏れを抱いていました」
「”低能睡眠馬鹿”て……”睡眠馬鹿”ならまだしも」
「フォローになってないと思うよトワ君」
八雲は一層瞳を輝かせ、胸に手を当てながら言葉を続けた。
「でも二人はそんな種の違いなど関係なく、対等な友人関係を築いています。だから私も、ホムンクルスの方と真正面から関わり合いたいと思ったんですよ!」
「”友人関係”って、どっからどう見ても”夫婦関係”でしょ。眼球腐ってんじゃないの?腐敗眼球低能睡眠馬鹿じゃん」
「コラッ那奈美!!なんて口の利き方だお前!!”睡眠馬鹿”ならまだしも!!」
「フォローじゃなくて裏付けになってるよトワ君」
堂々と想いを語った八雲に対し、再びイオナさんが軽く溜息を吐いた。
「ま、私としても友達増えんのは嬉しいけどさ。……でもこの子、目ぇ離したらどこでも寝ちゃうから、実質私”友達”じゃなくて”運搬係”になってんだよね……。契約結んだキッカケも、寮の前にある噴水の横でグースカ寝てたのを介抱したからだし」
微かにやつれた顔で項垂れる彼女。その心中は察するに余りある。
しかし、出鼻を挫いて浮いていた俺達をすんなり受け入れたりと、失礼ながら意外にも面倒見の良いイオナさんとの相性は悪くなさそうである。
という事は、少なくとも現時点で新しい契約ペアは俺と那奈美、八雲とイオナさん。
あとはレルンさんと……水島。
「他にも出席者……新しく契約結んだ人達を知ってるか?」
「えー……っと、確か私らの学部のテミルって子が、研究員の人との契約を申し出たって聞いたけど」
「テミルって……”骨”の?」
且つ、初対面で俺らを𠮟りつけた氷の女王(未だに根に持っている)。
ホムンクルス側から指名するケースもあるのか。
「まぁ、お二人共、これから同じ契約組としても宜しくお願いしますね!」
「あぁ。………でも、あまりイオナさんに苦労かけ過ぎるなよ、八雲」
「や……八雲……」
未だに呼ばれ慣れていないのか、露骨に動揺しながら顔を紅潮させる彼女。
その様子を見た那奈美が、俺の背後からニュッと顔を出す。
「次またラブコメオーラを感じたら、王水にビッタビタに浸したフェイスマスクで顔面パックさせるからね」
「またそんな事を……!今んとこエキセントリック暴言製造機の印象しか持たれてねぇぞ那奈美!!」
研究員ともホムンクルスとも、俺が会話している時には睨みを聞かせながら黙し、彼女にとっての地雷を踏めばすかさず躍り出て前人未到の脅迫を垂れ流す。
やはりコミュニケーションに難がある彼女の人差し指に指輪を嵌めたのは、あながち間違っていなかったかもしれない。
「王水パックですかぁ、それなら角質も一瞬で溶かせそうですね!!では、またお会いしましょうね那奈美さん!!」
不純物の一切ない笑みを浮かべた八雲は、イオナさんと共に立ち去った。
「………」
渾身の暴言をポジティブに捻じ伏せられ、呆然とする那奈美。
やはり、同じくスルースキルが異様に高いイオナさんと八雲の相性は良く、更に那奈美にとってはある意味”天敵”になりうるかもしれない。
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