第25話 指輪

「こ、ここか……」


翌日の土曜日。祝日と土日は授業が無く本来は完全なオフだが、俺と那奈美は何故か、先日新室長に就任した東海枝文崇氏に呼び出されていた。


敷地内中央に位置する”第一中央研究棟”。首がへし折れるほど見上げなければ頂上が見えない程の高層ビルへと入り、爆速のエレベーターを以て58階へ。


研究棟とは思えぬ赤いベルベット調のカーペットが敷かれた廊下をおっかなびっくり進み、”室長室”と刻まれたプレートを見つけて立ち止まる。


「じゃあ、ノックするぞ」


「……私、あのオッサン嫌いなんだけど。顔見たら嫌悪感で憤死しそう」


「中に聞こえるぞ……!入ったらもう暴言禁止だからな!」


あんだけ東海枝さんの演説を全否定したのだ、余程生理的に受け付けないのだろう。

故に保護者を自称する俺もかなり気まずい。一体何の用なのだろうか。


三回のノックの末、精悍な声色で『どうぞ』という言葉が扉越しから返って来た。

一度深呼吸をして、汗の滲む手で扉を開く。


「失礼しまー……す」


恐る恐る顔を覗かせると、奥のデスクには東海枝さんが微笑みを湛えながら座っていた。そしてその横には……白衣を着た長い青髪の女性。何故か腕を組み、少し腰を反らせて『ドヤ』ポーズをとっている。


「休みなのに、急に呼び出してすまないね。どうぞ入って。適当な席に座ってください」


促され、嫌がる那奈美を連れて中へ。中央には応接室で見る様なソファがガラステーブルを挟んで二つ置かれており、入口に近い方に並んで座る。


「……それで、お話とは何でしょうか……?」


やはり、先日の那奈美の暴言とトンデモ野望の件だろうか。

動悸が始まり、呼吸も浅くなる。対する那奈美がテーブルに置かれていたチョコレート菓子を勝手にボリボリ食い始めたので、彼女の手に思い切りしっぺして阻止した。


「実はね、君たちには来週……」


わたくしから説明いたしますわ!!」


東海枝さんの前に躍り出て、青髪の女性がちょっと古いアニメでしか聞かないようなテンプレお嬢様言葉で割り込む。


白衣という事は研究員だろうが……随分キャラが濃いな……


「申し遅れました!!私、楼ヶ峰大学二年生並びに研究所入りディビエント並びに特殊装置ガジェット研究開発室主任の、竜前英玲奈ですわ!!!」


”並びに”で聴覚的なゲシュタルト崩壊を起こしかけた。

……肩書で言えば、少し前の埜乃華とほぼ同じだ。この人も相当優秀な研究員なのだろう。


「初対面でいきなりマウントとって来んのウザ」


「コラッ那奈美!!慎めって言ったでしょ!!あとお菓子漁るのやめなさい!!」


ソファの上で胡坐をかき、口周りをチョコでコーティングしながら暴言を吐く那奈美。動悸だけでなく胃痛も生じ始めた。


「……概要だけは聞いていましたが、やはり埜乃華さんそっくりですわね」


「えっ?り、竜前さん……でしたっけ。あなたもしかして、埜乃華の友人ですか!?」


「ゆっ………!!まっ、まぁ~~~~そう言って差し支えないと言っても過言ではないにも程があるといいますか……」


どっちなのだろうか。だが少なくとも知り合い以上ではあるようだ。

八雲だけでなく、同学年とも交友関係を築けている埜乃華に、心の中で『偉い!!!』と叫ぶのだった。


「それは置いておいて那奈美さん……もう一度私を罵っていただいてもよろしいかしら?今度はもっと人権を度外視した内容で……」


「どういう関係性なんすかアンタ……!那奈美に変な事吹き込まないでください」


紅潮した顔のままハッと意識を戻し、竜前さんは一つ咳払いをしてから俺達の対面のソファに腰掛けた。


「……実は、お二人には来週行われる”契約式”に出席していただく事になっておりますの」


「け、契約式?」


「えぇ。本来であれば研究所入り候補生以上の生徒が学園に申請し、ホムンクルス個人と契約を結ぶのですが……アナタ、富和哉太さんは既に那奈美さんと密接に行動を共にしている。なので、特例として今回の契約式を以て、正式にパートナーとなって頂きますわ」


十中八九、河瀬先輩とミーシャさんの様な関係性の事だ。

俺と那奈美が、契約……


「”契約”って言い方、なんか書類上って感じて嫌なんだけど。”婚姻”とかにしてくれない?」


「バッ……カお前……!冗談も大概に……」


「私の目の黒い内はどこぞの馬の骨との婚姻など許しませんわよ埜乃華さん!!」


突然、竜前さんが血相を変えて立ち上がる。

時間が止まったが如く放心する俺達を見て、再び劇画の様な顔でハッッとした。


「ごっ……ごめんなさい。また取り乱してしまいました」


「マジでどういう関係なの!!?”どこぞの馬の骨”って俺の事!?」


質問には一切答えず、彼女は白衣の裾にあるポケットから立方体の小さな箱を取り出す。スエード素材でコーティングされたそれを丁重に開けると……中には、二つの銀の指輪が並んでいた。


「な、なんすかコレ……指輪!?」


「昨日の能力討究でも紹介されたかもしれませんが、こちらは約定環フルリングと呼ばれる、パートナー同士で身に着ける契約の証ですわ」


「河瀬先輩達が着けてたアレか……」


確かに瑞葵さんも『形状はそれぞれのオーダーによって異なる』と言っていた。

必ずしもリストバンド型やカチューシャ型とは限らない。


「……ん?でも、オーダーなんてした覚えは……」


疑問を口にする俺から目を逸らした竜前さんは、やや気まずそうに那奈美を一瞥する。その瞬間、全てを察した。


「まさかお前がオーダーしたのか!?指輪型に!!」


「そだよー」


「”そだよー”じゃねぇ!!ってか契約式なんて俺一ミリも知らなかったぞ!?何で教えてくれなかったんだ!!」


呑気な顔で口笛を吹く那奈美。

誰から聞いていたのかは分からんが、よりによって指輪なんて……


「もし気になる点がありましたら……後から別の形状に作り直す事も……」


「そんな事したらアンタの家系、七親等まで全員串刺しにするからね」


「ヒッ………」


流石の彼女も暴言のキャパシティを超えてしまったのか、白目を剥きながら泡を吹いて気絶してしまった。


進行不能となってしまった竜前さんに代わり、奥に座る東海枝さんが説明を引き継いだ。


「……約定環の同期には少し慣れが必要だ。起動すれば互いの意識や精神状況が流れ込んでくるからね。だから、式に先駆けて君達には今日、これを渡す」


「つっ、着けるんですか!?これを!?」


「着けなければ同期出来ないからね。……那奈美さんの力を制御する為にも、約定環は必須だ」


昨日の出来事を思い出す。

……ミーシャさんと違い、那奈美は一人だけで三つの能力を使いこなした。


俺にとっての約定環はホムンクルスの力を引き出すものではなく、那奈美が持つ異次元の力を制御するためのもの。それが出来なければ、彼女はいつ”野望”を実現してもおかしくない。


「………分かりました」


「良かった。ではせっかくだし、ここで着けてみてはどうかな?」


「えぇっ!?ここで!?」


「万が一サイズが合わなければ、この場で開発担当の竜前さんに渡せるしね。遠慮しなくていいよ。さぁ」


遠慮というか……そういう話ではなく。

一対の指輪。決して自惚れている訳ではないが、これじゃあまるで婚約……


「はい!サイズぴったりだね!!」


那奈美の声で意識を取り戻す。いつの間にか、俺の指に約定環が嵌められていた。

しかもよりによって、左手の薬指に。


「おまっ……!勝手に何してんだ那奈美!!」


「ほら、哉太の番だよ?嵌めて?」


もう一つの指輪を取り、俺の掌に乗せる。

那奈美は紅潮した顔で左手を伸ばし、俺の胸元くらいの高さまで掲げた。薬指を強調するように。


どこか妖艶な眼差しに生唾を呑む。

ただでさえ暴れていた鼓動が、耳を劈く程にまで狂っていくのを感じた。

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