あいのうた

第1話

『続きはCMのあと』

 モニター画面に自分の顔が映し出され、テロップが流れる。

 それをチラリと確認した瀧上たきがみ伊織いおりはすっと立ち上がって、司会者の横に移動した。

「よろしくお願いします」

 司会者に小さく挨拶して、コマーシャルが終わるのを待つ。

 派手なジングルのあと、女性アナウンサーの能天気にも思えるほど明るい声が響いた。

「続いてはiOイオさんにお越しいただきました! iOさん、よろしくお願いします!」

 iOとは伊織の芸名だ。

「よろしくお願いします」と爽やかな笑顔を浮かべて、それに応える。

「早速ですが、iOさんは最近ハマっていることがあるんですよね」

「はい、最近は写真を撮るのが好きですね」

「お写真ですか〜。具体的にはどんなものを撮影されるんですか?」

「そうですね。特別なものじゃなくて、日常の風景だったり、レコーディングスタジオの中の物だったりです」

「今日は何枚かお写真をお借りしたので拝見させていただきましょう!」

 そこで画面が切り替わり、数枚の写真が映し出される。

 大物芸人でもある司会者からの質問に当たり障りのない返事をし、曲の聴きどころをアピールすると、そこでトークタイムは終了だ。

「では、このあとは新曲を披露していただきます。スタンバイよろしくお願いします」

「はい」

 やっと苦痛の時間からの解放だと、伊織は密かに辟易気味の溜息をついた。

 そもそも自分は歌手なのだ。このトークタイムというものの必要性が伊織には全く理解できない。その時間をパフォーマンスに回してほしいと常に思っているのだ。

 だが、マイクの前に立つと、そこで伊織のスイッチは見事なまでに切り替わった。生放送での失敗は許されない。

「それではiOさんの新曲で〈White Love〉」

 ピアノ演奏のイントロが流れ、しっとりとした曲が始まる。ホワイトデーに合わせた曲は恋人=ファンからの想いに対して感謝と愛情を伝えるラブソングだ。

 ほんの三分ほどのパフォーマンスために何度もリハーサルを行った甲斐あって、伊織の歌唱は完璧だった。その美しい容貌も相俟って、共演者の女性アイドルたちからは感嘆と憧れめいた吐息が零れる。

 歌い終わったあとはエンディングへ。

 伊織が司会者の隣に並んで優しげな笑みを浮かべると、エンディング音楽が流れ始め、出演者が次々と映し出された。最後は司会者と伊織のツーショットで番組は終了。

 伊織は司会者に丁寧に礼を述べ、収録スタジオを後にした。

 楽屋へ戻ると、二人の男性が伊織を出迎えた。

「お疲れ様」

「お疲れ様っしたー」

 伊織のマネージャーである町田さとると、メイク兼スタイリストの中濱慎也だ。

「今日の歌、完璧っしたねー」

「ホントに良いパフォーマンスだったよ」

「あれくらい当然だ」

 何の感慨もない声で言うと、伊織は青のメッシュが入った黒髪をかき上げながら、不機嫌そうな顔でぼすんとメイク台の前に座った。

 テレビ用の厚塗りメイクが大嫌いなので、早く化粧を落としたいのだ。慎也もそれはわかっているので、手早くメイク落としを塗り込んでいく。

「覚、また新しい写真撮っておけよ」

「え、まだ続けるのか?」

「当たり前だ。新曲出すたびに『最近、ハマってることありますか?』って聞かれる身にもなってみろ。そうそう新しい趣味なんてできるもんじゃねぇ。もういい加減うんざりなんだよ」

「それはわかるけど、伊織はオレの言ったこと、そのまんま電波に乗せるからなぁ」

「どうせアイツら、オレのプライベートになんか興味ねぇよ。適当に言っときゃいいんだ」

 伊織はぞんざいにそう言い放った。テレビに映る王子様のような伊織は実は作り上げられたキャラクターで、本当の伊織は口が悪くて皮肉屋なのだ。

 そんな伊織を覚が咎める。

「ファンはそうじゃないだろ」

「本当の趣味は切手収集です、なんて地味すぎてかえってガッカリだろうが。イメージを壊さねぇのもオレの仕事だ」

 伊織の言うことにも一理あるので、覚は諦めたように溜息をついた。

「……わかったよ。なら今度、家の中も撮らせてくれ。そういうのもないと説得力ないからな」

「しょうがねぇな。だったら、ついでに写真映えしそうなモン買ってきてくれ」

「観葉植物とかでいいか?」

「ああ、その辺は任せる」

 そこまで話すと、伊織はもう何もしたくないとばかりに口を閉じ、椅子にぐったりともたれかかった。

 本当なら今日はこの歌番組への出演で仕事終了のはずだったのだが、昨日になって急に事務所での打ち合わせが入った。伊織はそれが嫌で仕方ないのだ。

 そして、伊織が打ち合わせに行きたくない最大の理由は、事務所の社長に会いたくないからだった。

 伊織が所属する芸能プロダクション『リゲル』は設立から五十年以上が経つ業界でも屈指の老舗企業だ。

 元々は所属タレントの少ない和気あいあいとしたアットホームな雰囲気の会社だった。

 だが、数々の芸能プロダクションが林立し、生き馬の目を抜くような激しい競争が始まるようになると、温和な先代社長は仕事に多大なストレスを感じるようになり体調を崩してしまった。

 そこで十五年前、先代は大学を卒業したばかりの長男に会社を譲った。それが現在の社長、小御門こみかど貴弘だ。

 野心家で経営者としての才に恵まれた貴弘は自らの目で原石を発掘し、彼らを徹底的に鍛え上げ、磨き上げてスターダムへと押し上げていった。

 俳優、歌手、芸人など、今では様々なジャンルのタレントを数多く擁し、トッププロダクションの一つとして芸能界を目指す若者たちの憧れの的となっている。

 だが、伊織自身は望んで歌手になった訳ではなかった。そうならざるを得ない事情があったのだ。

 そのきっかけは子供の頃の不幸な出来事だった。




 十七年前、伊織が八歳の時だった。

 伊織は不幸な火事で両親を亡くしたのだ。時刻は深夜で、原因は古くなった配線のショートだった。

 伊織だけが助かったのは、出火直後の時間にたまたま目が覚めてしまったからだ。

 いち早く火事に気づいた伊織は一階へ下りようとした。

 だが、そこが既に煙で一杯になっているのを匂いで察した伊織は、二階から雨樋を伝って何とか庭へと脱出した。

 そして、両親の姿が見えなかったことから隣家へ助けを求めたのだ。

 自宅前へ戻ると家の一階の窓からちらちらと火の手が上がっていた。

 両親を救いたい伊織は玄関に向かおうとしたが隣家の人に止められた。泣き叫ぶ伊織の前で自宅は見る見る炎に包まれていった。

 間もなく消防車と救急車が到着して消火活動が始まり、やがて火は消え、消防隊員たちが焼け残った家の中へと入っていった。

 両親は一階の寝室で見つかった。死因は一酸化炭素中毒だった。

 その後、伊織は母方の祖父母に引き取られたのだが、伊織の不幸は更に続いた。祖父母が二年後に相次いで病気で亡くなってしまったのだ。

 父方の祖父母も既に鬼籍に入っており、しかも両親はどちらも一人っ子で頼れる親戚もいない。

 そんな時に貴弘の両親である小御門夫妻が伊織の元を訪れた。

 小御門家と伊織の祖母は親戚で、死期を悟った祖母に頼まれていた夫妻が伊織を引き取るために迎えに来てくれたのだ。

 そうして伊織は小御門家で暮らすことになった。

 ところが、夫妻が伊織の面倒を見てくれたのは最初の一か月間だけだった。実はその時には夫妻は既に会社を息子に譲り、ボランティア活動のため海外に行くことが決まっていたのだ。

 その後、主に伊織の世話をしてくれたのは夫妻の次男、つまり貴弘の弟の彰弘あきひろだった。といっても家事は毎日、家政婦が来てやってくれていたのだが。

 彰弘は無愛想な兄とは違って朗らかで優しく、何くれとなく伊織を気にかけてくれた。

 だが、短期間で多くの肉親を失った伊織がすぐに心を開くことはなく、ただ時間だけが過ぎていった。

 そして、伊織が小御門家に引き取られてから約三か月後、貴弘は伊織にあることを義務付けた。それは歌とダンスのレッスンを受けるということだった。

 人より賢い伊織は自分が貴弘の眼鏡に適い、いずれ何らかの形でデビューさせられるのだと確信した。

 伊織には父親と同じ弁護士になるという夢があったが、養ってもらっている身では自分勝手なことはできない。伊織の淡い夢が消えた瞬間だった。

 伊織は渋々ながらも厳しいレッスンを受け、めきめきと実力をつけていった。

 そして、紆余曲折を経た五年前、成人した年に歌手デビューを果たしたのだった。

 これまでの活動で伊織はトップシンガーの一人として、その地位を確立した。アイドル的な売り出し方をしたので、そういった側面は否めなかったが、その歌唱力とプロ並みのダンスは多くの称賛を受けている。

 テレビや雑誌で取り上げられ、顔を知られるようになると不自由なことも多くなったが、もともとインドア派の伊織は今の生活に特に不満はない。

 続けるうちに歌うことも踊ることも好きになったので、それを仕事にできるのは幸運なことだとも思っている。

 ただ、どうしても心の中に満たされないものがあるのだ。

 それが何かを伊織は自覚している。

 だが、望んでも決して手に入らないものだということもわかっている。

 伊織はどうしようもない飢えと乾きを抱えながら、毎日を淡々と過ごしていた。




 テレビ局を後にした伊織は覚、慎也とともに事務所へやって来た。

 リゲル本社は数年前、都心の一等地に移転したばかりだ。まだ真新しい高層ビル内に事務所を構えている。

 地下駐車場に車を入れ、VIP専用のエレベーターで上階へ。

 時間はもう十時過ぎだが、芸能界の仕事は朝の始まりが遅く、夜の終わりも遅い。まだ数名の社員が残っている。

 それぞれから「お疲れ様です」と声かけされたのに対して小さく「ああ」と返しただけで、伊織は真っ直ぐに社長室へ向かった。

 面倒なことは早く済ませるに限る。

 覚が先立って歩き、ドアをノックすると「入れ」と声が返ってきた。

 中へ入ると長身で黒髪をオールバックにした、ややいかめしい顔立ちの男が見事な東京の夜景を背にデスクに座っていた。

 この男こそがリゲルを躍進させた小御門貴弘だ。伊織にとっては成人するまでの実質的な保護者であり、今は雇用主でもある。

「久しぶりだな、伊織。元気そうで何よりだ」

「アンタもな。で、オレに何の用だ?」

「相変わらずだな。半年ぶりに会ったってのにつれないじゃないか」

「疲れてんだよ。アンタの無駄口に付き合ってる暇はねぇんだ」

 伊織の素っ気ない態度にやれやれといった表情をして、貴弘はデスクの上に置いてあった一枚のCDを手に取った。そして、全員に応接用ソファに座るよう指示する。

 言われた通りにすると、貴弘が話し出したのは思いがけない内容だった。

「楽曲コラボ?」

「ああ」

 頷いた貴弘は持っていたCDをテーブルの上に置いた。

「先月デビューした『OutbursTアウトバースト』ってパンクバンドだ。ここのボーカル兼ギターをやってる男がバンドのほとんどの曲を作ってるんだが、そいつとのコラボが持ち上がってる」

「はぁ!? 冗談だろ。何でオレがそんなペーペーとコラボしなきゃなんねぇんだよ。オレには一銭の得もねぇだろうが」

「その通りだ」

「なら何で?」

「これは彰弘が持ってきた話だ」

「アキ兄が!?」

 伊織は驚きの声を上げた。

 彰弘は今、事務所のアジアエリアの出張所を統括していてタイに住んでいる。アジアでの業務拡大と所属タレントのアジア進出を進めるためだ。

「アキ兄、日本に帰ってきてるのか!?」

「正確には『帰ってきてた』だ。一昨日まで二日間だけな」

「何で教えてくれなかったんだよ!?」

「教えたらお前は仕事を後回しにするだろう。だから口止めされてたんだ」

 伊織はぐっと唇を噛んだ。

 自分がどんなに彰弘に会いたいと願っても、彰弘はそれを叶えてくれないのだ。心の乾きが一層、強くなる。

「どうして彰弘さんはこのバンドと?」

「関係者に知り合いでもいるんスか?」

 伊織の代わりに覚と慎也が質問する。

「お前たちも矢神すぐるのことは知ってるだろう」

「矢神傑! あの凄腕プロデューサーが関わってるんスか!?」

「彰弘と矢神は旧知の仲でな。帰ってきた日に偶然、行きつけの飲み屋で会って話を持ちかけられたそうだ」

「飲みの席でですか?」

 覚が訝しげに尋ねる。

「その時は酔った勢いだったと思うが、昨日、正式にオファーがあった。CDも使いの人間が直接持ってきたから向こうは本気らしい」

「ってことは、このバンドのプロデューサーは矢神傑なんですか?」

「そうだ」

「それなら、デビューしたてって言っても話は変わってきますね」

 うーん、と覚は考え込んだ。

 矢神は音楽業界では知らない者のいない敏腕プロデューサーだ。これまで数々のスターを誕生させてきたが、特に才能のあるロックバンドを見出すのが得意で、矢神がデビューさせたバンドは必ず成功すると言われている。

 その矢神が売り込んできたバンドなら実力は確かなものがあるのだろう。

「俺も一通り曲を聴いてみたが、なかなかのものだった」

「社長がそう言うってことはかなりイイってことッスね」

 慎也はCDを手に取ってジャケットを見た。

 表は黒一色にバンドの赤いロゴマークが入っただけのシンプルなものだ。これではいわゆるジャケ買いをする人は引きつけられないだろう。あくまでも実力で勝負するということか。

 裏返すとバンドメンバーの写真が載っている。

「カラフルっすねー」

「っていうか派手だな」

「パンクバンドだからかな?」

「衣装もすごいぞ。トゲだらけだ」

 慎也と覚が口々に言い合う。

 それらに興味を引かれた伊織は彰弘のことを頭の隅に追いやり、自分もCDを覗き込んだ。

 メンバーは四人で、二人の言う通り随分と派手な外見をしている。それぞれ赤、金、銀、黒の髪色で、衣装はパンク特有の鋲打ちやニードルを付けた攻撃的なものだ。

 中でも伊織が特に目を引かれたのは赤い髪の男だった。

 燃えるような赤髪を逆立てた男は黒革のベストと黒のレザーパンツを身に着けただけで、厚い胸板と割れた腹筋、逞しい腕が露わになっている。まるで鍛えた肉体を見せつけるかのようだ。

 ――コイツ、いいガタイしてやがるな。

 がっしりとした体躯だけでなく、男の精悍な顔つきと気の強そうな瞳も伊織の好みに合っていた。

「そのボーカル兼ギターってどいつだ?」

「赤い髪の男だ」

「ヘぇ…」

 自分好みの男がコラボ相手となると、伊織の気持ちも変わってくる。

「これ、アルバムか? パンクバンドってことは曲はパンクだけなのか?」

「全十一曲のデビューアルバムだ。曲はパンクが半分で、あとはハードロックとかオルタナティブ、プログレッシブなんかもある」

「一人でそんな色んな曲作ってるのか?」

「まだ若いが、音楽への造詣は深そうだ」

「なるほど……」

 話を聞くと、ますます興味が湧いてきた。

「取り敢えずオレもアルバムは聴いてみる。決めるのはそれからでいいか?」

「ああ、構わん。だが、次の新曲のこともあるからな。なるべく早く答えをくれ」

「わかった」

 伊織は話は終わったとばかりにCDを手に立ち上がった。

「もう帰るのか? たまには一杯くらい付き合ったらどうだ」

「早く答えが欲しいんだろ?」

「取りつく島もないな」

 そう言って可笑しげに笑う貴弘に背を向け、伊織は社長室から出ていった。覚と慎也はきちんと挨拶してから伊織の後を追う。

 これで今日の仕事は本当に終了だ。新曲発売のために雑誌の撮影やインタビュー、テレビ出演がずっと続いていたので、慣れているとはいえ、さすがの伊織も疲れ気味だった。さっさと帰って休みたいのだ。

 エレベーター前で覚、慎也と再び合流し、地下駐車場へ下りる。

 車に乗り込むと、覚が後部座席に座る伊織を振り返った。

「さっきのCD聴いてみるか?」

「そうだな」

 伊織の住むマンションまではここから三十分以上かかる。その間に聴けるところまで聴いてしまえば手っ取り早い。

 伊織はCDを慎也に渡した。駐車場を出るためにハンドルを回す覚の横で、慎也がカーオーディオにCDをセットする。

 すぐに一曲目が始まった。

 パンクロック独特の歪んだギター音が響き、印象的なギターリフがかき鳴らされる。シンプルなコードで書かれた曲だが、その中に洗練されたメロディアスなフレーズが随所に散りばめられていて、伊織は一気に曲に引き込まれていった。

 八曲目の途中まで聴いたところで車は伊織のマンション前へと到着した。

「慎也、CDくれ」

「はーい」

 慎也がカーオーディオから取り出したCDをケースにしまうと、伊織はそれを引ったくるようにして手に取った。

「じゃあ、明日な」

 そう言うと、伊織はあっという間に車から降りてマンションへと入って行く。

「ありゃ、明日のスケジュール、確認しないで行っちゃったよ」

「よっぽど続きが聴きたいんだな」

「気持ちはわかる。社長が褒めてただけあって、めちゃくちゃカッコいいもん。デビューしたばっかとは思えない完成度じゃない? オレ、本気でCD買おうかと思ってるよ」

「先月デビューだから、まだそんなに注目されてないんだろうけど、あれはすぐに人気出そうだな」

「今のうちにコラボしとくのも有りかもね」

 慎也と覚はそう感想を述べつつ、車を発進させた。

 一方、自宅に戻った伊織はすぐに仕事用の防音室に入り、手持ちのプレーヤーにCDをセットした。国内の高級オーディオブランドが高音質にこだわった最高級モデルで、そこに更に高音質スピーカーを組み合わせた代物だ。

 音量を上げて再生すると、まるでライブ会場にいるかのような臨場感を体感できる。

 伊織は八曲目から聴き始め、全ての曲を聴き終わったあと、また一曲目から再生した。

 伊織の中にかつてないほどの高揚感が沸き上がっていた。十一曲中の六曲がパンクだが、そのどれもが違った魅力を放っていて、全てがシングルカットされてもおかしくないような曲ばかりだ。

 パンクの魅力はメッセージ性の強い歌詞と熱量の高い演奏だが、このアウトバーストというバンドはそこに他とは違うものがあると思った。伊織自身にも具体的に表現できないのだが、シンプルでわかりやすいメロディーの中にどこか普遍的な音楽性を感じるのだ。

 他のハードロックやオルタナティブなどの曲はジャンルごとの特徴がよく表れていて、バンドとしての表現力の広さがよくわかる。それでいて、アウトバーストというバンド自体の個性は少しも濁ることなく存在していた。

 力強いボーカルと個々の高い演奏技術も聴きどころが多く、これが本当にデビューしたばかりのバンドなのかと伊織は驚くばかりだ。

 小御門家に引き取られてから、貴弘、彰弘とともに古今東西の様々なジャンルの曲を聴いてきたが、ここまで心惹かれる音楽に出会うことは稀だった。

 伊織はようやくケースから歌詞カードを取り出した。ぱらぱらとめくっていき、最後のページを開く。

 そこでメンバーの名前を確かめると、ボーカル&ギターのところには『LUON』と書かれていた。

 ――ルオン、って読むのか?

 作詞には他のメンバーの名前もあるが、作曲は全てが彼によるものだ。

 伊織は翌日、起きてすぐに自分から貴弘に電話した。数年振りのことだった。

 そして、楽曲コラボを承諾したのだった。



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