【第二夜】喰ライシモノ

一色

episode1. 

 こんなに不愉快な目覚めはいつぶりだろう。

 冷たい土の感触とざらりとした小石が肌に刺さって痛い。重い瞼を薄らと開けると突き刺すような光の線が飛び込んで思わず両の目を手で覆う。気怠い体を何とか起こし、眉間に皺を寄せながら頬についた土を拭うと、ぬるりとした汗の感触が交じって更に不快感を覚えることになった。

 (ここは…?こんな所で寝てたの?)

 自分のあまりの無防備さに呆れてしまう。私は幼い頃からよく眠る子どもであったが、まさかそこいらの洞穴で一夜を明かしてしまうとは。この時期だと山には熊が彷徨いているし、野犬だって駆け回っているというのに。昔から眠りを妨げるほどの恐怖や興味がない限り、いつでもどこでも眠ることが出来た。あまり困ったことは無かったが、ここまで来ると考えものだ。母はそんな私にずいぶん手を焼いた様子で何度も何度も声をかけてはたき起こしたが、暇さえあればどこであろうが眠りに入るのでもう呆れるしかないようだった。


 どうやらここは洞窟の入り口のようで、十メートルほど先の入口には陽の光が差し込んでいる。きっと今は昼間だろう。鋭く目を刺すような光が地面に反射して、外の世界はホワイトアウトしていた。相反して洞窟の奥へと続く道は、そのまま吸い込まれてしまいそうな闇だけが広がっている。洞窟に流れ込むゆるい風を感じた。湿っぽい空気は奥へ奥へと続いている。周囲に人や動物の気配は感じられない。この洞窟自体が安全とは程遠い何かには違いないが、ひとまず身の危険はなさそう、と言ったところだろうか。


 (奥へ、進んでみようか…。)

 この時の私は何故かそう思った。このまま光のある方へ進めば、きっと何事もなく村へ帰ることが出来ると分かっていたのに。そんな気がしたのに。暗闇が私を誘っている。何かがあっても無くてもそこに惹かれずにはいられなかった。結果を知っていたなら興味など薄れてしまうように、恐怖すらどうでも良いと思えてしまうほどに、人間は探究心に長けた生き物なのだ。


 自分の背丈か少しばかり低いくらいの岩肌を伝いながら奥へと進んでいく。光はだんだん遠くなり、当然あたりを照らす道具など持ち合わせていないので目の前は真っ暗だ。自分の背負う影だけが大きくなっていった。次第に不安も募り、足取りは慎重になる。一歩一歩すり足で進んでみる。ざり、ざりと砂利を擦る音が響いて、余計に私の不安を煽っていった。

 何かがそこに居たら私はどうするんだろう。足だってそんなに速くない。対抗できる道具なんてない。怖い。

 光を奪われた人間がどれほど無力か知っているはずだった。いざ自分がその局面に置かれた時、初めて思い知るんだと今更気づく。

 風の音は次第に細くなっていた。まだ先がある。このまま進み続けて何の意味がある?引き返そうか?遠くまで来てしまったけれど、まだ小さい光の粒が見えている。ここまで一本道だった。走れば逃げられる…かもしれない。それでも獣が居たらどうする?命を危険に晒してまで何を見れば満足なのか?


 (…やっぱり帰ろう。きっと冬眠中の熊や鹿が居るに違いない。遭遇しないに越したことはないはずだ。そう思おう。よし!)


 そう決心した瞬間だった。小さいけれど、物音が聞こえた。

 それはもちろん、洞窟の奥からだった。

 ざり…ざりざり。

 何かが動いた音だ。重たいモノがゆっくりと動いているような、ゆったりとした間隔でそれは私の耳に届く。

 逃げなくちゃ。はやく、はやく!

 そう思うのに息を殺すことに必死で一歩も動けない。


 (どうしよう。どうしたらいい?気づかないで…こっちに来ないで!)


そう祈りながら、硬く硬く目を瞑った。

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