あの子は知らない

渦島怜

第1話

 休日の午後。都内のビジネス街にある有名ホテルの三階。

 季節替わりのアフタヌーンティーが人気なラウンジで、友達の愛茉えまちゃんとまったりお茶をしている時だった。


 「ねえねえ、見て」


 愛茉ちゃんが弾んだ声でそう言って、スマホを差し出してきた。

 スマホ画面には、淡いピンク色に色づく満開の桜並木を背景に、寄り添って微笑む男女の写真が映っている。女性は愛茉ちゃん本人。男性の方は見覚えがない。高そうなグレーのジャケットをラフに着こなしている。私たちよりも何歳か年上かも。二十代でも後半ではある気がする。

 愛茉ちゃんは甘いピンクブラウンの髪を、ゆるめに巻いたフェミニンな美人。そんな彼女と並んでも、全然見劣りしない、洗練された大人の男性だ。


 「会社の人?」


 「ううん、取引先の人。実は最近、デートしてるの」


 愛茉ちゃんは楽しそうに笑う。子供みたいな無邪気な笑顔は、その場をぱっと明るくしてくれる力がある。いつもならその笑顔を向けられた私の心は、簡単に明るくなるんだけど……。


 「え、でもさ」


 自然と、愛茉ちゃんの左手を見てしまう。彼女の白くきめ細やかな手の薬指には、シンプルで上品なイエローゴールドのリングがまっている。去年の夏、大学の時から付き合っている彼氏にお揃いで買ってもらったと、大喜びしていた有名ブランドのリングだ。


 私の視線に気づいた愛茉ちゃんは、すっと左手をテーブルの下にしまった。


 「……ぷふっ。なあに?」


 小さく笑って息を吹き出す、愛茉ちゃんの口は可愛く窄まる。あどけないコーラルピンクの唇が、サクランボの形につんっと突き出た。あざとい表情の中にちょっと、細かい棘のような意地悪い雰囲気まで含まれているのに、それがさまになってしまうのだから、可愛い人ってすごい。私とは全然違う。

 癖のないショートボブの私は、いつもモノトーンでカジュアルな格好ばかりしている。性格もさっぱりしているといわれるタイプだ。

 そんな私にはできない、真似しようとも思わない、いかにも女子っぽい仕草だった。


 「別に他の人とデートするくらい、普通だよ。こんなの浮気ですらない。美里って変なところで真面目だよね」


 「真面目。私が?」


 そんなことないと思うけど。


 私は手元の白いティーカップを持ち上げて、ひとくち飲む。ちょっと苦い。


 「だって彼氏にばれたら、面倒なことになるでしょ」


 私が言うと、


 「大丈夫。絶対に知られないように管理してるの。知らないから、してないのと同じ。怒られようがないよ」


 「ふーん、そっか……」


  私はゆっくりとティーカップを置く。そして、


 「で、その人どう。性格もいい?」


 そう乗ってあげれば、


 「うんっ。3歳年上なんだけど、やっぱり大人って余裕があって。この前なんて……」


 今日はこの話がしたかったのか。そう思うくらい、愛茉ちゃんの口から次々と言葉があふれ出してくる。


 その後は浮気(じゃないらしい)相手の話で盛り上がり、予定をオーバーして、窓の景色が夕暮れのあかね色に染まる頃まで、長々と話しこんでしまったのだった。




 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る